1985年夏、甲子園で熱戦を続けていたPL学園高校の野球部から、日航ジャンボ機墜落事故で次男(当時9)を失った遺族の元に荷物が届いた。選手たちが署名した色紙や同部の野球帽、ベンチに飾る千羽鶴……。そこに手紙が添えられていた。33年を経たこの秋、手紙の送り主と遺族が初めて対面した。…[続きを読む]

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