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 このコラムでは、ADHDの30代女性・リョウさんが、初めての子育てに対して夫とともに奮闘する様子をお伝えしています。前回は、ADHDのリョウさんにとって、最も子育てで苦痛であった「孤独」について話題にしました。今回は、ADHDママに限らず誰しも一度は経験するであろう「ママ友」問題をご紹介します。子育て中のママに共通する感情に加えて、ADHDママに独特な感覚もあるようです。それはいったい何でしょう。(リョウさんは架空の人物です)

 リョウさんの子どもは3歳になりました。

 3歳になった我が子は幼稚園に入園しました。リョウさんは、現在も専業主婦として生活しています。入園は、大きな生活の変化でした。幼稚園では週に2回、手作りのお弁当を持たせる日がありましたし、まだまだ手のかかる我が子に朝食を食べさせること、着替えさせること、ぐずられながらもなんとか時間どおりに幼稚園に送り届けるというタスクで、朝から家は戦場のようでした。

 リョウさんの子どもは偏食が激しいため、お弁当作りは簡単にいかず、かなりの苦戦を強いられていました。そのため、幼稚園のお弁当の日には、リョウさんはノーメイクでボサボサの髪をおさえつけるように帽子をかぶって、娘を送り届けました。

 同じく幼稚園に送りに来たお母さん方を目にすると、みんな朝からほどよいメイクに、地味すぎず華美ではない、センスのよい服装で、朝から爽やかに談笑しています。そんな姿を見ると、リョウさんはすっかり気後れしてしまいます。

 リョウ「どうしてみんなはあんなに朝から余裕なんだろう」

 日焼けひとつしていない、キレイな肌で談笑するママを見ながら、リョウさんの心の中にどす黒い感情がわきました。

 リョウ「あんなに日にも焼けずにいられるってことは、きっと子どもは室内でおとなしく遊ぶタイプの子なんだ。信じられない。お外で遊んであげたらいいのに」

 また、こんなふうにも思いました。

 リョウ「ああやって、朝から余裕のママたちの子どもは、偏食もなくなんでもよく食べるんだ。だから適当なお弁当で大丈夫なんだ」

 なんだか朝から自分がみじめになるだけでなく、ものすごく性格が悪くなったような気分です。リョウさんは、一通りの挨拶を済ませると足早に帰宅しました。

 夜になると夫にこういいました。

 リョウ「なんかさ、幼稚園のママたちって、我が子の送迎だけなのに、きれいにメイクまでしてくるのよ。どうして朝にそんな余裕あるんだろ。それに、時間が相当余ってるのかな。ずっと立ち話してるの。ほんとに暇よね」

 夫はここのところ毎日のように続くリョウさんの愚痴に辟易(へきえき)した様子で、テレビに目線をおいたまま、適当な返事をしていました。

 リョウ「でさ、そのママたちで、子どもを預けて、夜飲みに行ったりしてるらしいの。最低よね。子どものつながりで仲良くなってるのに、子どもを置いて飲むなんて」

 まだまだ続くリョウさんの愚痴に、夫は早く話を切り上げたくなってこういいました。

 夫「おまえも飲むの好きじゃん。行って来たらいい」

 リョウさんは、全く自分の気持ちをわかってくれない夫に腹立たしくなりました。

 リョウ「ちょっと、そういう話じゃないでしょ」

 夫「いや、最近のリョウは、幼稚園ママの悪口ばっかりいうけど、ほんとのところ、うらやましいんだろ」

 リョウ「そんなことないわよ!」

 火に油を注ぐ夫の発言に、リョウさんは思わず大きな声で言い返しました。しかしすぐに寝ている子どもを起こしてしまいそうだと気づいて小声になりました。行き場のない怒りや悔しさが涙になりました。最近抱えていたモヤモヤも、幼稚園入園に伴う不安も疲労も、すべてが一気に出口に向かって押し寄せてきたようでした。気づけばリョウさんは声を殺して嗚咽していました。

 

写真・図版 

 リョウさんに、何が起こっていたのでしょう。

 誰かに対して抱いた感情を読み解くと、自分の心の中がよく見えてきます。誰かに対して、すごく惹かれたり、腹が立ったり、うらやましくなったり、助けてあげたくなったり……私たちはいろんな感情をもつものです。他人は、私たちの心を映し出す鏡のように働きます。

 リョウさんは、どうでしょう。「自分よりも朝の準備をスムーズに行っていて、身だしなみを整える余裕のある母親たち」――彼女達自身のスキルかもしれないし、彼女達の子どもの個性かもしれないし、彼女の家族たちがたくさん手伝ってくれているかもしれない――について、心底うらやましい気持ちがあるのは間違いなさそうです。

 でも、うらやましいと認めてしまっては、朝の準備のスキルのない自分、ぐずる我が子、夫もいまいち手伝いにならない環境などを直視することになります。つまり、自分の方が劣っているというみじめな気持ちに浸ることになってしまうのです。

 そのため、リョウさんは、無意識のうちに、「なにかしら彼女達の劣っているところを見つけなければ」と考えました。そうすることで、「なあーんだ。彼女達にも母親失格な要素があるんだ。だから私もみじめじゃない」と安心したかったのでしょう。それで、子どもを置いて行く飲み会に興じるママ友を非難したかったのです。でもやっぱり、気持ちはみじめになるばかりでした。

 リョウさんの心の中にあったのは、決して「一緒に飲みたかった」というシンプルなうらやましさではなかったのです。この複雑な心境を、夫はずいぶん勘違いしていました。

 

 そんなリョウさんに、ぐうの音も出ないことが起こりました。幼稚園ママの中でも、飲み会に行くグループとは別の、親切で少し地味なママのおうちにお呼ばれしたときのことでした。そのママのお宅には、テレビがなく、代わりに子どもと一緒に作った作品が溢れていて、聞けばそのママは子どもがかわいくてしょうがなくて、自分は二の次で、とにかく我が子と一緒にいたくて、もう産後1度も美容室に行っていないというのです。そんな毎日が、楽しくてたまらないのだというのです。

 リョウさんにはそのママ友が「仙人」に見えました。世の中にこんなにも非の打ち所のない母親がいるものかと驚きました。このときばかりはリョウさんの中には、先日のような黒い感情はわきませんでした。代わりに、子育てに専念するのが苦痛で、退屈さや疲労感や愚痴ばかりの自分に嫌気がさしました。そうです。リョウさんは、子育てのような毎日同じことの連続で、何一つ自分の思い通りにならない世界に、うんざりしていたのです。「自分の好きなことだけやっていたい」「もっと変化のある刺激的な毎日を送りたい」――。それがリョウさんの本音でした。

 しかしこれは、リョウさんが育児にやる気がないという話でも、冷たい人間だという話でもありません。子育ての生活が、ADHDの脳が欲しがる「新しくて」「すぐに結果の出る」「刺激的な生活」ではないというだけの話です。ここを間違えずに、ママになった自分の心を次のような広い心で受け止めることができれば理想的です。そして、こんな風に考えてみるのです。

 「そうだね。あの人がうらやましいんだな。私もほんとは余裕のある朝を過ごしたいんだな。そのために、できることって何があるだろう?」

 「そうかあ、私が子育てを退屈だって思うのは生まれ持った脳の特性だからしょうがないんだ。それでも何か子育てを楽しめるやり方ってあるんじゃないかな。探してみよう」

 

 いかがでしょうか? 次回は、ADHDママが子育てを楽しむ秘訣についてご紹介します。

生きるのがつらい女性のADHD
仕事も恋愛もうまくいかなかった……。ADHDに悩む「リョウさん」のこれまでの歩み

 

 <お知らせ> ネットでさまざまなお悩みを相談できます

 このコラムの筆者の中島が、北九州市にある精神科クリニック「かなめクリニック」にて、オンライン診療を担当しています。診断の有無にかかわらず、インターネットを用いて認知行動療法などのカウンセリングを行います。ご相談内容は、ADHDに限らず、気分が落ち込んで引きずってしまう、不安でたまらない、食べ過ぎや飲み過ぎ、薬に依存してしまう、性犯罪に関するものでも幅広くお引き受けします。ご家族からの相談も受け付けます。みなさまのご相談をお待ちしております。

 ※要予約・有料で、自費診療となります。すでに医療機関にかかっていて、主治医や担当カウンセラーのいる方は、許可を得た上でお申し込みください。

 

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。