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 このコラムでは、ADHDに悩む30代の新米ママ・リョウさんのお話を続けています。前回までに、生後6カ月の娘の夜泣きで眠れない日々を送っていたリョウさんは、育児に協力しない夫とケンカをして、娘を抱えて家を出ました。途方に暮れて訪れた児童館で、保健師から赤ちゃんの睡眠の特徴を教えてもらいます。そして、どうやら寝かしつけの習慣が、夜泣きを誘発しているらしいことを知ったのでした。

 ところで、このコラムではADHDの女性が自分の特性を理解し、自分らしく生きて行く様子をお伝えしています。ここ数回は、リョウさんの赤ちゃんの夜泣きの話を続けていて、不思議に思った方もいるかもしれません。なぜ、夜泣きの話をここまでとりあげているのかというと、実はADHDの特性を持つ人にとって、「睡眠不足」というものが、日常生活にかなり深刻な影響を与えるからです。

 ADHDの方は、もともと脳の実行機能に問題を抱えていると考えられていて、人との約束を忘れずに覚えているとか、計画的に仕事をこなすといったことが苦手です。この実行機能をうまく働かせるには、脳の疲労を残さない状態、つまり十分な睡眠が鍵となってくるのです。逆に、睡眠不足が重なると、脳の実行機能はますますうまく働かなくなってしまいます。実は、ADHDの人の多くに睡眠障害が見られるということも、最近わかってきました。

 寝不足の続いていたリョウさんは、いつも以上に忘れっぽくなってゴミの日にゴミを出せず、時間をやりくりしながら家事をスムーズに進めることができなくなっていました。それだけでなく、慢性的な睡眠不足のために情緒が不安定になり、夫に対してイライラを募らせたり、時々訳もなく涙が止まらなくなり絶望感におそわれたりすることもありました。

 こんな状態がエスカレートすると、夫婦の危機のみならず、母親自身が精神的に参ってしまい、子育てがうまくいかなくなる危険性もあるのです。

 ADHDを持ちながら子育てをする女性が、ADHDに関する正しい知識をもち、特性を踏まえた生活を送ることで、少しでも自分を追いつめずに前向きに子育てに臨めるように。そんな願いを込めてこのコラムを書いています。

 

 さて、お話に戻りましょう。今回からは、夜泣きを解消する方法を紹介していきます。

 リョウさんは保健師から、夜泣きのメカニズムについて教えてもらいました。赤ちゃんの睡眠には、

 1. 脳が未熟で眠りが浅く、一晩のうちに何度も覚醒する

 2. 自分の力で眠りにつくことが苦手な赤ちゃんも多い

 3. 眠りにつくことに恐怖や退屈さを感じる赤ちゃんもいる

 という三つの特徴があり、さらに、「おっぱい」や「抱っこ」といった眠りにつくときの習慣が、赤ちゃんによって「学習」されたことによって、夜泣きが誘発されることがわかりました。つまり、「もうすぐ眠る場面=おっぱい・抱っこ」と赤ちゃんが学習してしまい、それがないと泣いて求めることが、クセになっているというわけです。夜泣きを解消するためには、このクセを直していくことが必要です。では、どのように、直していけばよいでしょうか。

 ここではわかりやすく説明するために、夜泣きではなく、少し別の例をみてみます。

 

 《夕食の時に、飼っている室内犬があまりにうるさく吠(ほ)えるので、うるさくてたまらない。人間のごはんが欲しいみたいだけど……。》

 犬が吠える中での食事は落ち着かないものでしょう。かわいい犬でも、こんな毎日では、なかなか疲れますね。赤ちゃんの例からずいぶん離れてしまってすみませんが、まずは身近な例でシンプルに考えていただきたくて挙げています。

 このときに直したいのは、犬の「吠える」という行動ですね。みなさんならどうしますか?

 一般的に、私たちが「よくない習慣」を修正しようとするときには、大きく分けると二つの発想があるかもしれません。

 1. 犬が吠えたら、しかる(何か悪いことが起こる)

 2. 吠えずにおとなしくできたら、褒める(何か良いことが起こる)

 この二つのうち、よくみられるのは1でしょう。これは心理学では「罰」とよばれます。

 吠えるという犬の行動のあとに、こちら側がなにかすることで、吠える行動を減らすからです。犬が吠えてうるさいときに、「こら!だめでしょ。静かにしなさい」と注意する感じです。

 もしかすると、犬は一瞬おとなしくなるかもしれませんが、またすぐに家族が食べている夕食をねだって、吠えるかもしれません。少しでも静かにできるように、他の家族がこっそり犬におかずをあげるかもしれません。こうして、犬は、「吠えたら怒られるかもしれないけど、それにも負けずに吠え続けていれば、最終的にはおかずをもらえる」ということを学習します。

 

 一方で、2の対応をするのはどんなときでしょう。犬に餌をあげる前に「待て」を教えるときを思い出してください。待てたら、その行動を褒めて直後に餌をあげますね。その他も「おすわり」「おかわり」や「ふせ」のような特定の行動をとらせた後に褒めて餌をあげます。

 これは心理学では「強化」とよばれます。この「強化」というメカニズムを利用して犬にしつけをしていくとうまくいきます。

 

 しかし、すでによくない行動が身に付いてしまっているときには、この発想を持つことが難しくなります。

 既に夕食時に無駄吠えが身に付いてしまっている犬に対して、「吠えずにいる」ことを求めて、いちいち褒めたりご褒美をあげたりするのは、手間もかかるし根気も必要で、要は面倒なのです。私たちはこうした背景から、なかなか2の対応をとりにくくなります。しかし、いくつかの理由から、この手間も根気もいる「強化」の方が、罰よりも、行動を変える時には有効であるといわれています。

 

 アメリカの行動分析学者であるスキナーは「行動を変容させる手段として罰を用いることは効果的でない」(Skinner,1953)と言っています。

 なぜなら、罰は短期的に行動を低減させることしかできないため、行動を制御し続けるには使い続ける必要があるからです。毎回夕食の時間に、吠える犬を叱り続けなければなりません。

 また、罰の刺激を増大させていかなければならないことも問題です。最初は少し注意しただけで大人しくなっていた犬も、だんだん怖い調子で大きな声で注意しないということを聞かなくなるということは経験的にご存じでしょう。

 その上、罰を与え続けると、新たに回避行動が副次的に生じたり・続いたりするともいわれています。どういうことかというと、あまりに厳しく叱るお母さんに隠れて、お父さんのところに犬が行ってこっそりおかずをもらうといった感じです。また、叱り続けられた犬が、どんどん人間の言うことを無視するようになったり、びくびくして何に対しても積極的になれない犬になったり、より小さい犬をいじめたり、食欲不振になったり……回避に限らず、いろんな悪影響が広がります。

 

写真・図版 

 つまり、「罰」はその場しのぎにすぎず、他の深刻な影響もあることがおわかりいただけたかと思います。

 

 では、すでに夕飯のときの無駄吠えが身に付いてしまった犬に対して、大きな声で叱りつけたり、叩いたりせずに、どうやって無駄吠えをやめさせたらよいのでしょう。

 犬からすれば、「仮に吠えるのをやめるとしても、夕食の時間どうしていたらいいんだ。これまで吠えたら美味しいのがもらえていたっていうのに!」といったところでしょう。そうなんです。この犬のセリフにヒントがあります。この犬には

 (1)吠える代わりに夕食の時間にどんな行動をすればいいのかを教える

 (2)吠えたら美味しいのがもらえていたという図式をなくす

 この二つが必要です。心理学ではそれぞれ(1)代替行動を教える、(2)消去と呼びます。

 

 夜泣きの例でも同じです。

 夜泣きする赤ちゃんに「泣いちゃだめでしょ!」と大きな声で叱る親はほとんどいないと思います。でも、親が赤ちゃんを強く揺さぶるケースなどが時々報道されているので、赤ちゃんに「罰」を与えてしまう親も全くゼロではないのかもしれません。どうやったら「罰」を与えないで、できれば「強化」の発想にたって、夜泣きを解消することができるのでしょうか?

 これには、「もうすぐ眠る場面=おっぱい・抱っこ」と学習された結びつきを消去しつつ、おっぱいの代わりとなる行動を教えることが必要になるのです。

 

 この点については、どちらの例に関しても、そうシンプルなものではないので、詳しい解説が必要です。長くなりましたので、続きは次回です。

 <お知らせ> 新しい本が出ました。

 12時まで……、2日間以内に……。いつも夢への期限が決められながらも、あきらめることなく夢を叶(かな)えてきたディズニープリンセスたち。彼女達のように夢を叶えるための時間とのつき合い方をご紹介するエッセイです。

 「ディズニープリンセス夢を叶える時間術」 中島美鈴 (監修・文) 講談社

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写真・図版 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/

(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。