太平洋戦争が終わる前日、米軍が大阪城周辺を爆撃した最後の大阪大空襲(京橋駅空襲)。標的は「東洋一の兵器工場」といわれた日本陸軍の大阪砲兵工廠(こうしょう)だった。そこで働く人の中には、朝鮮半島から動員された若者もいた。京橋駅で生き地獄を目にした少年もいる。数百人の命が奪われた悲劇から14日で71年。体験者はなお痛みを抱え、あの日を語り継ぐ。…[続きを読む]

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