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 最近、著名人が、がんと診断されたことを公表することが多くなりました。そのたびにメディアが連日報道し、SNSでも大騒ぎになります。今回は、この一連の反応に対して、医師としてがんの診療にあたったり、医療情報の見極め方や向き合い方について発信したりしてきた私が感じていることを紹介したいと思います。

▼代替療法を勧めることは、善意でもときに暴力的な行為であること

▼第三者が「こうすればよかった」と言うことが、患者や家族の役に立つことはほとんどない

▼病気の公表を称賛する空気は、「病気は公表しなければならない」という同調圧力につながる可能性がある

 患者となった本人やその家族からすれば、第三者である私たちにできることは、病気の回復を願い、温かく見守ることが全てです。

 ですが、善意のつもりで健康食品などの代替療法を紹介したり、評論家のように「こうすれば病気にならずにすんだ」などとコメントしたりしている様子がSNSなどで散見されます。

 個人的には、このような行為はするべきではないと考えています。

 「なぜダメなのか?」と思われた方もいるかもしれません。

 私の考えが絶対正しいと言うつもりはありませんが、ちょっと立ち止まって一緒に考えてみてもらいたいと今回の記事を書きました。

善意の押し売りは暴力になることも

 病気の人をなんとかしてあげたいと思う気持ちは、誰にでもあると思います。

 身近の人が病気になったとき、善意のつもりで、患者さんやその家族に「この病院の評判が良い」「◯◯先生は手術の名医」などと情報提供したことはありませんか。

 さらには、「がんにはこの健康食品が効く」などとお勧めしたことがある人もいるかもしれません。

 その行為は、本当に善意からくるものでしょうか?

 ここで、せっかくお勧めした情報なのに拒否された場合のことを想像してみてください。

 もし、少しでもイラッとするかもしれないのなら、それは、そもそも善意ではなく、「病気で苦しんでいる人に、手を差し伸べてあげた」という自己満足したいのかもしれません。

 私自身、日常の診療で、患者さんから「周りからさまざまな代替療法を勧められて困っている」と打ち明けられたことがあります。

 患者さんは一体何に困っているのでしょうか。

 〝善意〟からのアドバイスに対して、「これまでの人間関係を崩したくない」という思いから、「我慢して受けいれなければならない状況」に追い込まれているというのです。

 このようなケースを聞いているうちに、市民に向けての講演会などでは、「あなたの善意は押し売りになっていないか?」「善意の押し売りは、患者さんを追い込み、ときに暴力的なものになりうる」ということをメッセージとして伝えています。

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 繰り返しになりますが、病気の人に対して何かしてあげたいと思う気持ちは、誰にでもあります。この気持ちそのものは、否定されるものではありません。ですが、すぐ行動に移す前に、ちょっと立ち止まって、患者さんが本当に求めていることは何なのか考えてみませんか。

 患者さんは、とっておきの情報や特別な健康食品などではなく、今まで通り接してくれたり、ときに悩みを聞いてくれたり側に居てくれたりすることを望んでいるかもしれません。

「たら・れば」は、患者や家族を傷つける

 以前、がんで亡くなった芸能人が「代替療法」を利用していたことが分かったときに、SNSやブログなどで、それを非難する声がたくさん発信されていました。

 「手術をしていたら」「代替療法に手を出さなければ」と、修正できない過去を批判的に指摘する記事もありました。

 しかし、病気に関する正確な病状は、主治医と患者さん本人しか分かりません。そもそも、第三者が知るべきことではありません。

 また、著名人であればあるほど社会的地位や役割などがあり、それが治療選択に大きく影響してくることがあります。

 主治医と患者・家族が、よく話し合って決断した意思決定は最大限尊重されるべきもので、他人が非難・批評するべきことではないと考えます。

 「手術をしていれば違う結果になった」と声高に叫ぶ人もいますが、「仮に手術をしていても同じ結果になった」かもしれないのです。

 医療行為には不確実性が必ずつきまといます。科学的根拠がある標準治療をおこなっても全員が治るわけではありません。

 もちろん、科学的根拠がある標準治療は、どれくらいの効果が見込めるかが、ある程度数字で想定できます。一方で、科学的根拠がない代替療法は、そもそも効くか効かないかすらわかりません。

 ここで、「代替療法に手を出していなかったら」「代替療法に惑わされなければ」という意見や主張について、個人的な考えを述べさせてください。

 そのような発言をする人は、「あやしい代替療法に患者さんが惑わされないように」との親切心からアドバイスをしているつもりなのかしれません。もしかすると正義感に駆られて代替療法の危険性を主張しているのかもしれません。

 ですが、代替療法を糾弾しても、おそらく世の中からなくなることはありません。

 それどころか、代替療法を否定する声が大きくなればなるほど、患者さんは医療者に黙って利用し、多くの問題が闇に隠れてしまうことにもつながりかねません。

 では、なぜ、多くの患者さんが代替療法に関心を持つのでしょうか。

 もしかすると、患者さんは病院が提供している医療だけでは不安を払拭(ふっしょく)できず、自分でも何かできないかと気が気ではない状況かもしれません。そうなると、患者さんが代替療法に関心をもつのは、医療側に問題がある可能性すら考えられます。

 そして、不安を抱えたままの状況で重大な意思決定をしなければならないとき、人はしばしば不合理な判断をしてしまうことがあります。また、いったんは納得して決めたことでも、時間が経つと後悔してしまうことは誰しもあるでしょう。

 そのような状況で、第三者が、いわゆる「たら・れば」の発言をすることは、患者や家族の心の傷口に塩を塗る行為になってしまっているかもしれません。

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カミングアウトへの称賛は同調圧力になっていないか?

 著名人が病気を公表してニュースなどで放送されているのを見たという最も古い記憶は、私の場合、アナウンサーの逸見政孝さんの記者会見でした。その後、芸能人、スポーツ選手など多くの著名人が、がんや難病に診断されたことを公表しています。

 本人が納得の上で公表することを、私自身、否定するつもりはありません。

 ですが、公表したことに対して、多くの人が称賛していることに私は違和感がありました。

 なぜ違和感があるのか、今でも頭が整理できているわけではなく、モヤモヤしている状況です。

 ですが、最近、病気の公表に対する称賛の声は、もしかすると病気を公表したくないと思っている人への同調圧力になっているとの考えが、違和感の原因の一つではないかと思い始めました。

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 きっかけは、患者さん同士の「あなたは、カミングアウトしてる?」「私は、まだしていない」といった会話を聞いたことでした。

 なにをカミングアウトしているのかと気になり尋ねてみたところ、「がんにかかったことを、近所の人や友人に知らせているか」とのことでした。

 そして、少なからず、「カミングアウトできていない」「カミングアウトしたくない」と思っている人がいるという事実と、その裏には、「カミングアウトしなければならない」というプレッシャーを感じている患者が多くいるということに気が付かされました。

 著名人が病気を公表(カミングアウト)することを否定したいわけではありません。ですが、それを称賛する多くの声は、もしかすると、病気になったら公表しなければならないという同調圧力になっている可能性があることを知ってもらえたらと思います。

 最後にもう一度、病気を公表した著名人の方や現在闘病中の多くの患者さんの回復を願って筆を置きたいと思います。

<アピタル:これって効きますか?・その他>http://www.asahi.com/apital/healthguide/kiku/(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。