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 ここ数年、高額な医薬品に関する報道をよく目にします。最近では、血液がんの白血病などに対して免疫細胞(CAR-T細胞)を用いる治療薬「キムリア」の1回あたりの価格が約3350万円に決定したことに驚いた人が多いと思います。この機会に、国民医療費全体の中で薬剤費がどれくらいの割合を占めているのか、そして高額化が目立つ薬剤費を前に、一人ひとりがどう向き合えばよいのか考えてみたいと思います。

▼国民医療費[42.2兆円(概算)]における薬剤費(薬局調剤医療費)は約7兆6000万円で全体の18%(2016年度)

▼薬の効き目の種類別(内服薬)で総額が最も大きいのは循環器官用薬(降圧剤など)で9759億円(2017年度)

▼薬効分類別(内服薬)で伸び率が最も大きいのは腫瘍(しゅよう)用薬で10.8%増の総額3221億円(2017年度)

内服薬で最も多い薬の種類とは…

 厚生労働省のサイトにアクセスしてみたところ、この原稿執筆時には2016年度のものが確定版としては最新のデータとして公表されていました(※1)。そして、診療種類別の国民医療費は次のとおりです。

写真・図版

 主に薬に関係する項目は「薬局調剤医療費」になります。これは外来で病院にかかったときに医師に書いてもらう処方箋をもとに、調剤薬局で受けとる薬の費用です。

 薬の価格(薬価)が注目された「キムリア」は、入院して受ける点滴薬で、白血病の一種を治療の対象としています。厚生労働省の資料(※2)によると、市場規模のピークは販売8年目の2026年度で、予測投与対象者は216人、予測販売金額は72億円とされています。1回あたりの薬価が非常に高額であるため注目されましたが、保険適応の対象となる患者さんの人数があまり多くないようです。直接の比較は難しいですが、前述の「薬局調剤医療費」は7兆6千万円なので、ざっと1千倍の差です。新薬の登場は医療保険財政にものすごく大きな影響を与えるわけではなさそうです。

 さらに薬局調剤医療費に関するデータを探していたところ、ちょっと興味深い資料(※3)を見つけました。それは、薬の効き目の種類別で見た内服薬薬剤料総額の推移に関するデータです。

写真・図版

 内服薬の薬剤料(総額)を分類別にみると、高血圧などの循環器の薬である循環器官用薬が最も高く、次いで抗不安薬や鎮痛剤など中枢神経用薬となっています。この表の金額は、あくまでも内服薬のみで計算した数字で、医師の発行する処方箋により保険薬局を通じて支給される薬剤などの額(調剤基本料等技術料と薬剤料の合計)になります。繰り返すようですが、冒頭で紹介した「キムリア」は入院して受ける点滴薬で、保険薬局を通じて患者さんに支給されるわけではないので含まれず、抗がん剤全体を反映しているわけではありません。

 個人的には、「日本人の2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで死亡している」と言われているぐらいなので抗がん剤などのがん治療の薬である「腫瘍用薬」が圧倒的に高額になっていると思いきや、高血圧などの循環器の薬の3分の1程度であることに驚きました。ただ、伸び率でみると、腫瘍用薬は前年度比+10.8%と最も高くなっています。さらに患者さん1人あたりの薬代を見るために、処方箋1枚あたりの薬剤料を見ると、伸び率も+9.6%(2016年:352円→2017年:386円)と最も高くなっています。これらを踏まえると、内服薬であっても分子標的薬など抗がん剤の高額化の影響が反映されてきているものと推測されます。

血圧に関するちょっと気になる話題

 さて、気を取り直して、薬剤料の総額で最も高かった循環器官用薬に注目してみたいと思います。表を見て一目瞭然ですが、その総額は前年度比で減少してきています。処方箋1枚あたりの薬剤料についても、2015年度に1344円だったものが2017年度は1169円と減少していることも厚労省が公表している資料(※3)で明らかになっています。この背景に後発医薬品(ジェネリック医薬品)の比率が上昇していることが要因の一つとして考えられるかもしれません。事実、2017年度の循環器官用薬の後発医薬品の伸び率は前年度比で+28.2%と最も高いものになっています(※3)。

 循環器官用薬といえば、ちょっと気になる報道記事を思い出しました。

◎「上は130、下は80未満」高血圧学会、目標を設定[2019年5月15日]

https://www.asahi.com/articles/ASM4S41HCM4SULBJ00L.html

 日本高血圧学会が5年ぶりにガイドラインを改訂し「高血圧治療ガイドライン2019」(※4)を発表したことに伴うものです。大きな変更点としては記事のタイトルにある通り、既に高血圧の治療をしている患者さんの降圧目標値を75歳未満の成人の場合、130/80ミリHg未満と厳格化したことです。75歳以上の高齢者も降圧目標は140/90未満とより強化され、併存疾患がある場合は130/80未満を目指すこととされました。なお高血圧と診断される基準値は従来通り140/90以上で変わっていません。

 ただ、治療目標を強化・厳格化するということは、降圧剤を必要とする人が増えることを意味してきます。そうなると、「もしや、薬剤費が減ってきた分を取り戻そうと、不必要な治療をしようとしているのでは?」と疑いの目を持つ人もいるかも知れません。ガイドラインをよく読むと、高血圧対策として、医療機関や学会のみならず、行政や産業界まで含めた社会全体での積極的な取り組みの必要性が強調されています。決して、薬だけで何とかしようとたくらんでいるわけではありません。

薬だけでなく食事の見直しを

 高血圧の治療と言えば、日本人の食生活で大きな特徴である食塩の摂取量の多さに触れないわけにはいきません。日本人の食塩摂取量は徐々に減ってきて入るものの、2017年の平均値は9.9g(男性10.8g、女性9.1g)となっていて目標値である8gには到達していません。そこで、行政による健康教育や医療政策、マスコミによる正確な情報発信や市民啓発、学会による専門家育成、産業界による低塩食品の推進などが求められてきます。

 実は、良い参考事例としてイギリスの取り組みがあります。イギリスでは、普段食べている食品(食パン、ハム、ソーセージ、チーズ、ポテトチップスなど)の食塩濃度を少しずつ減らしていくことを、研究者グループ(塩と健康に関するコンセンサス行動:CASH)が食品産業と政府の両方に働きかけ、実際に2000年ごろから実行に移されてきました(※5)。その結果、食塩摂取量は2000年に11.0gだったものが2011年には9.4gに減少しました。さらに、2003年からの9年間で最高血圧が3ミリHg(約2%)下がり、心筋梗塞(こうそく)と脳卒中による死亡はともに約4割も減少しました。

 日本に目を向けると、国立健康・栄養研究所が公表している資料(※6)に食塩摂取源となっている加工食品として「カップめん」「インスタントラーメン」「梅干し」「高菜の漬物」「きゅうりの漬物」「辛子明太子」「塩さば」などと挙げられています。関連する産業界は、ぜひ減塩の取り組みに協力してもらえたらと思います。また日本高血圧学会は、食塩含有量の少ない食品のリスト(※7)を作成しています。2019年4月現在、33社201製品が掲載されています。

 年々増加している国民医療費を考えた時、キムリアに代表されるように高額化する薬価を無視できません。国民の立場としては薬だけに頼らず、生活の見直しも考えてみてはいかがでしょうか。今回紹介した情報が、皆さんの健康の一助となれば幸いです。

[参考資料]

1)厚生労働省:平成28年度 国民医療費の概況「結果の概要」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/16/dl/kekka.pdf別ウインドウで開きます

2)中央社会保険医療協議会(第414回):再生医療等製品の保険償還価格の算定について

https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000508918.pdf別ウインドウで開きます

3)厚生労働省:調剤医療費(電算処理分)の動向~平成29年度版~

https://www.mhlw.go.jp/topics/medias/year/17/dl/gaiyo_data.pdf別ウインドウで開きます

4)日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」ライフサイエンス出版2019年4月25日発行

https://www.jpnsh.jp/guideline.html別ウインドウで開きます

5)佐々木敏「データ栄養学のすすめ」女子栄養大学出版2018年2月10日発行

6)国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所「日本人はどんな食品から食塩をとっているか?」[2017年11月8日]

http://www.nibiohn.go.jp/eiken/chosa/pdf/info20171113.pdf別ウインドウで開きます

7)日本高血圧学会「さあ、減塩!?減塩委員会から一般のみなさまへ?」内の「減塩食品リスト」

https://www.jpnsh.jp/general_salt.html別ウインドウで開きます

(アピタル・大野智)

アピタル・大野智

アピタル・大野智(おおの・さとし) 島根大学・教授

島根大学医学部附属病院臨床研究センター・教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大学医学部)卒。同大学第二外科(消化器外科)入局。補完代替医療や健康食品に詳しく、厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組むほか、内閣府消費者委員会専門委員(特定保健用食品の審査)も務める。