日系ブラジル人3世の少年は、日本に移住した時、ポルトガル語しか話せなかった。40歳の今、行政書士として外国人を支える。共に生きるとは、つながること、そして、顔と名前を知ることだ、と言う。少年時代に手をさしのべてくれた岐阜県のある町の住人たちを思い浮かべながら。…[続きを読む]

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