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 このコラムでは、ADHDの30代女性・リョウさんが、初めての子育てに対して夫とともに奮闘する様子をお伝えしています。夜泣きのひどかったリョウさんの子どもは、夫が実家に泊まり込んで夜泣き解消の練習をしたかいあって、その後、無事に一晩寝てくれるようになりました。リョウさんの家族3人ともが朝に起き、夜に寝る日々が戻りました。リョウさんの子どもはこうして1歳半になりました。

夢の公園デビューのはずが…

 このころになると、多くの子どもが歩くようになり、活動範囲も広がります。リョウさんの思い描いた育児ライフの典型例は、公園デビューでした。公園で子どもを遊ばせながら、ママ友とおしゃべりする優雅な日中を想像していたのです。リョウさんにとって、育児の何が辛いって、乳児を連れて行くことのできる場所は限られているし、ママ友もいなくて、日中ほとんど誰にも会えずにおうちにいることでした。育児の始まったこの2年間を振り返ると、リョウさんは夫の帰りの遅い日などは「今日は誰とも会話していない」という日もざらにありました。

 歩くようになった我が子を連れて、公園デビューをしたリョウさんでしたが……。

 現実はリョウさんの思うようにはいきませんでした。我が子はなぜか、ベビーカーを強く拒否して大声で泣き叫ぶため、リョウさんは移動のときには常にだっこでした。せっかく買ったベビーカーの出番は全くありませんでした。少し遠くの公園に足を延ばすこともできず、行き先はいつも近所の公園でした。

 公園に着くと、リョウさんの子どもは常にリョウさんがそばにいて一緒に遊んであげないとひどく泣きじゃくりました。そして、他の子どものように遊具で遊ぶよりは、公園の隅の溝や石の裏側など誰もいない場所でひたすら遊びました。そのため、リョウさんは、他のママたちのいる遊具やベンチのあたりには近寄ることができませんでした。

 来る日も来る日も、リョウさんは公園で子どもと「ふたりぼっち」でした。リョウさんは、我が子から見れば、毎日自分の興味のある遊びにつきあってくれるいい母親かもしれません。ただ、日に日にリョウさんは笑顔を失っていきました。

 

 「子育てはそんなものよ。自分の時間なんてないの。孤独くらい耐えなさいよ」。中には、そんな風に割り切って、子育てを乗り切ってしまう人もいるかもしれません。でも、リョウさんはとても苦痛でした。

 妊娠前のリョウさんは、仕事もしていましたし、ジム仲間や、なかなか不安定な恋愛関係だった彼(今は夫ですね)など、いろいろな人と関わりながら生活していました。がんばって努力していても、時々顔を出すおっちょこちょいな部分に自己嫌悪に陥りながらも、こうした周りの人に助けてもらって救われてきたのです。リョウさんは、他の人よりミスやトラブルが多くて、その分落ち込むことも多くあったからこそ、通常以上に人間関係を必要としていました。

 ところが今は、24時間たった一人で子どもにつきっきりです。以前とのギャップも大きいのかもしれません。リョウさんは思っています。

 リョウ「このままじゃ、孤独で死んでしまいそう!」

 

写真・図版 

 一方、夫にはリョウさんの元気のない理由が理解できませんでした。リョウさんの「たまには大人としゃべりたいわ」というセリフを聞いても、夫は「どうして愛する我が子とゆっくり過ごす時間を、我が子の成長を大事にして幸せに思えないのだろう」と考えました。「そりゃ、昼間はほとんど家にいないけど、俺だってなるべく早く帰るように努力してるのに……」。そんな考えなので、夫はリョウさんの不満を聞くたびにうんざりした気持ちになりました。

 リョウさんがまた、夫との認識のズレを感じ始めていたある日、リョウさんの家に大事件が。

 ちょうど明日から3連休が始まるというタイミングで、リョウさんの実家の母が倒れたというのです。我が子を連れて見舞いに行こうとするリョウさんでしたが、病院に乳児を連れて行けるかわかりません。迷っていると、「俺がみるから、行って来なよ」と夫が言いました。後ろ髪を引かれながらも、リョウさんは我が子を夫に預けて母親の運ばれた病院に向かいました。

 

トイレにも行けない! 夫が知った妻の日常

 夫は初めて、誰の手も借りずに丸3日間、我が子の面倒を見ることになりました。日頃なかなか一緒にいられない我が子との時間は、仕事に比べるとうんと新鮮です。初日こそ張り切って公園に我が子を連れて行った夫でしたが……。

 あまりに長時間にわたりだんごむしで遊び続ける我が子につきあうのは、炎天下ではなかなか身体にこたえました。公園から帰ろうとすれば泣きわめくし、だっこでしか移動できないので暑くて重くて大変です。

 スーパーに寄ってビールやつまみを買おうとしましたが、だっこしながらでは買い物かごが持てないし、それだけでなく、我が子は買い物を嫌がって泣き叫ぶのです。夫はいったいリョウさんはいつもどうしているのだろうと思いました。

 何もかも不慣れな連休初日が終わる頃には、夫はへとへとでした

 我が子が寝たあとに、ビールを飲む予定にしていた夫ですが、疲れ果てて一緒に寝てしまいました。

 2日目は雨でした。夫は我が子と家でのんびりしようと思いました。

 夫「そうだ。おもちゃを与えて、俺はビデオでも見よう」

 そう考えたのもつかの間、我が子がひとりでおとなしく遊ぶわけもなく、ビデオなど全くみられたものではありませんでした。夫がトイレにいく間ですら、泣いて追いかけてきました。

 夫「ちょっと勘弁してくれよ。トイレくらい……」

 夫は初めてリョウさんの言っていた「1人の時間がない」の意味がわかったような気がしました。寝ている間以外、なにひとつ自分のペースですることができていないのです。

 それに、夫がこの3日で話した大人は、薬局の店員さんだけでした。おむつの売り場を尋ねたやりとりだけです。

 夫「たった3日だけど、リョウの大変さがわかった気がする。もう俺にはこんなこと続けられない。帰って来てくれ、リョウ」

 

ADHDママに必要な「ささやかな時間」

 リョウさんの実家では、事態は収束に向かっていました。幸いなことに、母親は命に別条はありませんでしたが、もうしばらく入院することになりました。3連休の最終日、リョウさんは自宅に戻る電車の中にいました。

 リョウ「こんなに我が子と離れたのは初めて。なんか変なかんじ。自由にトイレに行けるし、身軽だし。でもなんだろう、この落ち着かなさ」

 3日も離れていると、さすがに我が子に会いたくなりました。日頃はずっと一緒にいて、たまにはひとりになりたいと願っていたというのに。もしかすると、日中に仕事をして我が子と離れている夫はこんなかんじなのかもしれません。だとしたら……。

 リョウ「夫の抱く我が子への距離感って自分と全然違うのかも。そりゃ私のウンザリ感なんてわからないよなあ」

 リョウさんは一人になって、久しぶりに夫の気持ちを考える心のゆとりができたようでした。

 

 子育ては、これまでの生活を一変させるものです。もちろん子どもの成長は嬉しいし楽しいですが、著しく自分のペースを乱されます。小さな子どものニーズに応えることは、順序通りでも秩序どおりでもなく、予測がたちにくく、しかも複数のことが同時に起こったりします。

 ADHDであってもなくても大変ですが、こうした混沌とした事柄をこなしていく作業は、もともと注意力に欠けたり、ものごとへの持久力が足りなかったり、時間管理が苦手だったりするADHDママにとってはかなりこたえるものです。ちょっとした息抜きもできず、誰かに助けてもらう事もできないまま、四六時中神経をすり減らして子どもの言動に向き合い続けるのは、耐えられないことでしょう。

 たまにはママだけで、単独で、自分のペースで大人と話をする。ADHDのママにとって、そんなささやかな時間が、実はとても大切なことなのです。

 時には夫婦で工夫をして、自分ひとりで過ごす時間や、家族以外の人や社会とかかわる時間を、少しずつでも持つことができるといいですね。

 

 突然のできごとでしたが、リョウさんは実家に帰ったことで、いくつかの収穫がありました。久しぶりにビールを飲みながら妹とたあいもない話をあれこれできたこと。妹から、保育園の一時預かりでもベビーシッターでも利用してみてはと提案されたこと。それに、たまには夫に子どもの世話を代わってもらって出かけてもいいんじゃないかと気づけたこと……。

 リョウ「旦那の飲み会も大目に見るか。その代わり、時々は私も外に出かけよう」

 育児からほんのひととき解放されて、リフレッシュしたリョウさん。このお話は次回も続きます。

 

 <お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、オンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。