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 100年前は病気と健康の区別は明瞭でした。苦しくて痛くて死ぬのが病気です。現在では、まったく自覚症状がなくても、血圧や血糖値が高ければ病気とみなされます。自覚症状がないうちから治療して将来の苦痛や死亡のリスクを減らすことは患者さんにとって大きな利益ですが、一方で、自覚症状もないのに「病人」をつくってしまう不利益についても心にとどめておくべきです。

 医学の進歩によって病気の基準も変わります。前回は高血圧についてお話をしましたので、今回は血圧と同じぐらい関心が払われているコレステロール値についてお話をしましょう。「コレステロールが高すぎるのは体に良くない」ことはよく知られています。テレビや週刊誌でもコレステロールを下げる食品や習慣がしばしば話題になります。

 コレステロールにも種類があり、よく問題になるのがいわゆる「悪玉」と呼ばれているLDLコレステロールです。LDLコレステロールが高いと心筋梗塞(こうそく)をはじめとした動脈硬化性疾患にかかりやすくなり、治療をして数値を下げるとリスクも下がります。選別の基準値として、空腹時の採血で140mg/dL以上なら高LDLコレステロール血症、120~139mg/dLなら境界域高LDLコレステロール血症ということになっています。ただ、以下に述べるように、これは治療開始基準や目標値ではありません。

 LDLコレステロールがすごく高い人は治療したほうがいいのは、はっきりしています。ただ、血圧と同じで、どこから治療介入すべきか、治療の目標値をどのぐらいに設定するかは難しい問題です。動脈硬化性心疾患だけを考えれば、LDLコレステロールを下げれば下げるほど良いと主張している専門家もいます。ただ、人は心臓のみで生きているわけではありません。すべての死因においては、コレステロールが低い人ほど死亡しやすいことがわかっています。おそらくは死にやすい人のコレステロールが低いことを反映しているのであって、コレステロールを下げれば死にやすくなるとは単純には言えませんが、それでもコレステロールを下げ過ぎることには注意が必要です。

 現在の日本のガイドラインではリスクによって治療の目標値を変えています。一度でも心筋梗塞になったことのある人はリスクが高いので、LDLコレステロール値の目標は厳しめに、100mg/dL未満を目指します。高血圧や糖尿病や喫煙といったリスク因子がなければ、低リスクなので160mg/dL未満が目標です。リスク因子を持っている人はリスク因子の数や年齢に応じて目標値が変わります。LDLコレステロールが110mg/dLであっても、リスク因子の数によって治療対象になったりならなかったりするのです。複雑ではありますが、一律に基準を設けて治療するよりはずっと合理的です。

 実際の治療では、さらに個別の事情を考えなければなりません。主治医と相談してください。一般的には、禁煙する、適正体重を維持する、運動をするなどの生活習慣の改善を試みて、それでもLDLコレステロール値が高ければ、薬物治療を検討することになります。

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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