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 「主治医の説明を聞いたら余計に不安になった」

 診療現場や講演会の質疑応答で、患者さんやその家族から、こんな声を聞くときがしばしばあります。病気の不安を和らげるべき病院が、逆に患者を不安に陥れている。こんな本末転倒な出来事が、なぜ起きてしまうのでしょうか。医師と患者とのコミュニケーションに焦点を当てて考えてみたいと思います。

▼医療者も患者もインフォームド・コンセントを誤解している可能性がある

▼「医療の不確実性」で医師の説明が曖昧(あいまい)なものになり、患者の不安の原因に

▼情報は意思決定の不確実性を減らすこともあれば増やしてしまうことも

 なぜ患者さんは主治医の説明を聞いて、不安が解消されるどころか、余計に不安になってしまうことがあるのでしょうか?

 主治医からの説明が専門用語ばかりで理解できなかった、主治医が電子カルテばかり見ていて患者さんの方を見向きもしなかった、主治医が不機嫌そうにイライラしていた……

 このようなケースはもちろん問題外です。

 ですが、きちんと分かりやすい言葉で説明しているにもかかわらず、患者さんの不安は募ったままという状況もあるようです。もしかすると、医師と患者とのコミュニケーションで、お互いの理解・認識不足や思い込み、価値観の相違、食い違いがあるのかもしれません。

 コミュニケーションギャップの改善に少しでも役に立つよう、医療者の視点・患者の視点でそれぞれ何が問題なのか、解決策はないのかについて考えてみたいと思います。

インフォームド・コンセントって知っていますか?

 現在、医療現場では、病状や治療法などについて医師から十分な説明を受け、患者が十分に理解・納得したうえで、自らの自由意思で治療方針に合意しなければ、医療行為を行うことはできません。

 この合意プロセスのことを「インフォームド・コンセント」といいます。日本語では「説明と同意」と訳されていることが多いです。

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 かつて日本の医療現場での治療方針の意思決定は、医師の提案に患者が従う形でした。しかし、1990年代後半から、患者の自己決定権を実現させようとインフォームド・コンセントが医療現場に取り入れられてきました。

 しかし、このインフォームド・コンセントに、少し誤解や課題があるのではないかと個人的には考えています。

◎医療者側が考えるべきこと

 インフォームド・コンセントのために、医師は患者の理解を助けるよう分かりやすく詳細に説明する必要があります。医療の基本的な制度を定める医療法でも「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。(第一条の四 第2項)」と記載があります。

 一般的に医師から患者に説明するときには、病気の進行度、治療法の選択肢、その治療のメリット・デメリットなどを、あらかじめ準備された資料も使って詳しく行われていると思います。

 特に治療の副作用は、リスクマネジメントの観点もあるかもしれませんが、起こる可能性のあるものを淡々と並びたて、全て説明しているケースも散見されます。そして一通り説明した後、「では、次回の外来受診日までに治療をするかしないか決めてきてください」と、治療方針の決定を患者さんに丸投げしている状況はないでしょうか。患者さんに聞いてみると、このようなインフォームド・コンセントが少なからずあるようです。

医師は「決断するのは患者」を重視しすぎていないか?

 では、なぜこのようなことが起こってしまうのでしょう。

 「インフォームド・コンセント」という言葉が「説明と同意」と訳されているため、「説明をして、同意書にサインをもらう」ことだけがインフォームド・コンセントだと誤解してしまっている医師がいるのかもしれません。あるいは、患者の自己決定権を重視するあまり、あくまで中立的立場を保ち、「最終的に決断・行動するのは患者自身であるべきだ」という態度を崩さない医師がいるのかもしれません。

 ですが、医学的知識が限られている患者に、判断資料として難解な科学的根拠を示し、決断・行動の意思決定を迫り、さらに、その結果の責任までも負わせるような状況があるとしたら、患者にとってはかなり大きなストレスになっているのは間違いないでしょう。

 かつての医療現場で、治療方針を医師が一方的に決定してきたことの反省だといえば聞こえがいいかもしれませんが、患者からすれば機械的で無機質な印象を受けてしまうと思います。

 これが、患者さんやその家族にとって「主治医の説明を聞いたら余計に不安になった」という結果につながっている可能性があります。

◎患者・家族側が考えるべきこと

 インフォームド・コンセントでは、科学的妥当性が保証された情報が医師から患者に提供されます。しかし、医師と患者では、その情報に対する理解・認識の食い違いがあるかもしれません。

 例えば、ある治療法の説明を受けるとき、その治療法の効果は臨床試験で証明されていることが前提になります。一般的には、研究対象となる人を無作為(ランダム)に二つの集団に分けて比べる「ランダム化比較試験」の結果が伝えられることになります。

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医療の不確実性、医師は「絶対治る」とは言わない

 しかし、ランダム化比較試験をいくら繰り返したとしても、今後医学がどれだけ進歩したとしても、残念ながら「100%確実に病気が治る」完璧な治療法が開発されることはありません。

 ランダム化比較試験で有効性が証明された治療でも、病気が治る人と治らない人がいます。これを医療の不確実性といいます。

 つまり、医師の説明で「100%治る」「絶対治る」という断定的な言葉は基本的に出てきません。言いかえると、科学的に有効性が証明された治療法でも、正確に伝えようとすればするほど、「症状が改善する人は7割ぐらい」「生存期間が半年ほど延びる」といった、やや曖昧な表現になってしまわざるをえないのです。

 しかも、これらのデータは、過去に治療を受けた患者さんの平均値です。これから治療を受ける患者さんにとって、判断の参考値になることは間違いありませんが、実際に治療をして効果が得られるかどうかは、極端な言い方をすれば「やってみなければわからない」という表現になってしまいます。

 ですが、がんといった命に関わる病気になったら、人は誰しも「治りたい」と考えます。しかし、医師の口からは、患者さんが期待するような言葉はなかなか出てきません。

 「医療の不確実性」を受け入れる覚悟が、患者さんや家族に求められるという指摘はありえますが、「不安」に焦点をあてれば、このようなコミュニケーションギャップが「主治医の説明を聞いたら余計に不安になった」という原因のひとつという可能性は否定できません。

不安を和らげるために情報検索…落とし穴も

 患者さんや家族は少しでも不安を和らげるために、インターネットや書籍で情報を集めようとすることもあるでしょう。しかし、そこに落とし穴があることもあります。

 インターネットや書籍には、不安解消どころか、逆に不安をあおるような情報が紛れ込んでいます。例えば「抗がん剤は劇薬だから投与してはならない」「放射線治療をしたら、大量の放射線を浴びて逆にがんになる」といった誤った情報です。また、アトピー性皮膚炎のような病気では「子どもがアトピー性皮膚炎になったのは母親のせい」と責め立てて不安に陥れるようなものまであります。無用な不安をあおって、それを解決・解消するための商品を売りつける「不安ビジネス」を生業としているような人たちもいます。

 「このサプリでがんが治る」「ステロイドをやめればアトピーは治る」といった、冷静に考えれば疑問を持つような情報でも、不安でいっぱいな時は心がひかれてしまうこともあると思います。

 患者さんやその家族は、無責任で不確かな情報に惑わされないように気をつけなければなりません。どのように気をつけたらいいのか、誰に相談したらいいのかについては、前回のコラムで紹介しました。

▼なぜ代替療法に頼る? がん患者の不安、医師の理解は[2019年3月14日]

https://www.asahi.com/articles/SDI201903111302.html

 また、〝善意〟からくる第三者のアドバイスが、ときに患者さんを不安にさせる原因になることもあります。

▼有名人のがん公表に反応 それは本当に「善意」なのか[2019年2月28日]

https://www.asahi.com/articles/SDI201902250878.html

 本来、情報は「意思決定において不確実性を減ずるもの」と定義されています。

 ですが、情報は、ともすると両刃の剣であることも知っておいてもらえたらと思います。

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医療現場に求められているものは何か?

 インフォームド・コンセントで、患者さんに同意書へサインをしてもらうときは、大前提として患者さんが十分に理解・納得していることが必要です。

 しかし、多くの患者さんは、医療の不確実性に戸惑い、意思決定の責任の重さに悩み、一度下した決断の後に気持ちが揺れ動いたり、場合によっては後悔したりしています。

 はたして、医療者は、そのような患者さんの不安や悩みに思いをはせているでしょうか。

 「患者に寄り添う」という言葉が、よく医療者の間で使われています。

 人によって意味合いが異なるかもしれませんが、一般的には患者さんのそばに行き、不安や悩みに共感を示すこととして「寄り添う」という言葉が用いられています。「傾聴」と言い換えることができるかもしれません。

 より踏み込んで、患者さんの気持ちを評価し、必要に応じて情報提供することも含めて「寄り添う」としている場合もあるかもしれません。ですが、情報提供した結果、前述のように余計に患者さんを不安にさせてしまっていることはないでしょうか。

 そうなると、医療者は患者に「寄り添う」だけでは不十分だということになります。

 患者側が求めているにもかかわらず、医療者側がかけてあげることのできていない言葉は何なのでしょうか。

 かれこれ10年以上前ですが、ある患者さんとのやり取りのなかにヒントがあるのではないかと気づかされました。

 手術をおこなった患者さんは、進行がんだと判明しました。目に見える範囲では、がんは取りきれたものの、手術後の再発リスクを減らすために抗がん剤治療を受けることになりました。無事、あらかじめ決められた抗がん剤治療を終えることができました。

 しかし再発のリスクが「ゼロ」になったわけではありません。そのことも患者さんに伝えられ、定期的に通院して検査をする必要があると説明されました。

 一連の診療の流れの中で、その都度、説明があり、患者さんも理解・納得して治療を受けてきました。

 ところが、ある日、次のような発言が患者さんから漏れ出てきました。

 「先生のおっしゃることは、頭では理解できています。納得もしています。でも、再発するかもしれないという不安は常にあって……。先生、うそでもいいので『絶対に大丈夫。再発しません!』って言ってもらえませんか? 先生にそう言ってもらえたら、頑張れる気がするんです」

 未来が不確実だと、人は誰しも「不安」を感じます。将来が心配になったり、あるいは漠然と「よくないことが起こるのではないか」という気持ちになったりしたことは、普段から誰しも経験することだと思います。

 ここまで「医療には絶対はない」「医療には不確実性が伴う」ことを繰り返し述べてきました。ですから、医療を受けるということは、常に「不安」と隣り合わせなのかもしれません。

患者は不安と隣り合わせ 医療現場で一番大切なのは…

 では、患者さんのぬぐい切れない不安に対して、医療者はどう対応したらよいのでしょうか。また、患者さんは、医療者とどう向き合っていったらよいのでしょうか。

 医療現場で一番重要なことは、医師と患者との信頼関係ではないかと思います。そのためには、お互いがお互いに敬意を払う相互尊重、お互いに相手を理解しようとする相互理解、お互いが関係に責任を持つ相互責任が求められます。どちらか一方だけが努力するものではなく、医師と患者がお互いに責務を果たすことで、信頼関係が築かれていきます。

 これまで説明してきた「医師は『絶対治る』とは言えない」と矛盾するようですが、いま医療現場に求められているのは、医師の「大丈夫!」という一言ではないかと考えます。

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 もちろん、無責任に「大丈夫、大丈夫」と言えばいいわけではありません。また、「この治療が効かなかったとしても、次の選択肢があるから大丈夫」「もし副作用が出ても、きちんと対処するから大丈夫」といった「条件付きの大丈夫」でもありません。

 ここでの「大丈夫」は、患者さんに無条件に安心感を与える、あるいは受ける治療を心から納得してもらうための「大丈夫!」です。つまり、結果がどうなろうと、他人がどう言おうと、「悩んだ末にあなたが選んだのなら、その選択は間違っていませんよ」と後押ししてあげるのです。

 ただ、一度くだした決断・行動であっても、時が経てば気持ちが揺れ動くこともあるでしょうし、周りの環境が変化すれば判断基準も変わって方針を変えることもあるかもしれません。変更や取り消しの余地は常にあることを、医療者側も患者側も意識しておく必要があります。

 連日報道されている人工透析の差し控えに関する公立福生病院のケースや、「人生会議」と愛称がつけられ、人生の最終段階に受けたい医療・ケアを話し合うACP(アドバンス・ケア・プラニング)においても、この点は非常に重要なポイントになるのではないでしょうか。

 医療者は、患者さんの治療方針の意思決定において、情報を提供する中立的な立場にとどまるのではなく、一緒に治療方針を決める当事者・パートナーであると意識してもらえたらと思います。そして「大丈夫!」の一言が、患者さんの意思決定の精神的負担を軽くし、不安を和らげることができる有効な方法ではないかと考えます。(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。