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 「がん細胞が自滅する」と称して健康食品を販売していた会社の幹部が逮捕されたというニュースがありました。売り上げは30億円弱だったそうです。

 病気によっては現代医学では治すことが難しい場合もあります。そういうとき、患者さんが、「がん細胞が自滅する」といった宣伝を信じたくなる気持ちはよくわかります。しかし、そうした代替医療はあまりおすすめできません。

 代替医療と対比して、公的なガイドラインで定められて一般の病院で受けられる医療を標準医療と言います。標準という言葉には「良くも悪くもなく普通」というイメージがあります。「標準ではなく最新の特別な医療を受けたい」と考える読者もいるかもしれません。電化製品なら最新のものが良い性能なのは当たり前ですが、医療に関しては必ずしもそうではありません。これは医療は「やってみなくちゃわからない」という性質があるからです。

 理論的にはどんなに効きそうであっても実際には期待されたほどの効果がなかったり、副作用が強すぎたりした治療法はいくらでもあります。最新の治療法が本当に効果があるかどうかを知るには、臨床試験をやってみるしかありません。つまり、対象となる患者さんを二群に分け、一方の群には最新の治療法を受けてもらい、もう一方にはその時点での標準医療を受けてもらいます。そして、効果があった人の数を数えて比較します。

 ボクシングのタイトルマッチと似ています。最新の治療法が挑戦者、標準医療がチャンピオンです。最新の治療法(挑戦者)が勝つとは限りません。それがわからないから臨床試験(タイトルマッチ)をするのです。最新の治療法が負けて、標準医療が勝つと防衛成功です。逆に、最新の治療法が勝った場合は今度はその治療法が標準医療(チャンピオン)になります。医学はこうして少しずつ進歩するのです。

 ちなみに、現代医学においては、挑戦者になるだけでもハードルがいくつもあります。動物実験や健康なボランティアを対象に安全性を確かめたり、少数の患者を対象にした予備的な試験をクリアしたりしなければなりません。「がん細胞が自滅する」と称する健康食品はもちろんのこと、自費診療のクリニックにおいて高額で提供されている代替医療の多くは、挑戦者になる資格すらないレベルのものです。

 標準医療でも治せない病気はありますが、標準医療よりも効果が高いことが証明された秘密の治療法は残念ながら存在しません。標準医療は現時点で入手可能な臨床的証拠に基づいた最善の医療なのです。(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。