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 食中毒は、ウイルスや細菌が原因とするものが大部分。ところが、異変が起きました。昨年厚生労働省に報告された全国の食中毒事件で、寄生虫アニサキスによるものが最多となったのです。史上初のことです。

 食中毒を引き起こすのは、アニサキスの幼虫です。体長2~3cm、白い糸のような姿をして、サバやサンマなどの魚介類に住み着いています。幼虫がいる魚を生、あるいは生に近い状態で食べると、生きた幼虫が人の胃や腸の壁に入り込むことがあり、激しい腹痛や吐き気などの症状が出ます。虫を体内から取り除くと、症状は治まります。

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 昨年2018年は468件で、総件数1330件のうち35%を占めました。17年の230件から倍増しています。

 増えた理由の一つは、アニサキスの知名度が高まっていること。2012年末に食品衛生法に基づく国への届け出の項目にアニサキスが入り、それ以降、食中毒統計でアニサキス食中毒の具体的な事件・患者数が明示されるようになりました。また2017年には芸能人がこの食中毒の体験を公表、話題を集めました。届け出すべき食中毒という認知が年々広まって、報告数が増えていると考えられます。

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 ただ、昨年は他にも特別な現象が起きていました。それはカツオでの発生増。前年比10倍の100件に達しています。中でも旬の春、4~5月の発生が63件と半数以上を占めています。

 「これまでアニサキス食中毒を起こす魚と言えば、サバとサンマが代表格。私自身、カツオでの多発にはびっくりしました」と、東京大学名誉教授で目黒寄生虫館長の小川和夫さんは言います。大幅増を受けて厚労省が実施している、カツオによるアニサキス食中毒の要因と予防策に関する調査研究の研究代表者を務めています。

 魚にアニサキスが住み着くのは、アニサキスが寄生しているオキアミなどのエサを食べるため。カツオは、太平洋の熱帯海域で生まれ、北上します。春から夏にかけて日本近海にやってきて、東北沖に達して秋までとどまり、その後南下して熱帯海域へ戻っていきます。「カツオにアニサキスが入るのは、南の海域ではなく、エサが豊富な日本沿岸に近づいてからだと考えられます」。だとすると、昨年はカツオが日本沿岸に長く滞在していた? あるいはアニサキスを多く含んだエサを食べた? それは何が原因? けれども簡単に答えは出にくいようです。

 そもそも、カツオの回遊経路はまだ不明なことが多く、海水の温度が変化すると動きも変わるとみられています。さらに今回の研究調査が始まったのは昨年10月から。すでにカツオも終わりの時期でした。春の現場を調査できていない憾みがあります。「関係者への聞き取りなどから、昨年の海で起きていたことを推定していくしかありません」と小川さんは言います。今年も同じような現象が起きるかどうかも、「今の段階では何とも言えません。カツオの検体を集め、調べようと考えています」とのこと。

 アニサキス食中毒の予防策は、加熱(60度で1分以上、または70度以上)か冷凍(マイナス20度以下で24時間以上)が最も有効とされます。幼虫が死んでしまうからです。他に、幼虫が内臓から筋肉(身の部分)に移らないよう、鮮度を重視し、内臓をなるべく早く除き、低温(4度)で管理する、目でよく見て幼虫の発見に努めることもあげられています。

 研究班のメンバーで、国立感染症研究所寄生動物部第二室の杉山広さんは「魚が生きている段階から筋肉部分にアニサキスが存在すると考えるのが妥当な事例があり、漁獲から店頭まで一定の温度で冷蔵管理できる流通経路があっても、それだけで全てを防ぎきれないのは事実」と話します。

 昨年、カツオの異変に気付いた流通小売業者らは独自に、いったん冷凍してから刺し身にする、内臓が接する腹側の身は生食に回さない、といった対応策を取っていたそうです。「背側のさくならアニサキスが入っていないのか、こうした現場の知恵について調べて科学的に裏付けることも、これから大切だと考えています」。

 なお、普段の料理で使う程度の量の酢、しょうゆ、ワサビではアニサキスは死にません。「よくかめばいい」とも言われますが、幼虫は幅わずか1ミリ程度で表面も硬く、刺し身の中に潜り込んでいるものを必ずかみ切れるとは言えず、決め手には欠けます。カツオの場合タタキにもしますが、表面は熱されるものの、中は生。実際、統計をみると、タタキでの発生事例があります。

 診療報酬明細書(レセプト)を基に行った杉山さんの推計によると、アニサキスの患者は日本で年間約7千人は出ているとみられます。報告数が増えたとはいえ、これは実態の氷山の一角。いままではっきりと認識されてこなかったリスクの存在が、明らかになってきているのかもしれません。

 日本近海でとれる魚介類では、160種類以上からアニサキスが検出されているそうです。EUでは生食用魚介類に冷凍を義務づけていますが、この規制をそのまま日本に適用するのは、漁業、流通小売業界で相当の施設整備が必要になり、簡単ではないように思います。刺し身のレベルを落とさないためには、もっと冷凍方法も改善しなくてはならないでしょう。現在も冷凍物の刺し身があるとは言え、例えば冷凍物の初鰹が生のものと同じように美味しく楽しめるかどうか。私個人としては、即イエスとは言いづらい。

 魚を生で食べることが多い日本でアニサキスとどう付き合っていくか。リスクを減らす対策を現実に即して考えるには、実態把握が必要です。取材をしてみて、魚介類のアニサキスの寄生状況(地域別、魚種別)、魚内部でのアニサキスの分布、季節ごとの変動など、アニサキスに関して実は詳しくわかっていないことが多いと知りました。食品安全委員会でも専門調査会がアニサキスに関する知見収集を始めています。これからさらに調査研究が進めば、科学的なデータが明らかになり、昨年のカツオのように、突然に症例が増えた要因も分かるかもしれません。

<アピタル:食のおしゃべり・トピック>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/eat/

(大村美香)

大村美香

大村美香(おおむら・みか) 朝日新聞記者

1991年4月朝日新聞社に入り、盛岡、千葉総局を経て96年4月に東京本社学芸部(家庭面担当、現在の生活面にあたる)。組織変更で所属部の名称がその後何回か変わるが、主に食の分野を取材。10年4月から16年4月まで編集委員(食・農担当)。共著に「あした何を食べますか?」(03年・朝日新聞社刊)