1615年の大坂夏の陣で討ち死にした戦国時代の武将・後藤又兵衛(またべえ、基次)の最期の様子が豊臣秀頼に報告された状況を記した書面が見つかった。岡山県立博物館(岡山市北区)が17日発表した。致命傷を負った又兵衛が、秀頼から拝領した脇差し「行光(ゆきみつ)」で家臣に介錯(かいしゃく)を頼んだことが記されている。豊臣方による史料は珍しいという。…[続きを読む]

無断転載・複製を禁じます