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 「あっ、財布がない」

 駅で切符を買おうとズボンの後ろポケットに手を入れた時、ぼくは青ざめた。

 日曜日の昼前、介護の講演会へ向かう列車の発車まで十五分。駅の裏に止めた往診車に、もしやと歩道橋を駆け上がって確認に行った。運転席には、残念ながら財布は見当たらなかった。

 取りに帰る時間はない。次の列車は二時間後、これでは会に間に合わない。「講師現れず」では、しゃれにもならない。ここは頼るのは妻だ。その妻のケータイは話し中。さっきまで診療所で一緒に、雑務をこなしていた。診療所の電話は留守番電話でつながらない。

 駅員さんにお金を借りるのが第一感、駅前に並ぶタクシーの運転手さんにお願いするのが次に浮かんだ。顔見知りの人はいないか見渡したが残念、心当たりの顔がない。

 もう一度、妻に電話。通じた。「財布がない。すぐお金を持ってきて」と叫んだ。出発まであと十分ちょっと。

 駅のタクシー乗り場で、時計に目をやりながら、妻を待つ。妻の乗る軽自動車が視界に入った時、鞍馬天狗か月光仮面が現れた気持ちだった。あと三分という絶妙のタイミング。

 滑り込みセーフ。まだ神様は守ってくれていると、いつもの言葉が口に出た。「診療所のトイレに財布はありました。せんせい、しっかりしてね」の妻からのメールが、車中のぼくに届いた。

 このごろ、思いがけないうっかりがある。朝、在宅医療をする医者にはなくてはならぬ、ケータイを家に忘れることがしばしばになった。

 新幹線では切符をなくした。岡山駅で気がつき、買い直した。四国行きを間違えて、また新幹線に乗ろうとして改札口で止められた。

 四国行き列車の出発が迫る。引き返す時に大きな紙袋が破れて、そこらあたりに土産や雑誌などが散らかった。駅員さんと通りかかったぼくより年上らしい人から「大丈夫ですか」と声をかけられつつ、あわてて一緒に拾った。

 仕事中のスイッチの入った時はいいが、それ以外の時のうっかりがある。川柳雑誌の編集では、十五行白紙のままで校正に回ってきた。追加の文章をあわてて書いたのは一月号だった。

 地元の川柳大会の大会号の表紙の句を、思いっきり間違ったのも最近のこと。おわびのはがきが刷り上がったところで、もう一カ所の間違いに気づいたのだが、これはもう手遅れ。

 「きっちりは疲れるからほどほどに」と、お年寄りの講演会でおすすめしてきたが、いよいよその年になったのだろう。「しあわせのひとつすこうしいい加減」。若い時のぼくの川柳が現実になってきた。

 「しっかりね」と、妻に言われてしまうなんてねえ。

 

<アピタル:診療所の窓辺から>

http://www.asahi.com/apital/column/shimanto/(アピタル・小笠原望)

アピタル・小笠原望

アピタル・小笠原望(おがさわら・のぞみ) 大野内科医師

1951年高知県土佐市生まれ。76年弘前大学医学部卒。高松赤十字病院などを経て97年大野内科(四万十市<旧中村市>)。2000年同院長。18年12月から同医師。在宅医療、神経難病などの分野で活躍中。最新の著書は「診療所の窓辺から」(ナカニシヤ出版)。