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 黄熱病が蚊によって媒介されることが、細菌学者のジェシー・ラジアの自己実験で1900年に示されましたが、ラジアは黄熱病によって命を落としました。ラジアの死後もアメリカ合衆国陸軍のチームによって研究は続けられました。当時は黄熱病が感染する実験動物は知られていませんでしたので、人間の志願者を実験対象としていました。

 軍人や研究者だけではなく、アメリカやスペインからの移民も実験に参加しました。はしかやおたふく風邪と同じく、黄熱病は一度感染して回復すると、その後は生涯にわたって感染しない終生免疫を獲得します。黄熱病の流行地で育った人は実験には参加できません。

 志願者とは言っても要するに人体実験です。手放しで称賛ばかりをするわけにもいきません。純粋に医学の進歩に貢献することだけが動機だったわけでもないようです。軍人は職務上、軍が主導する研究への協力を断りにくいでしょうし、研究者はアカデミックの場における名声を得るのが目的だったのかもしれません。

 移民にとっては金銭的な対価やアメリカ合衆国の医療チームによる手厚い治療を受けられるのも動機の一つでした。自然に黄熱病に感染すると治療費は自分で払わなければならず、十分な治療を受けられるとは限りません。黄熱病の感染実験に参加することはリスクを伴いますが、治療を受けて免疫を得るチャンスに賭けるのは理にかなっています。

 この一連の研究では、医学史上はじめて、文書による同意(インフォームド・コンセント)が取得されたそうです。現在の基準から見ると不十分な点もありましたが、同意のない人体実験が行われていた当時においては先進的でした(非倫理的な人体実験として悪名高い、黒人男性を対象にしたタスキギー梅毒実験が開始されたのは1930年代です)。

 黄熱病が患者の衣服や寝具を介しては感染しないことが実験で確かめられました。衣服や寝具といった媒介物が黄熱病の原因であると、それまで誤って考えられていたのです。汚れた衣服や寝具を集めた小屋で被験者は過ごしましたが黄熱病を発症する人はいませんでした。

 また、患者の血液を注射することで感染することも示されました。黄熱病は人間においてウイルスによる感染症であると最初にわかった病気です。もちろん当時はウイルスの存在を直接証明することはできません。しかし、細菌をも通さない目の細かいフィルターを通過する、黄熱病を発症させる力を持った「濾過(ろか)性病原体」が存在することは示されました。もちろん、その濾過性病原体とは黄熱ウイルスです。

 ※参考:Cutter L., Walter Reed, Yellow Fever, and Informed Consent., Mil Med. 2016 Jan;181(1):90-1.(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26741482)別ウインドウで開きます

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。