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 抗がん剤やステロイド剤を「危険な薬」と思っている人がいるかもしれません。ここ数年、議論されている子宮頸(けい)がんワクチンも、なんとなく不安を感じている人もいるでしょう。薬として認められているということは、有効性と安全性が確かめられているはずです。なのに、安心して使えないのはなぜでしょうか? 今回は薬の「安全」と「安心」を考えてみたいと思います。

▼薬の安全性は臨床試験で確認されているが、「副作用ゼロ」を意味しているわけではない

▼ゼロリスク思考は、薬を使うかどうか冷静な判断を難しくしてしまう

▼副作用の詳しすぎる説明が、患者を不安にさせている可能性も

 医療現場では「100%治る薬です」「この手術は100%成功します」と言うことはできません。詳しくは後で説明しますが、医療には「不確実性」があるからです。ですが、患者さんには「安心感」を持って医療を受けてほしいとも思います。「そのヒントが航空業界にあるのでは」と感じたことがあります。

飛行機は「安全です」と言えるのに……

 先日、出張で飛行機に乗ったところ、気流の影響で機体がときどき揺れるという状況に遭遇しました。その際、こんなアナウンスが流れました。

 「本日、気流の乱れにより、この先も強い揺れが予想されますが、飛行への影響は全くございませんので、どうぞ、ご安心ください」

 みなさんも、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

 「影響は全くございません」。実際、目的地の空港まで無事にたどり着けましたが、このアナウンスが仮に次のようなものだったらどうでしょうか?

 「本日、気流の乱れにより、この先も強い揺れが予想され、飛行の安全に影響が出てくるかもしれません。そのため、わずかですが、墜落の可能性が出てまいります」

 これでは飛行中、乗客は気が気ではありません。このようなアナウンスのあとに「心配ありません」「ご安心ください」と付け足されても、安心などできないでしょう。

 航空業界と医療現場とでは、単純に比較できないのは言うまでもありません。では、「飛行の安全への影響」にあたる、医療現場での「リスク」には何があるでしょうか? 例えば薬を使う場合には「副作用」といったリスクがあります。

薬の「治療域」には副作用も

 皆さんが病院で処方してもらう薬の効果や安全性は、どのように検証されているのか知っていますか?

 まず、薬と作用の関係を整理しましょう。

 薬の量を徐々に増やしていくと、ある量から効果が用量に比例して現れます。そして徐々に効果が頭打ちになってきます。グラフにすると緩やかなS字カーブを描きます。

写真・図版

 薬の量を増やすと、必ず副作用も現れてきます。こちらも同様に緩やかなS字カーブです。

 薬を安全かつ効果的に使うために、臨床試験の結果を踏まえて、「効果が十分に発揮され、副作用が最小限に抑えられている投与量」を決めていきます。これが薬の治療域です。

 この治療域で薬が使われる場合、一般的に「安全」ということになります。

 しかし、安全とはいえ、図を見て分かる通り副作用のピンクのカーブが治療域にも存在しています。つまり、治療域で安全に薬を使っても、副作用が出てくる可能性があるわけです。

 言い換えると、副作用を許容しつつ、効果が十分に得られるように使うことが「安全」ということになります。効果や副作用が出るかどうかは個人差もありますから、治療域で薬を使っても効果があまり得られなかったり、副作用がものすごく強く出てしまったりする場合もあります。

 これらのことを前提に、薬の「安全」と「安心」について考えてみます。

薬も「リスクマネジメント」が大切

 そもそも「安全」とは、どのような状態のことでしょう? 辞書では安心と併記していることが多いですが、国際標準化機構による定義(※1)では、安全とは「許容できないリスクがないこと(freedom from risk which is not tolerable)」とされています。

 安全を実現するためには、「リスク」について考える必要があるようです。

 「リスク」とは、単純に「危険」と翻訳されることがありますが、厳密には「ある行動に伴って(あるいは行動しないことによって)、危険に遭う可能性や損をする可能性を意味する概念」とされています。

 リスクマネジメントという言葉を聞いたことがあるかもしれません。リスクを客観的な数字などで見積もり、それを低減・回避するための対策を考えることです。

写真・図版

 薬の副作用についても同じことがいえます。

 具体的には、もし副作用が出てきたら薬の量を減らしたり、副作用に対する薬を追加したり、同じような効果が得られる別の薬に切り替えたり……。薬の副作用をマネジメントしながら、リスクを許容できる範囲で「安全」に使っていきます。

 副作用は少なければ少ない方が良いと誰しも考えるでしょう。その上で、どこまでのリスクを許容できるか。言い換えれば「安心」を得られるか。ここは、個人個人の好みや価値観によって異なると思います。

 「安全」と「安心」の違いを整理してみると、「事実」と「感情」の違いとも言えそうです。

写真・図版

ゼロリスク思考の危険性

 薬の「安全」「安心」を考える上で重要なことは、「絶対安全(リスクがゼロ)」は存在しないということです。

 薬には副作用のリスクがあり、医学・医療の分野において「絶対安全」は存在しません。リスクを低減・回避する努力は続けられていますが、ゼロにはできません。「100%効く」といった魔法のような薬も存在しません。

 つまり、医療行為のほとんどはリスクを伴うし、効果も100%ではないのです。これを「医療の不確実性」と呼びます。

 この不確実性を受け入れないという態度、つまり「ゼロリスク思考」は、医療を拒否するということにつながりかねません。そうなると、医療を受ければ得られたかもしれないメリットを失うこともありえます。

 ゼロリスク思考を、医療とは異なる例で考えてみます。

 自動車が登場して便利になった一方、交通事故というリスクが新たに発生しました。そのため、交通事故による死亡のリスクを減らすために、シートベルトが義務化されたり、車の安全性能が高められたりといった取り組みがありました。ですが、交通事故による死亡者はゼロにはなっていません。

 ここでゼロリスク思考の人が、リスクマネジメントしようとすると「車に乗らない」選択肢しかなくなってしまいます。さらに他人が運転する車の事故に巻き込まれないようにするには、外出もできなくなります。ゼロリスク思考だと非常に生きづらいものになってしまいそうです。

 世の中に対して「車がなくなれば交通事故がなくなる!」「車の存在は間違っている!」「車は悪だ!」と叫んでも、誰も聞き入れてくれないでしょう。

 極端な例えだったかもしれませんが、医療に対してもゼロリスク思考でとらえるのは非現実的であることを理解してもらえたらと思います。

 なお、副作用のことをないがしろにしていいと言いたいわけではありません。薬を「使う・使わない」の判断は、「有効性」と「安全性」を吟味してバランスよく考える必要があります。ですが、ゼロリスク思考に陥って、冷静な判断ができなくなってしまうことが問題です。

 人は自分の価値観が正しいと思い込みがちです。ともすると、自分とは異なる価値観を間違いと決めつけがちにもなります。しかし、万人にとって絶対的に正しい価値観というようなものは存在しません。

 ですから、価値観や好みに「正しい・間違い」「正義・悪」といった決め付けをすれば、対立してしまうだけです。リスク評価においては、多様な価値観の存在を認めることが重要なのではないかと考えます。

医療者の説明方法を工夫できないか?

 医療者が患者さんに対して一方的に「医療の不確実性を受け入れろ」という姿勢は突き放したような印象を受けます。医療者側の説明にも、なにか工夫することはないのでしょうか。

 近年、医療現場ではインフォームド・コンセントの考え方に基づいたコミュニケーションがとられています。副作用や合併症などについては、より詳細な説明が行われています。

 例えば、手術を受ける人は、こんな感じの説明をされる場合があります。

 「手術の際、0.05%の確率で肺血栓塞栓(そくせん)症(肺に血液のかたまりが詰まること)を起こす可能性があります」

 「肺血栓塞栓症を起こすと命にかかわるため、予防のために抗凝固薬(血液が固まりにくくする薬)を、手術後に投与します」

 「ただ、抗凝固薬には、出血のリスクが伴います」

 果たして、このような説明を受けた患者さんは、「安心」して、手術を受けられたでしょうか。もしかしたら、逆に「不安」に感じてしまったかもしれません。

 ここで、同じ内容を違う表現で説明してみたらどうでしょうか。

 例えば、「手術の際、わずかではあるが、合併症を起こす可能性がある」と説明するより「手術が成功する確率は、ほぼ100%です」あるいはもっと大胆に「大丈夫です、安心して手術を受けてください」と説明した方が、患者さんの「安心」は得られやすいかもしれません。(そういえば、人気テレビドラマで「私、失敗しないので。」が決めゼリフの医師もいました)

 もちろん、異論反論はあるかと思います。

 ただ、もしかすると、詳しすぎるリスクの説明は、患者さんが医療を受ける際に「安心」できない原因の一つになっているのかもしれません。

患者の「安心」感に必要なものは?

 繰り返しになりますが、医療には不確実性が伴いますので、医師である筆者も、実際に患者さんに対して「大丈夫」「安心して」「失敗しない」と言うには勇気がいります。

 誤解しないでほしいのですが、薬の副作用を無視してよいと言っているわけではありません。ケース・バイ・ケースで、気をつけるべき副作用を伝えることは必要です。

 ですが、飛行機でのアナウンスのようなコミュニケーションを医療現場で用いることは、患者が安心して医療を受けるために、ときに必要なのではないかと思うのです。

 ただ、航空業界と医療業界では、法律や制度など構造的な違いがありますので、そのまま参考にできるわけでもありません。まだ筆者自身も頭が整理できていませんが、患者さんに安心して医療を受けてもらうために、これからも考え続けていきたいと思います。

[参考資料]

1)International Organization for Standardization(国際標準化機構):Safety aspects - Guidelines for their inclusion in standards (https://www.iso.org/obp/ui/#iso:std:iso-iec:guide:51:ed-3:v1:en別ウインドウで開きます

【お知らせ】

 この連載のテーマでもある「健康情報の見極め方と向き合い方」を考える公開講座が5月10日から開催予定です。連載著者の大野智さんが講師を務め、場所は早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校です。ご興味のある方はぜひご参加ください。詳細は下記URLをご参照ください。

https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/46292/別ウインドウで開きます(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。