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 白血病の原因となるウイルス(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)で過去の日本人の移動を推測できます。原理的には他のウイルスでも同じことができ、人類の移動のマーカーとしてB型肝炎ウイルス、ヘルペスウイルス、JCウイルスなどが研究されています。麻疹ウイルスやインフルエンザウイルスのように感染力が強いウイルスは人類の移動よりもずっと早く流行が広がるので、過去の人類移動の推測には使えません。

 C型肝炎ウイルスは、自然の状態ではそれほど感染力が強くなく、人類の移動の研究に使えそうですが、少なくとも日本では使いにくい理由があります。C型肝炎は、以前は非A非B型肝炎とも呼ばれていて、原因のウイルスの発見が遅れました。よって感染対策も遅れて、輸血や注射針を介した医原性の感染が多いのです。現在のC型肝炎ウイルス感染の地理的分布は、過去の人々の移動パターンが、医療行為による感染に乱され上書きされてわかりにくくなっています。

 日本人の肝臓がんの多くがC型肝炎が原因です。肝臓がんのパターンはC型肝炎ウイルスのパターンを反映しています。国立がん研究センターの「がん情報サービス」のサイトでは、都道府県別の主ながん種の死亡率のデータが得られます。都道府県別の肝臓がんの死亡率は西高東低です。2017年のデータでは、全国を100としたとき、もっとも死亡率が低いのは新潟県の63.7、高いのが佐賀県の151.3と、2倍以上も差があります。ちなみに私の住んでいる福岡県は139.2で、全国で2番目に高いです。

 C型肝炎ウイルスの感染率も同様のパターンです。なぜ西高東低なのかは詳しいことはわかっていませんが、少なくとも一部は医療行為による感染に原因があるのは確かです。東日本で肝臓がん死亡率が高いのは山梨県です。山梨県の富士川の流域はかつて、日本住血吸虫(じゅうけつきゅうちゅう)という小さく細長い寄生虫の流行地でした。日本住血吸虫の治療のために注射針の使いまわしをしてC型肝炎ウイルスが感染した可能性があります。なお、佐賀県と福岡県も日本住血吸虫が流行した筑後川流域を含んでいます。なお、現在では日本において日本住血吸虫は撲滅されて新規の患者はいません。ちなみに私が勤めていた九州大学医学部構内には、日本住血吸虫の中間宿主であるミヤイリガイの発見者、宮入慶之助先生に由来する「宮入通り」があります。

 日本住血吸虫に対する治療以外にも、輸血や血液製剤を介してC型肝炎は広がりました。患者さんを助けようとして行った医療行為がかえって害をなしたのです。医療者は反省し、現在行っている医療行為についても、想定外の害がないか十分に注意する必要があります。

 現在は感染対策が進み、医療行為でC型肝炎ウイルスに感染することはまずありません。また、治療も進歩してC型肝炎ウイルスに感染していても治るようになりました。C型肝炎もまた、長期的には撲滅が可能な感染症なのです。肝臓がんの西高東低のパターンも将来は消えていくでしょう。

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。