終戦の翌1946年度生まれの球児は、東京五輪があった64年が最後の夏。のちにプロで活躍した衣笠祥雄は平安(京都=現龍谷大平安)の4番捕手として甲子園で8強入り。智弁和歌山監督の高嶋仁も海星(長崎)から出場した。元PL学園監督の中村順司は大阪大会決勝で敗れた。(敬称略)…[続きを読む]

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