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 ここ最近、医師の働き方改革が報道されています。筆者自身、消化器外科医としてスタートした研修医時代、上司から「一に体力、二に体力、三、四がなくて、五に体力」とげきを飛ばされ、ほとんど家に帰ることなく、とにかく働き続けました。今回は、なぜ日本の医者は長時間勤務なのかについて考えてみたいと思います。

▼日本の医師は「過労死ライン」レベルで仕事をしている。

▼医師の長時間勤務はさまざまな要因が影響していて、国民全体で考える必要がある。

▼日本は諸外国と比べて「医師数」に対する「病院病床数」「患者受診回数」が多い。

 医師の働き方改革を議論する厚生労働省の検討会が今年3月にまとめた報告書(※1)には、「医師は、全職種中、最も労働時間が長い」と強調されています。そして、日本の医師がおかれた現実として

「3.6%が自殺や死を毎週または毎日考える」

「6.5%が抑うつ中等度以上」

「半数近くが睡眠時間が足りていない」

「76.9%がヒヤリ・ハットを体験している」

 という事例が紹介されています。確かに、私も身に覚えがないわけではありません。このような現実を踏まえ、検討会では2024年度以降の医師の時間外労働規制を提言しました。

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 提言の柱は、時間外労働時間を一般の勤務医は年960時間を上限に、地域医療のためにやむを得ない場合や、研修医や専門医をめざす医師など技能向上のための診療が必要な場合には、特例で年1860時間まで認めるといったものです。なお、健康障害リスクが高まるとする時間外労働時間の「過労死ライン」が、1カ月あたり80時間とされていますから、単純に12カ月(1年間)に換算すると960時間となります。つまり、一般の勤務医の残業上限時間は過労死ライン、地方に勤務する医師の残業上限時間は過労死ラインの約2倍ということになります。

 

 原稿を書いていて、研修医時代を思い出し、過労死レベルに達していたのだとちょっと身震いしてきます。このような危機的状況をなんとかしようと、厚生労働省は「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」を開催し、医療危機の要因を整理し、国民に向けてのメッセージを発信しています(※2)。

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 懇談会のまとめでは、「医療危機」の要因を「市民」「医師/医療」「行政」「民間企業」の四つの切り口から考え、それぞれの行動や考え方を例として挙げています。医師の長時間勤務は、一つの要因で説明がつくものではなく、さまざまな要因が複雑に絡み合っていることがうかがえます。

「医師数」「病床数」「受診回数」のアンバランス

 ただ、この資料には触れられていないことで、筆者が個人的に医師の長時間勤務に影響している要因があるのではないかと考えていることがあります。それは「医師数」に対する「病院病床数」「患者受診回数」のアンバランスさです。日本医師会総合政策研究機構がまとめた医療関連データの国際比較の報告書(※3)を参考に検証してみたいと思います。なお、当該報告書にも留意事項として記載されていますが、国によって保健医療制度が異なることなどから、すべての国が同じ手法で推計できているわけではなく、今回紹介する数字の比較は、あくまで目安であり諸外国との傾向の違いを見ているにすぎないという点はあらかじめご了承ください。まずは「人口1千人当たり医師数」です。

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 ちょっと古いデータですが、2014年の時点で人口1千人当たり医師は2.4人となっていて、日本の医療とよく比較される米国の水準に近づいてきているものの、OECD加盟国の中では、まだ人口当たりの医師数が少ないことがわかります。次に「人口1千人当たり病院病床数」と「1人当たり年間受診回数」をみてみます。

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 結果は、OECD加盟国の中で、病院病床数が第1位、受診回数が第2位となっています。

 ここから目安となる数字を割り出すために、医師1人当たりの入院担当患者数(=病院病床数)と外来担当患者数(=受診回数)を推計してみます。病床数と外来患者数を、それぞれ医師数で割ると、次のような数字になりました。

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 この比較から、日本の医師は米国の医師に比べて、入院患者は5倍、外来患者は3.5倍多く診療に従事していることが予測されます。筆者自身、米国で医師として働いた経験はないので、あくまで想像の域を出ない比較検討であることは、ご承知おきください。

 ですが、仮説の域を出ない全くの個人的な考えにはなるものの、この「医師数」に対する「病院病床数」「患者受診回数」のアンバランスが医師の長時間勤務の原因のひとつになっているかもしれません。そして、もしかすると、このアンバランスが、日本の病院は「3時間待ちの3分診療」と揶揄(やゆ)されてしまう原因にもなっている可能性もあります。

「受けたい医療は?」議論の先に

 医療制度は、各国において限られた公的資源をどのように国民が享受していくかを考えた上で設計されています。残念ながら公的資源は無限にはありませんので、医師の数を今の3~5倍に増やして米国並みにということは現実的ではありません。一方で、病床数を減らしたり受診回数を制限したりすることも国民全体で議論した上で慎重に進める必要があります。もしかすると日本の現状の「待ち時間は長いけども、いつでも受診できる医療」の対案は、「待ち時間は短いけども、思いついてもすぐには受診できない医療」なのかもしれません。

 いま一度、読者の皆さんは、どのような医療を受けたいのか考えてみてはいかがでしょうか。そして、少しだけでも良いので、医師の長時間勤務に関する問題についても思いを馳せてもらえたら嬉しいです。

[参考資料]

1)厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」(平成31年3月29日)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04273.html別ウインドウで開きます

2)厚生労働省「第5回上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」

"「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!"(平成31年1月21日修正)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02929.html別ウインドウで開きます

3)日本医師会総合政策研究機構「医療関連データの国際比較 -OECD Health Statistics 2016-」(2016年9月16日)

http://www.jmari.med.or.jp/download/WP370.pdf別ウインドウで開きます(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。