三四郎はこの男に見られた時、何となく極りが悪かった。本でも読んで気を紛(まぎ)らかそうと思って、革鞄を開けて見ると、昨夜(ゆうべ)の西洋手拭(タウエル)が、上の所にぎっしり詰っている。そいつを傍(わき)へ搔(か)き寄せて、底の方から、手に障(さわ)った奴を何でも構わず引出すと、読んでも解らないベーコンの論文集が出た。ベーコンには気の毒な位薄っぺらな粗末な仮綴(かりとじ)である。元来汽車の中で読む了見(りょうけん)もないものを、大きな行李(こり)に入れ損(そく)なったから、片付けるついでに提(さげ)革鞄(かばん)の底へ、外の二、三冊と一所に放(ほう)り込(こん)で置いたのが、運悪く当選したのである。三四郎はベーコンの廿三頁(ページ)を開いた。他(ほか)の本でも読めそうにはない。ましてベーコンなどは無論読む気にならない。けれども三四郎は恭(うやうや)しく廿三頁を開いて、万遍(まんべん)なく頁全体を見廻していた。三四郎は廿三頁の前で一応昨夜(ゆうべ)の御浚(おさらい)をする気である。…[続きを読む]

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