[PR]

 「かぐや姫の物語」(公開中)を見ましたが、主人公の少女の心がうまくつかめませんでした。彼女は泣き、笑い、切実な思いが胸にあるようなのに、私と彼女の心を結ぶものがない感じ。監督の高畑勲さんは、登場人物を客観的にとらえ、時には残酷なまでに突き放して描写するのが作風ですが、だからといって高畑作品に感情移入できないなんてことはなくて、いやもう心をわしづかみにされたことも一度や二度ではありません。

 高畑さんの代表作の一つ「赤毛のアン」第1話を見返すことにしました。かぐや姫が満開の桜の下で両手を広げてくるくる回る場面がアンみたいだったから。そして、老いた男女のところへ突然やってきて育っていく娘というシチュエーションが似ていたから。それに、「アン」の主題歌の歌詞が「むかえにくるの むかえにくるのね だれかがわたしをつれていくのね~」と、かぐや姫っぽいから(←三つ目の理由はウソ)。

 孤児院から来たアンは、迎えに来たマシュウの馬車の上で奇体な空想混じりのおしゃべりを延々と続けますが、リンゴ並木の満開の花に心を奪われ、胸がいっぱいになったように黙り込みます。私は何度見てもいつもここで、ギョロ目のデコッパチ娘に心をわしづかみにされます。ただやかましいだけの妄想少女ではなく、いのちの喜びを知る人間であり、自らも満開の花のようにその喜びに生きたいと願っている、その熱い心(ハート)と魂(ソウル)に触れてしまえばもう、この子の幸せを願わずにはいられなくなるのです。

 そこでもう一度「かぐや姫」を…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら

こんなニュースも