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 前回は、ウイルスや細菌の感染が自己免疫疾患の引き金になる興味深い現象をご紹介しました。「将来は特定の感染症を治療することで自己免疫疾患を治すことができるようになるかもしれない」と書きました。ところが、よく考えてみると、そういう事例はすでにありました。

 国が指定している難病の一つに、「特発性血小板減少性紫斑病」という病気があります。英語の病名idiopathic thrombocytopenic purpuraから頭文字を取ってITPと呼んでいます。「特発性」つまり原因がよくわからないまま血小板が減少し、出血が止まりにくくなって皮膚に内出血し、紫色の皮疹が生じることから名前がつきました。皮膚の内出血だけではなく、鼻出血や消化管出血、脳出血を起こすこともあります。

 「特発性」とは言いますが、血小板に対する自己抗体ができ、そのために血小板が破壊される自己免疫疾患であることが現在ではわかっています。なので「免疫性血小板減少症」と呼ばれることもありますが、これも英語の病名immune thrombocytopeniaを略すとITPになります。

 このITPですが、感染症、とくにピロリ菌感染との関連が知られています。ピロリ菌は胃粘膜に感染し、胃がんや胃潰瘍(かいよう)の原因になることで有名ですが、それだけではないのです。ピロリ菌に感染しているITPの患者さんに対してピロリ菌除菌療法を行うと、約6割の患者さんで血小板数が回復します。

 2010年にピロリ菌陽性のITPに対してピロリ菌除菌療法が保険適用になりました。それまでITPの治療法は副腎皮質ステロイドや脾臓(ひぞう)摘出術でした。どちらも除菌療法よりも副作用が大きいです。7日間薬を飲むだけで血小板数が改善する可能性のある治療法はITPの患者さんにとって大きな福音です。現在ではピロリ菌陽性のITPの患者さんの治療はまず第一に除菌療法が行われます。除菌療法に反応しなかった患者さんに他の治療法が行われます。

 ただ、ピロリ菌感染だけでITPの全部が説明できるわけではありません。ピロリ菌に感染してもほとんどの人はITPになりませんし、ピロリ菌が陰性のITPの患者さんもいます。また、C型肝炎ウイルスやHIV(ヒト免疫不全ウイルス)と関係しているITPもあります。免疫と感染症の関係はとても複雑で、だからこそ興味深いです。

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(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。