[PR]

 インフルエンザの検査を受けた経験はおありでしょうか。「スワブ」という滅菌した長い綿棒を鼻の奥に入れてグリグリっとやるあれです。迅速抗原診断キットといってインフルエンザ診療を激変させた優れた検査方法です。採取した鼻汁の中にインフルエンザウイルスがあると、試薬と反応して線が見えるようになります。迅速キット登場以前は、ウイルスの核酸を増幅させたり、時間をおいて2回にわけて採血し抗体価の上昇を見たりする方法がありましたが、いずれにせよ結果が出るまでに時間がかかります。一方、最近の検査キットは数分間で結果が出ます。

 「インフルエンザ検査キットを市販して欲しい」という声はよく聞きます。インフルエンザなら感染予防のために会社や学校を休まなければなりません。よって、流行期に風邪症状が出たら、念のために病院を受診して検査をしてもらうように、という風潮があります。妊娠検査薬のように検査キットを薬局で買えるようにすれば、いちいち病院に行かずに自宅で検査できるというわけです。

 患者さんにとってはただの風邪なのに検査のために病院に行ってインフルエンザをうつされることがなくなりますし、流行期の混雑を緩和できて病院にもメリットがあります。検査キットの市販は、一見、いい考えのように思いますが、いくつか難点があります。一番大きな問題は、本当はインフルエンザなのに検査で陰性に出てしまう「偽陰性」です。

 報告によっても差がありますが、インフルエンザの患者さんがキットによる検査で陰性になる確率は10~40%ぐらいあります。なので、医師は検査の結果だけではなく、さまざまな症状や経過、背景疾患、流行状態、患者との接触歴などから、総合的に診断しています。流行期には検査をせずにインフルエンザだと診断することもあります。

 検体の採取にもコツがあります。私が行っている手順はこんな具合です。検査をする人は、手袋・マスクをつけます。患者さんは、できれば背もたれのある椅子に座っていただきます。頭が動くと危ないので左手を後頭部に添えます。検査の必要性や順序について十分にご説明したのち、スワブを鼻に入れゆっくりと進めます。抵抗を感じたら止めて、やさしく数回ぬぐってスワブを抜きます。手袋・マスクは適切な方法で捨て、すぐに手を洗います。

 検査キットが市販されたとしましょう。一人で自分の鼻にスワブを突っ込めますか? 私はできません。それとも家族や友達にやってもらいますか? 私はトレーニングをしていない人から鼻にスワブを突っ込んでもらいたくありません。それに、きちんと感染対策しないと、検査をした人にうつります。

 また、慣れていない人が検査をすると十分な検体が採取できない可能性があります。医療従事者が行っても10~40%ぐらいの偽陰性が出てしまうのです。検査キットを市販したとして、適切に検査できず偽陰性がさらに多く出てしまうでしょう。スワブを使わず鼻水をかんで行う方法もありますが、精度が落ちます。検査キットを市販すると、本当はインフルエンザなのに、「検査キットで陰性だったから」と、出勤や登校をして、感染を広げることになりかねません。かなり優れた感度の検査キットが開発されない限り、検査キットの市販はデメリットの方が大きいと私は考えます。

 とはいえ、市販を望む人たちの気持ちはよくわかります。「風邪ぐらいでは会社を休めない」「5日間も休むのならなんらかのお墨付きが必要だから、簡単に判別する手段が欲しい」ということでしょう。思うに、キットを市販するよりも、「インフルエンザでないなら出勤/登校せよ」「病気で休むのなら病院に行って診断書をもらってこい」という社会からの圧力をなくし、インフルエンザだろうと風邪だろうと、体調不良のときは気軽にゆっくり休めるほうがよいのではないかと思う次第です。

《酒井健司さんの連載が本になりました》

これまでの連載から80回分を収録「医心電信―よりよい医師患者関係のために」(医学と看護社、2138円)。https://goo.gl/WkBx2i別ウインドウで開きます

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。