太平洋戦争末期、米軍機が南西諸島全域を爆撃し、那覇市などで大きな被害が出た「10・10空襲」から75年。空襲を皮切りに沖縄の戦況は大きく悪化し、沖縄県内二つの療養所にいたハンセン病患者も劣悪な環境を余儀なくされ、多くが犠牲になった。「戦争では弱い者から死んでいく」。当時の戦禍と差別の二重苦を知る元患者らは、悲劇を次の世代に語り続けている。…[続きを読む]

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