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 このコラムでは、ADHDの30代女性・リョウさんが、我が子の夜泣きについて悩んでいるお話を続けています。

 リョウさんの娘は生後6カ月。夜泣きがずっと続いていて、リョウさんは夜に眠れず疲労困憊(こんぱい)していました。夫はまったく育児に参加せず、残業や飲み会を繰り返しています。ある日、夫と大げんかをしたリョウさんは、娘を連れて家を飛び出し、途方に暮れて児童館を訪れました。そこで、ベテラン保健師から赤ちゃんの睡眠について教えてもらい、夜泣きを解決できそうな気がしてきました。

 しかし、喧嘩(けんか)した夫と関係をどのように修復していいやらわかりません。リョウさんは、親友のミズホさんを訪ねることにしました。

 親友のミズホさんもまた、数年前にママになっていました。リョウさんから事情を聴くと、ミズホさんはすぐに「うちにいたらいい」と言ってくれました。ミズホさん自身も育児で大変な時期。リョウさんは遠慮しましたが、ミズホさんにはある考えがあるようで押し切られました。

 ミズホさんはこっそりリョウさんの夫に連絡をとり、その後リョウさんに言いました。

 ミズホ「旦那に迎えにきてもらえるよ」

 リョウ「うそ、そんな。だって仕事なんじゃないかな」

 ミズホ「こんなときに何言ってんの。日曜でしょ」

 リョウ「でも……」

 ミズホ「仕事に替えはあっても、家族の替えはないんだよ」

 リョウさんはどぎまぎしていました。夫と気まずいというのもありましたが、迎えに来いと言えるほど自分の価値があるように思えなかったのです。どうしてミズホさんはそこまで言い切れるのでしょうか。

 ミズホ「この子のためにも、母である私たちが意識変えなきゃね」

 

 ミズホさんの夫は、仕事が休みで、ミズホさんがリョウさんと話をしている間は、2歳になる娘の面倒をみていました。リョウさんは、休みの日に夫が子どもをみてくれたことはなかったし、自分の友達を子連れで泊めることがあったとしてもこんなふうにあっけらかんとしていられないなと思いました。もしリョウさんが逆の立場なら、夫の機嫌をうかがいながら、おどおどしていた気がします。

 夕方、リョウさんの夫が手みやげを持ってミズホさんの家に到着しました。

 気まずい雰囲気をかき消すように、ミズホさんの夫はリョウさんの夫に声をかけてお好み焼き作りの手伝いをさせました。リョウさんの夫は、戸惑いながらもキャベツを冷蔵庫から出したり、山芋をすったりしています。台所を気にかけながらもリョウさんとミズホさんはダイニングで子どもをあやしながら小声で話をしました。

 リョウ「ね、旦那さんっていつも作ってくれるの?」

 ミズホ「やっぱりこんだけ子ども小さいと、大変だしね」

 リョウ「平日は?」

 ミズホ「仕事で遅いから平日はだいたい私が作ってる。ほんと適当なものしか作れないけどね」

 リョウさんは、ミズホさんもまた平日は母子ふたりで大変なんだな、同じだなと思いました。

 リョウ「子育てがこんなに大変だとは思わなかったよね」

 ミズホ「やっぱり大変だよね。だからこうやって土日はどうにか協力し合ってるかな」

 リョウ「いいな。うちは土日もいないよ」

 ミズホ「え、そうなの? 仕事?」

 リョウ「つきあいとかもあるのかな。平日仕事遅くまでしてるし、土日くらい休みたいだろうなっていうのもあるし」

 ミズホ「リョウらしいっちゃリョウらしいよね。でもその結果、パンクしたんじゃない? そういう遠慮の結果、子育ての本当の大変さを、旦那はわかってないんじゃないの?」

 リョウ「そっか……」

 ミズホ「一度でも旦那に子どもを一日預けたことある?」

 リョウ「いや……」

 ミズホ「結局ね。一緒に体験しないとわからないんだよ。子ども生むまで私たちが子育ての大変さを知らなかったのと同じで」

 リョウ「そうだけど。うちの子すごい泣くから、旦那は面倒見切れないと思う……」

 ミズホ「最初はそうかもね。それも含めて、よ。だって、ふたりの子どもなんでしょ? まるで自分ひとりで育てないといけない子みたいに聞こえるし、子どもが迷惑をかけるやっかい者みたいに聞こえるよ?」

 リョウさんはどきんとしました。自分には「ふたりの子ども」という発想が抜けていたのです。言われて初めて気づきましたが、「子育ては私がやらなくちゃ」と思い込んでいたのです。そしておそらく、それは、母親がそう思っていたからです。

 となると、私って夫を蚊帳の外に追いやっていたってこと?

 

 台所から夫達の笑い声がします。

 夫は現に今夕食を作っているのです。何か用事があったかもしれないけど、迎えにきてくれました。リョウさんの睡眠不足などの育児の負担に共感的でなかったのも、実際に体験していないからかもしれません。

 リョウさんは、決意したようにミズホさんに言いました。

 リョウ「ね、やってみる価値はあるね。そうよね。夫も父親一年生にしてあげなきゃ」

 ミズホ「案外男って仕事で子どもに会えない時間が多い分、私たちみたいに四六時中子どもみてる感覚と違って、心底『子どもはかわいい』『新鮮』って思えるみたいよ。子どもを旦那にまかせてあげることも、けっこう喜ぶんじゃないかな」

 リョウ「わー、うちの旦那はどうだろ。そこまで人間できてないからな。隙あらば外に遊びに行きたいタイプよ(涙)」

 ミズホ「なおさら、リョウも旦那に任せてやりたいことやるのよ。じゃないとバランスとれなくなるでしょ、夫婦で。あんたたち、ワインやらバーやら、家庭的なものとはほど遠いカップルだったしね」

 リョウ「たしかにそうね」

 

 リョウさんにちょっとだけ希望がわいてきた時に、キッチンから美味しそうなお好み焼きを持ったミズホさんの夫が出てきました。

 

写真・図版 

 ミズホさん一家のあり方を、リョウさんとリョウさんの夫が同時に目の当たりにできたことが貴重な体験となりました。

 家庭それぞれに文化があります。

 そして誰もが「うちが当たり前」と思いがちで、あきらめたり、我慢して受け入れたりしていることもあるかもしれません。閉じられた家庭でなく、たまにはこうした家庭同士の交流があると、問題を解決するヒントが得られるかもしれませんね。

 ちなみに、この後、リョウさんの夫は、家に3人で向かう帰り道にリョウさんにあやまったそうです。

 リョウさんはなんとか立て直すことができそうですね。お話は次回も続きます。

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、オンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

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<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。