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 「怒る」という言葉から、みなさんは何を連想しますか? 威嚇したり、怒鳴り散らしたり、あるいは手をあげたりすると言う状況をイメージする人もいるでしょう。しかしそればかりではありません。「怒る」とは、自分の価値観とは異なる現実に対して、感情を言葉で伝え、必要なら相手にやめて欲しい、変えて欲しいと言うことをリクエストするというプロセスです。

 これまで介護施設の場面を例に怒ることと怒らないことを分ける、伝えてみる、ということを考えてきました。しかしアンガーマネジメントは、怒らないようになることだけではなく、必要な時に上手に怒れるようになることも目指します。では、上手に怒るとはどういうことでしょうか。

 今回は、怒るときに気をつけたいポイントを一つお伝えしたいと思います。それは相手を攻撃したり傷つけたりしないということです。

 人は経験を通して、行動パターンを習得していきます。小さな子が元気に挨拶(あいさつ)をして大人から褒められると、うれしくなってまた挨拶をするというように行動を学習します。

 同じように、怒鳴ったり攻撃したりする怒り方が身に付いている人は、それが有効な方法であると経験の中で学習してきたと考えられます。厳しい口調で言ったら相手が自分の思うように動いてくれたと言う体験を重ねると、恫喝(どうかつ)すれば相手は自分の思い通りに動くと学習していく可能性もあります。しかし、これが適切な方法ではないことは説明するまでもないでしょう。

 

 介護をしていて相手が言うことを聞いてくれなければ、怒りがわいてくるのは自然なことです。しかし感情のままに手荒な対応をしたり、介護を放棄したりすれば、それは虐待になります。怒鳴るという行動も同じです。立ち上がろうとする高齢者に、「勝手に動かないで」と怒鳴れば、高齢者はその場に留まってくれるかもしれません。しかしこれはスピーチロックといって言葉による行動の抑制、つまり言葉による虐待に含まれます。

 これが職員の上司と部下の関係であれば、ハラスメントになる可能性もあります。上司のほうは、必要なことを指導しただけだといっても、部下が怒鳴られたと感じれば萎縮してしまうかもしれません。怒った側と怒られた側では、その場面の捉え方に差異があることも認識しておく必要があります。

 

 人と人とがかかわれば、自分の価値観と異なることが起きるのは必然です。そういう時は、私は異なる意見を持っている、こうしてほしい、してほしくない、と伝えていくことが必要です。その際に、怒鳴ったり、威嚇したり、手をあげたりしたら、相手は一時的に従ってくれるかもしれませんが、実は深く傷ついている可能性もあるのです。

 施設の利用者からクレームを受けたり、職場の人間関係がだいぶ崩れてしまったり、虐待やハラスメントで訴えられたりしてから「適切ではなかった」と気づいても、失った信頼を回復するのは容易ではありません。

 怒ってはいけないというのではありません。怒るときに相手を逃げ場のないように追い込んだり、勝ち負けで勝とうとしたりしないことです。相手が傷ついていないだろうかと、相手の立場で考えてみるということを意識するだけで、怒り方が上達するのではないでしょうか。

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 この半年間は、介護施設におけるアンガーマネジメントを考えてきました。次回からは、施設介護から枠を広げていきたいと思います。

 

<アピタル:医療・介護のためのアンガーマネジメント・コラム>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/anger/(アピタル・田辺有理子)

アピタル・田辺有理子

アピタル・田辺有理子(たなべ・ゆりこ) 精神看護専門看護師・保健師・精神保健福祉士

横浜市立大学医学部看護学科講師。大学病院勤務を経て2006年から看護基礎教育に携わる。アンガーマネジメントファシリテーターTMとして、医療・介護・福祉のイライラに対処するためのヒントを紹介する。著書に『イライラとうまく付き合う介護職になる!アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規出版)がある。