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 多くのワクチンは病原体に対する抗体を免疫系につくらせることで病気を予防します。抗体は、免疫細胞の一種であるBリンパ球が産生するたんぱく質です。抗体そのものも治療などに広く利用されています。

 古いところでは血清療法です。血清は献血されたヒトの血液や、動物の血液からつくられ、抗体を豊富に含んでいます。血清をつくる際はまず、薄めた毒素を動物に注射して、毒素に対する抗体をつくらせます。十分に抗体ができたところで動物の血液を精製すると、毒素を中和する抗体を含んだ血清になります。動物はウマが使われることが多いです。体重が重く、得られる血清の量が多いからでしょう。

 毒ヘビに嚙まれたり破傷風にかかったりしたときの治療では、現在でも血清が使われていますが、欠点もあります。血清には、毒素に対する抗体以外にも多くの不純物が含まれています。もちろん、精製してなるべく不純物を取り除く努力はするのですが、どうしても一定量は残ります。ウマ血清を一度投与された人はウマの血液に含まれる不純物に対する免疫反応が起こり、二回目の投与時にアナフィラキシー・ショックといった重篤な副作用が生じることもあります。

 現在の医療技術は、不純物のない単一の抗体だけの医薬品もつくることができます。免疫系は多種多様な抗体を産生しますが、それはBリンパ球が多種多様であるからです。一つのBリンパ球は一種類の抗体しか産生しませんから、ある一つのBリンパ球を無限に増殖する細胞と融合させ、特定の抗体を産生する細胞を増殖させることで、単一の抗体を得ることができます。

 単一の抗体は治療や検査など、多方面で実用化されています。たとえば、記憶に新しいところで、ノーベル賞を受賞した本庶佑先生の研究を元にして開発された、がん免疫療法の薬、オプジーボ(一般名:ニボルマブ)です。オプジーボは、がん細胞をやっつける免疫細胞にブレーキをかける分子にふたをするように結合する抗体で、ブレーキを解除する働きがあります。

 身近なところでは、インフルエンザ迅速検査キットにも抗体が利用されています。A型インフルエンザウイルスの抗原とB型インフルエンザウイルスの抗原にそれぞれ結合する抗体が使われており、数分間でA型とB型とを区別して診断できるすぐれものです。検査に使われる抗体はウイルスの内部の抗原に対する抗体なので、残念ながら治療には使えません。体に投与してもウイルスの殻に阻まれてしまうでしょう。

 治療に使うなら、病原体の表面の抗原に対する抗体です。前回ご紹介したユニバーサルインフルエンザワクチンの研究では、治療用の抗体の研究もされています。多くの型のインフルエンザウイルスと結合する抗体を免疫系につくらせるのがユニバーサルインフルエンザワクチンで、その抗体を投与して重症のインフルエンザ患者の治療に使うのが抗体医薬品です。通常のインフルエンザの感染は気道上皮に限られるので抗体を投与しても意味がありませんが、ウイルス血症のような重症例には効果が期待できます。

 とは言え、やはりまだまだ実用化は先です。インフルエンザに限らず、抗体を利用した検査や治療はこれからも開発されていくでしょう。

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酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。