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 日本人に胃がんが多い理由はピロリ菌に感染している人が多いからです。ピロリ菌は胃がんだけでなく、胃潰瘍(いかいよう)の原因にもなります。ピロリ菌が発見されたきっかけは、胃炎や胃潰瘍でした。

 ピロリ菌が発見されたのは1982年と、わりと最近です。40年以上も前なのに最近というのは、病気の原因となる主な細菌が発見されたのが19世紀だからです。たとえば、結核菌の発見は1882年、コレラ菌は1884年、赤痢菌は1897年です。主だった感染症の原因となる細菌は細菌学の成立して以降、次々と発見されました。細菌が原因ではない感染症はウイルスが原因でした。

 胃炎や胃潰瘍は感染症だとは考えられていませんでした。ピロリ菌の発見以前はストレスや生活習慣が胃潰瘍の主な原因だとみなされていたのです。胃粘膜のような酸性環境で生きられる細菌なんているはずがない、という思い込みもあったようです。いまでは、ピロリ菌が酸性環境で生きられるのは、ウレアーゼという酵素をつくりだしてアンモニアを産生し、胃酸を中和するからだとわかっています。

 1982年、オーストラリアの医学者バリー・マーシャルとロビン・ウォレンは、胃炎や胃潰瘍の患者さんの病変粘膜に、新種のらせん状の細菌がいることを発見し、培養にも成功しました。ピロリ菌の正式名称は「ヘリコバクター・ピロリ」ですが、「ヘリコ」というのは「らせん」という意味です。

 正常な胃粘膜からはピロリ菌は見つかりません。ただ、胃潰瘍の患者さんにピロリ菌感染が見つかるからといって、ピロリ菌感染が胃潰瘍の原因だとは言えません。もしかしたら、胃潰瘍が原因で、ピロリ菌感染が結果なのかもしれないからです。潰瘍のある粘膜には感染できても正常粘膜には感染できない細菌がいても不思議ではないでしょう。

 ピロリ菌感染が原因であることを証明する方法の一つは、正常な胃粘膜を持つ人がピロリ菌に感染した後に胃潰瘍になることです。1984年にその実験は行われました。「男性ボランティア」がピロリ菌培養液を飲み、5日後に膨満感や食欲低下、嘔吐(おうと)といった症状が出現し、内視鏡で重度の活動性胃炎を認めました。こうした胃炎や胃潰瘍におけるピロリ菌の役割を示した一連の研究により、マーシャルとウォレンは2005年にノーベル賞を受賞します。ちなみに「男性ボランティア」はマーシャルその人でした。

 ピロリ菌を除菌すると胃潰瘍の再発が激減します。マーシャルもピロリ菌感染実験後に(妻の命令で)抗菌薬を内服しています。胃炎や胃潰瘍や胃がんの他にも、特発性血小板減少性紫斑病や、リンパ腫の一種であるMALTリンパ腫にもピロリ菌が関与していることがわかってきました。ピロリ菌の発見は、胃潰瘍の再発をはじめとして、さまざまな病気の予防や治療に役立っています。ノーベル賞に値する偉大な発見です。

※参考:Marshall B., Helicobacter pylori--a Nobel pursuit?, Can J Gastroenterol. 2008 Nov;22(11):895-6.(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19018331別ウインドウで開きます

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。