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 さて、今回からお話はADHDの女性で、1児の母親であるリョウさんの子育て奮闘記に戻ります。(リョウさんは架空の人物です)

 リョウさんの娘も年長さんになりました。来年度からは小学生になるのです。同じ幼稚園のママたちとも、「ランドセルどうする?」「ちゃんと学校まで歩いていけるかな」と、入学を意識した会話が増えてきました。

 リョウさんの娘は4月生まれで、同学年の子どもの中では、歯の抜けるのも早く、身長は高いほうでした。一方で、食事と着替えには非常に時間のかかる子どもで、友達と積極的に遊ぶタイプではありません。また、リョウさんの住む地域は交通量も多く、子どもを狙った犯罪が多いこともあり、小学生低学年以下の子どもが親なしで外出することはあまりありません。そんな背景も手伝って、リョウさんは娘がひとりで学校に歩いていけるのかとても心配しています。

 そんなある夏の日、小学校の入学説明会が開かれました。不安と期待交じりに参加したリョウさんは青ざめました。「入学のしおり」が配布され、入学式までに準備する物の数々が言い渡されたのです。

 一部はこんなかんじでした。

 

写真・図版 

 リョウさんは、しおりを順に読み上げていく先生の声に必死についてきました。説明会は子ども同伴で、小学校の体育館で行われていました。途中、何度も娘が「暑い」とぐずるのをなだめながらの参加だったので、全く集中できません。リョウさんは、大量の説明と暑さで頭がごちゃごちゃになってしまいました。

 説明会が終わると、

 リョウ「疲れた……。なんかよく覚えてないけど、とにかくたくさん用意しないといけないってことだ。小学校入学って、親にとってもこんなに高い壁だなんて」

 

 帰宅すると、リョウさんはそのまましおりをダイニングテーブルに置いて、ソファに倒れ込みました。

 リョウ「どうしよう。私、この子が学校に歩いて行けるかとか、友だちができるかとかばっかり心配してたけど、なんかそれどころじゃない感じがする……」

 小学生になったら、また働こうって思ってたのに、できるのかな……。

 でも仕事もまだ探していないし、そうなると学童に預ける必要があるのかな?

 学童ってどこにあるんだろう。どうやったら入れるの?

 でもその前に入学式だ。持ち物は何だっけ……。

 疲れ切った頭の中をいろんな疑問符がぐるぐる駆け巡ります。それを遮るように、娘が大きな声で言いました。

 娘「おなかすいたーーーーー!」

 

 我に返ったリョウさんは、重い体をひきずりながら夕食の準備をしました。

 こんな日はソーメンしかない。主婦の救世主! たっぷりと湯を沸かしてゆであげてから、冷凍庫に氷がないことに気づきました。その上……めんつゆもない。

 リョウさんは、この瞬間どっと疲れを感じて、買い置きのパスタソースをソーメンに絡めて我が子に食べさせました。リョウさんも正直まずいなあと思いながらも、無理やりおなかに入れました。

 リョウ「ああ、最悪。もうやだ~。こんな調子で本当に『小学生の親』になれるのかな」

 リョウさんは心底うんざりした気持ちになりました。「今日夕食、パパの分は適当に買ってきて」と夫にメールしてから、リョウさんはソファに横になって寝てしまいました。リョウさんの娘は、そんな母親を横目に、テレビざんまいでした。

 

写真・図版 

 午後11時に帰宅した夫は、ソファの上でうたた寝した妻と、パスタソースで口の周りを汚したままテレビを見続ける我が子にぎょっとしました。リョウさんの頰には涙の跡が……。

 夫「ちょっと、ちょっと、大丈夫? なにがあったの!」

 

 寝ぼけながらリョウさんは、今日あったことを夫に話しました。

 リョウ「私、小学校に入学するなんて当たり前のことで、準備ぐらいどんな親だって普通にやってることだと思ったのよ。でもめちゃくちゃ大変なの。今日説明会に行っただけで、もう疲れちゃって。私には無理。こんなことじゃ、うちの子小学生になれないかもしれない。それに、私がまた働くなんてもう一生無理。私はやっぱりダメな母親なんだ……」

 

 リョウさんは、やっと胸につっかえていた思いを言葉にすることができました。

 このコラムをご覧の皆様にはリョウさんがどう映るでしょうか。小学校の入学準備ぐらいで絶望しているようでは、この先やっていけないわよなんて厳しい声も聞こえてきそうです。

 リョウさんにはなぜここまでの負担感があったのでしょうか。

 このお話は次回へ続きます。

 

生きるのがつらい女性のADHD
仕事も恋愛もづまずいてばかり……。
ADHDに悩む女性「リョウさん」のこれまでの歩み

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。