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 標準医療は現時点で最善の医療ですが、残念ながら、標準医療では治せない病気もたくさんあります。標準医療では治らないのならば、「ダメでもともと。効けばもうけもの。失うものは何もない」と、代替医療に賭けてみたくなる気持ちはよくわかります。

 心のよりどころの一つとして代替医療を試すことは否定しません。ただ、入れ込み過ぎる患者さんやご家族も中にはいらっしゃいます。病気と闘って勝つことを目標にしてしまうのです。そして、ほとんどの場合はその目標は達成できません。

 特別な治療を求めて遠くのクリニックにまで出かける、がんの終末期の患者さんと関わった経験があります。クリニックのウェブサイトには立派な医療機器の写真や、「決してあきらめない」「日本でここだけの治療」といった魅力的な言葉が載っていました。

 「日本でここだけの治療」というのは、エビデンスがないので他の医療機関では行っていないことを示しています。ただ、すでにそのクリニックで治療を開始している患者さんやご家族にはわざわざそんなことは言いませんし、言えません。代替医療はそちらのクリニックで受けていただいて、症状の緩和のお手伝いをしました。

 患者さんは「失うものは何もない」から代替医療に賭けるとおっしゃいますが、本当でしょうか。自費診療のクリニックは値段も高額でお金は失いますが、お金を天国に持っていくことはできませんのでこれはいいでしょう。お金ではなくもっと貴重なものを失っているにように私には思えました。それは時間や体力です。ただでさえ病気で残り時間も体力も少ないのに、遠くのクリニックまで数時間かけて往復するのは、患者さんにとって負担です。

 その患者さんは病状から予測される平均的な予後よりも早く亡くなりましたが、通院や代替医療との関係はわかりません。患者さんの価値観はそれぞれです。最期まで病気と闘いたい方もいるでしょう。満足して亡くなっていったと思いたいです。病気に勝つことを目指してお金や貴重な時間をつぎ込んだ揚げ句、「こんなはずではなかった」と後悔することのないことを望みます。

 標準医療では必ずしも病気に勝つことを目標としません。苦痛を緩和して残りの人生をより良く過ごすことを目指すこともあります。たとえ病気が治らず近い将来に死を迎えるとしても、その瞬間までどのように生きるのかも大事なことではないでしょうか。

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アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。