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 このコラムでは、ADHDの30代女性・リョウさんが、我が子の夜泣きや夫との子育ての分担について悩んでいるお話を続けています。リョウさんは生後6カ月の娘の夜泣きで睡眠不足となり、生活時間帯の違う夫とはすれ違いの日々を送っていました。夫婦げんかから家を飛び出したリョウさんは親友のミズホさんの家に身を寄せていました。前回は、そこに迎えに来た夫とともに、ミズホさん夫婦の家事や子育ての分担を目の当たりにしたのでした。これは夫婦にとって大きな衝撃を与えました。

赤ちゃんを泣かせたままになんて…

 リョウさんは帰宅して、夫と共にこれからの生活について話し合いました。夜泣きをどうするのか、どんな分担をすれば少しは生活が立て直せるか。保健師さんやミズホさんに聞いた話、夜泣きに関するネットの情報や本も取り寄せました。

 リョウ「夜泣きの対策って、結局は赤ちゃんが泣いても抱っこやおっぱいをしないで、そのままにして、ひとりで寝る方法を教えていくしかないってことなのよね? でも泣かせたままなんて耐えられない」

 リョウさんは、理屈ではわかるものの、どうしても心が張り裂けそうでした。夫は少し違ったようです。

 夫「でも1週間泣き続けるわけじゃないんだから、いいんじゃないの? 外国の赤ちゃんは、そうやって寝るのを覚えるって、本にも書いてあったんだろ?」

 リョウさんはまごまごしました。

 リョウ「でも、ほんとに喉(のど)が渇いてたり、おなかすいてたりして泣いてたら、トラウマになるんじゃないかな……。最近は欧米でも添い寝のよさが見直されているって、書いてある本もあったし……。赤ちゃんによっては、体質の差もあるかもだし……」

 

自分を苦しめる「子育ての美学」

 リョウさんのように心配する親は、実際に多いのではないでしょうか。それに、日本の住宅事情を考えると、夜中に泣かせっぱなしにするのは抵抗があって当たり前です。

 そしてリョウさんのいうように、赤ちゃんの眠りには非常に個人差があって、6時間ほどしか寝なくても元気に機嫌良く育つ子どもから、昼寝もして12時間も14時間も眠るような子どももいます。発育の状況、おっぱい以外の栄養の摂取手段が確保されているかどうか(離乳食の進み具合)などを十分に考慮して、「生物学的に夜の授乳をしなくても大丈夫」という状況であることは確認しておくべきでしょう。

 その上で、夫婦で判断するのです。

 夜たびたび起こされる負担に耐えて、夜泣きが自然におさまるのを待つのも、その夫婦の決断です。これ以上の夜泣きを助長させるような寝かしつけをせず、徐々に新しい寝かせ付け方に移行していくのも手でしょう。中には、実家が田舎の一軒家で、そこでなら泣かれてもおっぱい以外の寝かしつけにチャレンジできそうなので、帰省中にすませてしまうという夫婦もいます。

 もちろん、一生続く夜泣きはありません。でも、1日も例外なく何カ月も夜泣きが続くことによる睡眠不足は、ADHDの人の脳に大きなダメージを与えます。ADHDの症状と脳のはたらきには大きな関連がありますから、脳を休める睡眠は、非常に大事なのです。

 中には、「寝ないで子育てするのが素晴らしい」と考える人もいるかもしれません。でも、ADHDの親は特に、そのような美学に支配されすぎてはいけません。次のような兆しが見えたときには、もう少しちゃんと寝た方がいいというサインです。参考にしてみて下さい。

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 どのくらい当てはまりましたか?

 当てはまる度合いは、日によって、気分によって、当然変動するかと思います。時々でもこれらに当てはまる日があれば、そんな日は最大限にやることを手抜きして、身内でも公的サービスでもとにかく頼れる人に必ず頼って、これが続かないようにします。

 睡眠不足で追いつめられているときほど、人には遠慮するし、迷惑ではないかと思ったり、弱音を吐くなと責められるのではないかと考えすぎて、誰にも頼れなかったりするものです。特に、「赤ちゃんを誰かに預けて、息抜きをするなんて、許されるわけがない」とか「赤ちゃんがかわいそう」などの思考が自分を苦しめるものです。それでも、そんな時ほど、人を頼ってみることが大切です。

 

夫の実家を頼るのは育児放棄?

 話をもとに戻しましょう。

 夜泣きを解決するために、リョウさん夫婦は話し合いを重ねました。また、我が子の成育状況を見極めていきました。そしてついに、寝かしつけにおっぱいをあげることと、夜間泣くたびにおっぱいをあげることをやめることにしました。夜間断乳をしようと決意したのは、離乳食もしっかり食べられるようになって、順調に成長している、生後10カ月になったときでした。

 しかし、これには一点大きな問題がありました。少なくとも数日から長く見積もると1週間は、我が子の泣き声が夜中に響き渡ってしまうことです。

 しかし、夫は名案を思い付いたといいました。

 夫「そうだよ! 俺が実家に1週間泊まり込んでやってくるよ! 大型連休中に終わるよ」

 夫の実家は田舎の一軒家です。確かに、夜中に赤ちゃんが泣いても、隣近所に迷惑をかけることはないでしょう。しかし、リョウさんはすぐに顔色を変えて言いました。

 リョウ「やめて、まるで私が育児放棄してるみたいじゃない!」

 リョウさんには信じられませんでした。夫は嫁の立場を全くわかっていないんだと腹立たしいほどでした。しかし、夫はリョウさんが予想もしないことを言いました。

 夫「それじゃ、俺は実家を頼っちゃいけないの?」

 リョウ「え?」

 夫「リョウは子育てを夫婦で一緒にしようって言いながら、結局自分1人でやらなきゃって思い込みすぎてるんじゃないの? ほんとにふたりで分担するんなら、寝かしつけだってリョウがやろうと、俺がやろうと、いいじゃん」

 リョウ「でも、親世代っていうのはそういうふうには見ないよ」

 夫「リョウはどこみて育児してんだよ。親に気に入られるためなわけ? うちの親だって孫がかわいいから、役に立ちたいと思うはずだよ」

 リョウ「あなたは全然わかってないのよ。自分の親だからそんな能天気なふうにしか思えないのよ。親世代っていうのは、本当はイクメンなんて言葉にぞっとしてるものよ! そりゃあ、息子や孫はかわいいかもしれないけど、私は育児放棄のひどい嫁ってことになるに決まってるわ!」

 これには、心を入れ替えた夫も、自分の親を否定されて感情的になってしまいます。

 夫婦はまた、険悪な雰囲気になってしまいました。

 

「現実」に目を向けてみる

 独身の頃なら、こんな時、すぐに友達に会いに行って話を聞いてもらえたのに。子どもがいると、自由に夜の外出なんてできません。こんな時には、親になるって孤独だなと感じてしまいます。

 リョウさんは、困ったときの相談役のミズホさんにメールしました。ミズホさんは、電話をかけてきてくれました。

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 ミズホ「たしかに夫の実家って頼りにくいよね。うーん、でもさ。ある意味リョウの旦那って進んでるよ。……リョウは、現実的に可能だと思う? リョウが完璧に義理の両親からいい嫁だって気に入られるとか、完璧に夫婦ふたりだけで育児するとか……」

 リョウ「そう言われて気づいたけど、まあ、私ってこれまでだって、全然完璧な嫁じゃないんだよね。たぶん自分でも気づかないところで、いっぱいやらかしちゃってる。だからこそ、だからこそ、これ以上がっかりされたくないっていうか」

 ミズホ「なるほど、義理の両親に対してすでに完璧に振る舞えているわけでもなく、かといってそのまま素を出せるわけでもなくってことね。じゃあ、自分だけで頑張ったとしたら、結果は現実的に考えてどんなふうになりそう?」

 リョウ「さすが現実主義のミズホだね。うーん。実際にはどうがんばったって、これまでの『ちょっと残念な嫁』から評価は落ちるんだろうな。だって、いろいろ回ってないことは事実だし。いずれバレちゃうんだろうし」

 ミズホ「リョウと旦那が二人で頑張ってたら、親世代の価値観ががらりと変わるっていうのも、期待できそう?旦那さんの親御さんどう?」

 リョウ「うーん……無理だろうね。特にお母さんは、なんとなく」

 ミズホ「じゃあさ、そんなところで頑張らなくてもいいんじゃない? 今の一番の目的は、夜泣きをどうにかすることでしょ。多少評価は落ちるかもしれないけど、なんかさ、現実的な落としどころに落ち着くんじゃないかなって思うのよ」

 リョウ「確かに、これまでだって、たいした嫁じゃなかったし、かといっていきなり一人ですごい子育てもできないわけで。それに、夜眠れるようになりたいし……。そうね。今回はもう旦那の実家に頼ろうかな」

 

 ADHDをもつ女性の子育てや家事における行き詰まりを支援していると、たびたびリョウさんのような「これ以上ダメな嫁や母親になりたくない」といった意識から、誰にも頼れないで、1人でもがいている方によくお会いします。

 これまでにADHDの特性が原因で、周囲の人に迷惑をかけた経験があったのかもしれません。そのせいで、「私は人に迷惑をかけてしまうだめな人間」といった自己肯定感の低さをよく見かけます。その結果、本来ならば、誰かに協力を求めた方がよいような場面でも、「私は普通の人みたいにちゃんとしてないから、できないだけなんだ。だから誰にも頼らずにやり遂げなければ」「これまでだって迷惑をかけてしまっているから、もう今更頼れない。余計に嫌われてしまう。」と考えてしまうようです。そして、1人で抱え込み、ますますこなせなくなっていくという悪循環です。

 リョウさんはまたミズホさんに救われましたね。お話は次回も続きます。

<お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、オンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。