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2012年12月25日
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はたらく気持ち

死を意識して見えてきたもの

文・田中和彦

 都内の化粧品会社に勤めるKさん(54)の自宅には、ここ数年、11月中旬になると喪中はがきが届くことが多くなった。「今年は多いわね」と奥さんに言われ、「みんなそういう年齢になったんだ」と答えた。実はKさん自身も今春、父を亡くし、年賀状の欠礼を知らせたばかりだった。

 父の死はあっけなかった。

 風邪をこじらせ、気管支を痛めて入院中、食事をのどに詰まらせてしまい、そのまま帰らぬ人となった。東北の地元へ新幹線で駆けつけたが、死に目には会えなかった。

 葬儀の準備などにバタバタし、悲しむ間もなかった。何事も初めてで、知らないことばかり。困ったのは父名義の銀行口座が凍結されたこと。商売人だった父はお金の管理を自分でやっていた。父に任せっきりだった母は自分の口座も持たず、遺産相続の手続きが終わるまで、1円も動かせなかった。

 田舎ゆえ土地には困らず、大きな倉庫にはモノがあふれていた。商売をしていた何十年もの間にたまった書類や郵便物が、整理するにも気が遠くなるほどあった。

 大きな箱を開けると、人からプレゼントされたと思われるネクタイやベルト、バッグが出てきた。いずれも未使用の品々ばかり。Kさんが新婚旅行のお土産で贈ったブランド物の財布も、使われた形跡もなく箱に収まっていた。Kさんは苦笑しながら、買ったものをすぐ使わずに寝かせてしまうクセは父譲りだな、と思った。大事にしまったまま流行遅れになり、ゴミ箱行きになることが、自分もしょっちゅうあるのだ。

 毎年、暮れになると自宅の大掃除に取りかかる。「またいつ使うかわからない」モノも納戸にしまっていたが、今年は思い切って捨てた。灰になった父を見て、「墓場まで持っていけるモノは何もない」と実感したからだ。

 父の死で変わったのはこれだけではない。Kさんの会社は55歳役職定年制で、去年、その2年前の社員を対象にしたセカンドキャリア研修を受講し、過去の仕事の棚卸しと今後のやりがい作りを勧められた。その時はピンと来なかったが、残りの人生の年数を数え、やるべきことを考えるようになったのだ。

 長く担当した宣伝業務を、会社の枠を超えて若い世代に伝える――考えを巡らすと、そんなテーマが自然と自分の中に湧き上がってきた。何事もなく定年を迎えるつもりだったが、「もうひと波乱あってもいいかな」とさえ思うほどに。独立も視野に入れ始めたKさんの目には、「第二の人生」の輪郭がはっきりと見えてきたようだ。

プロフィール

田中 和彦(たなか・かずひこ)

 人材コンサルタント、映画プロデューサー。1958年、大分県生まれ。リクルート社の「週刊ビーイング」「就職ジャーナル」などの編集長を務めた後、映画業界に転身。キネマ旬報社代表取締役などを経て独立。02〜07年、beでコラム「複職(ふくしょく)時代」を連載。近著『断らない人は、なぜか仕事がうまくいく』(徳間書店)など著書多数。

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