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 みなさんには、なぜか終わらない雑用はありませんか?

 ただの先延ばしではなく、もう9割完成している状態までこぎつけていて、あと少しで完成だというのに、最後の仕上げをなぜか猛烈にしたくない!という「完成させたくない病」が今回のテーマです。

 ADHDの女性で1児の母親であるリョウさんは、娘の小学校の入学準備で頭がいっぱいです。入学準備の中でも書類書きがあと少しで完成なのに、なぜかそのまま放置してしまうという「完成させたくない病」をこじらせています。

 リョウさんは娘の小学校入学に関する手続き書類をたくさんもらいました。

 「私こういうの苦手だからこそ、さっさと終わらせた方がいいかな」

 珍しく先延ばしをせず、すぐにとりかかったリョウさん。学童の書類にざっと目を通していきました。前回までに夫にアドバイスされたように、全体像を把握しながら、重要なことをリストにまとめていこうと思ったのです。

 リョウさんは「娘がいないうちに、さっさと済ませてしまおう!」と意気込んで、すぐに記入できそうなところから、書き込んでいきました。

 住所や家族構成の欄は楽勝でした。どんどん書き進めて、あっという間に9割を書き終えました。しかし、夫の勤務先の住所や電話番号はすぐにはわからずにとばしました。また、夫の勤務証明書も必要なのだそうです。リョウさんがもっと悩んだのは、リョウさん自身が求職活動中であるとか勤務予定であるとかを書く欄でした。

 リョウさんは、急に面倒になって、ペンを置きました。

 「まあ、気分転換でもしよう」とテレビをつけました。昔好きだったドラマの再放送です。リョウさんはその日再び書類にとりかかることはありませんでした。

あと1割、それが苦痛

 数日後、リョウさんは思い出しました。

 「あ、早く書類書かなくちゃ。でも今日はクリーニングのセール日。今日は持っていかなきゃ」

 「せっかく晴れてるし、こんな日に家の中で書類書きなんてもったいない。でかけよう」

 「夜は休むもんだ。早寝しよう。そして明日の私に期待しよう」

 リョウさんは、器用にさまざまな言い訳を積み重ねていきました。気づくと、書類書きが嫌でしょうがなくなっていました。

 「どうして9割終わっている書類なのに、あとの1割がこんなに苦痛なんだろう」

 あと少しの労力なのは頭で理解できるのに、どうしてもやる気が起きないのです。リョウさんは夫に似た経験がないか尋ねてみました。夫は即答でした。

 夫「それ、まさに俺だ。」

 夫は学童の書類を瞬く間に仕上げてくれました。リョウさんの勤務予定の欄には「求職中」と書きました。

なぜリョウさんには、今回の書類書きの際に「完成させたくない病」が発動したのか。ふたりで分析してみました。

 リョウさんが学童の書類書きでつまずいた点は以下の通りでした。

 ❶夫の勤務先の住所や電話番号を調べる必要があった。

 ❷必要書類を夫に頼む必要があった。

 ❶は、その場でさっと終わらず、複数の段取りがあるため面倒なことです。これは、ADHDの人の「すぐにご褒美が欲しい」という傾向で説明がつきます。時間的に遠くのものには魅力を低く見積もるためで、「報酬遅延の障害」と呼ばれています。

 ❷も❶と関連します。が、人に頼む必要があるという点で、社会的な要素が入ります。気兼ねするとか、気まずいとか、その人との人間関係が反映されます。

直面したくない現実が含まれていると…

 この二つについては、リョウさんにとっては確かに苦手なことだと納得できました。

 ただ、リョウさんはまだ首をかしげています。完成させたくない病をこの二つだけでは説明できない気がしていたのです。

 リョウ「なんだろう。こう、書類書きながら、学童に本当に入れるのかな。その前に、私、働けるのかなって不安になって、そういうの考えるのが嫌になって……」

 そうです。リョウさんはそもそも自分が子育てと仕事の両立ができるか不安だったので、この書類を仕上げるのが怖かったのです。仕上げてしまうと、仕事を探すことやその先の生活について考えなければならなくなるのです。つまり、そんな現実と直面するのが怖かったのでしょう。というわけで、完成させたくない病の三つ目はこんなふうにまとめておきます。

 ❸仕事をするかしないかという直面したくない現実を避けるため。

 ❶と❷に比べて、リョウさんの❸の理由は比べものにならないほど大きな負担でした。

 夫婦でこのことを共有できたのは重要なことでした。完成させたくない病の原因がわかれば、対処はしやすいものです。そもそも働くのか、働くとしたらいつからでどんな仕事にするのか、その場合生活はどのように変わるのかなど、情報を集め、時には試しに短時間働くなどしてみながら夫婦で話し合うのです。

 完成させたくない病について夫婦で話していると、夫がふとこういいました。

 夫「俺の場合は、もう少し違うかも。仕事でも、なぜかあと少しで終わるのに、わざわざ何日も放置してしまうものがある。あれはなんでだろう」

 次回は夫の仕事を完成させたくない病の分析です。

生きるのがつらい女性のADHD
仕事も恋愛もづまずいてばかり……。
ADHDに悩む女性「リョウさん」のこれまでの歩み

<アピタル:上手に悩むとラクになる・生きるのがつらい女性のADHD>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/nayamu/(アピタル・中島美鈴)

アピタル・中島美鈴

アピタル・中島美鈴(なかしま・みすず) 臨床心理士

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。