江渕崇

江渕崇えぶち たかし

朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
関心ジャンル:金融・財政国際働き方ビジネスIT・テック

最新コメント一覧

  • 「悪魔」の父、いじめにあった10代 イーロン・マスクとは何者か

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年7月3日20時4分 投稿

    【視点】 米大統領選の取材でテキサス州に行ったついでに、造成中だった「ギガファクトリー」を間近に見に行ったことがあります。まるで空港のように広大な敷地を、何十台もの重機が砂埃を上げていました。  創業20年足らずの新興メーカーが世界最大級の工場(敷地面積ではダイキンのテキサス工場が東京ドーム40個分とかなり大きかった気がします)を建て、時価総額でライバルを圧倒する存在になったテスラ。重機が行き交うテキサスの大地をしばし眺めながら、自動車産業の新陳代謝の激しさと、マスク氏という強烈なリーダーシップに感服せざるを得ませんでした。  マスク氏とテスラにとって、大きな分岐点が何度かありました。一部の愛好家向けのニッチなメーカーにとどまらず、世界の自動車市場を劇的に変えうる存在になれたのは、記事で紹介している主力車種「モデル3」の量産問題を乗り越えたのが大きな転機だと私は思います。  当時はGMやフォードなどの伝統メーカーも、電動化計画をこぞって打ち出していました。彼らが培ってきたのは車を低コストで大量に生産する技術や調達力であり、新興のテスラが慣れない量産化でまごついている隙に、EVでも覇権を取り戻そうというもくろみでした。  ところが、マスク氏は自ら工場に乗り込んで数々のボトルネックを解決し、テスラは量産を軌道に乗せていきます。そのころマスク氏は情緒不安定な言動が(いつも以上に)目立っていたのですが、「やるときはやる」ことを改めて見せつけました。  彼の並外れた執念がどこから来るのか、この記事で紹介された生い立ちから、その一端がうかがえます。

  • ビッグマック390円は安すぎる? 物価停滞「日本人の欲求が後退」

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年6月27日12時37分 投稿

    【解説】 記事のビッグマック指数は1月の数字ということなので、そこから一気に円安が進んだ今の為替レート(1ドル=135円)で計算し直すと、日本の1ビッグマックはなんと2・88ドルと3ドルを切っており、順位はさらに低下していそうです。米国ではこの間、ドルベースでの物価も急上昇していますので、円安×米国物価高が相まってドルベースでの物価差が大きく広がり、「円で稼いでドルで使う」ことがとんでもなく不利になっています。やっと海外旅行や留学が復活しようかという局面で、これはかなり痛い。  「慢性デフレと海外発の急性インフレの同時進行」という渡辺努さんの解説は非常にわかりやすいです。物価上昇が経済全体に広がって、賃金も同時に上がっていけばよいのですが、「エネルギーと一部の生活必需品のみ価格が上がり、一方で賃金は上がっていないので、その分ほかの消費が打撃を受けて価格停滞が続く」という全く望ましくない展開。これだけ円安・一部の物価高が顕著なのに、日銀が金融緩和をやめられない背景の一つとなっています。

  • カリフォルニアで1ガロン10ドル? ガソリン高騰、米で税金免除か

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年6月21日18時39分 投稿

    【解説】 ガロン(約3・8リットル)あたりドルで表現するガソリン価格は日本の感覚では分かりづらいと思いますので計算し直すと、今の日本のガソリン価格は1ガロン=4・8ドルとなります(1リットル=170円で為替が1ドル=135円だと仮定)。これを踏まえて米国のガソリン価格のニュースをご覧いただくと、ちょっとはわかりやすくなるかと思います。  カリフォルニア州は米国でもガソリン価格が高いことで有名で、数年前は東海岸から出張すると1ガロンあたり1ドル近く相場が高かった気がしますが、それでもせいぜい1ガロン=3・5~4ドル台で、10ドルに迫るとは驚きの水準です。以前は全米平均で1ガロン3ドルを超すと米国民の不満が高まるとされてきました。  ちなみに私が米国駐在中に経験したガソリンの最安値は1ガロン=1・4ドルでした。当時のレートで換算し1リットル=40円弱で、そのスタンドの売店で売っていた水よりも圧倒的に安かったです。コロナの初期、原油価格がマイナスを記録した前後でした。

  • 「我々を待つのはハリケーン」 加速するインフレ、岐路に立つ米経済

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年6月16日13時29分 投稿

    【解説】 パウエルFRB議長はもともと0・5%幅の利上げを予告していましたが、前週末に発表された米消費者物価が予想外の伸びを示したことなどから、実際には0・75%と極めて異例な大幅利上げに踏み切りました。コロナ危機初期の20年3月15日の日曜日夕方、FRBが1%幅の大幅利下げとゼロ金利復活を電撃的に決めたのからは隔世の感です。  来たるべき政策変更(とりわけ金融引き締め)を市場に混乱なく予告することにおいて、これまでパウエル氏はかなり巧みだった印象がありますが、今回ばかりは足元で進む市場・経済環境の変化が早すぎたということでしょう。それでも市場が大きく混乱しなかったのは、ウォールストリートジャーナル紙などが数日前に0・75%の利上げ検討を報じるなどしたことで市場が先に織り込んでしまっていたからです。  新型コロナという未曽有の危機に立ち向かうためにバイデン米政権とパウエルFRBがとってきた「高圧経済」路線を、失業率の大幅な悪化を伴うことなく平時モードへと軟着陸させられるのかどうか。その成否は日本経済の行方も大きく左右します。  記事にあるようにウクライナ危機や中国でのサプライチェーン混乱など金融政策あるいは財政政策だけでは対処できない要素も大きく、私たちも重点的・多角的に報じていこうと思います。

  • アマゾン配達員「荷物量が異常」、AIで決まる激務 労組結成の背景

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年6月15日23時2分 投稿

    【視点】私たちの便利な暮らしが、エッセンシャルワーカーたちのどんな負担で成り立っているのかを端的に示す記事です。とりわけ日本は消費者天国で、そのしわ寄せは働き手にいきがち。配送料が原則無料になるアマゾンプライムは年会費がわずか4900円。微妙にサービス内容は違うものの、米国では139ドル(今のレートで約1万9千円)と3倍以上の価格差があります。まずはアマゾン自体が、委託先といえども同社のサービスを実質的に担っている働き手の待遇改善に乗り出すべきではありますが、わたしたち消費者も一定の負担を分かち合う必要があろうかと思います。安けりゃいい、早ければいい、ではなくて。

  • 「年収3倍」で誘われる車整備士 ユーザーが知らない車検の実態

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年5月27日11時18分 投稿

    【視点】 デスクとしてこの記事を監修しました。人手不足であっても大幅な賃金上昇につながりにくい日本経済の体質が、この記事から浮かび上がります。  これほど整備士不足が深刻なら、業界全体の賃金水準が跳ね上がってもおかしくないのに、なかなかそうならないのはなぜか。価格競争が激しくて料金を上げられず、よって整備士の待遇も上げられない、という構図があるようです。  記事前半で「年収3倍」での勧誘を紹介していますが、競争が激しい中で、勧誘に応じて転職したとして本当に年収が3倍になっていたのかどうか。  利便を受ける車ユーザーが相応の負担を引き受けることで、整備士の賃金や労働条件も上がり、整備士不足も和らぐ。働き手の給料が増えれば、今度は彼らが消費者として負担を引き受ける余力も増す。自動車整備業界に限らず、こんな動きをどう広げていくかが日本経済のチャレンジです。

  • 「コロナ鎖国」は何だったのか 訪日望む人を足止め、透けた日本社会

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年4月8日0時48分 投稿

    【視点】 これだけの深刻な弊害が指摘されていても、ウイルス侵入を防いだり遅らせたりする効果が「鎖国」にあったのなら、ほんの少しは救われるのですが、それも怪しいのではないか、というのが実体験に基づく印象です。  私は昨年、駐在先だった米ニューヨークから羽田空港に帰国したのですが、空港で体験した水際対策は形式重視の「なんちゃって」「やったふり」の類いだと感じました。これは本当に必要なのかと思わせる何種類もの書類のチェックや、追跡アプリを入れたかどうかの形式的な確認だけはやけに厳しく、なんどもなんどもチェックポイントがある。  一方で、大勢の若い係員たち(言葉のアクセントなどから多くは留学生と思われました)が、いちいち乗客の真横や目の前にきては案内や説明をさせられていました。20年春にコロナ感染が始まって以来、あんなに他人が自分に近づいてきたのは初めてで、かなりの恐怖を感じました。大勢の帰国者と接しなければならない係員もかわいそうです。感染していないかチェックする場で感染してはシャレになりません。  そして実質的な感染防止効果は、非常に疑わしいものでした。当時は帰国後14日間は鉄道など公共交通機関を使った移動は禁じられていましたが、ゲートを出たらなんの監視もない。隔離中も、1日に1度アプリで居場所を報告するだけ。1回だけ電話がかかってきましたが、どうにでも答えられます。私は律義に決まりを守ったつもりですが、そんな決まりなど気にせず普通に社会生活を送った帰国者もそれなりにいたのではないかと推察されます。  これがコロナ感染が始まって間もない頃ならまだ分かりますが、当時もう1年以上たっていたのにもかかわらず、この体たらく。さすがに今はそれなりに改善されているとは思いますけれど。  世界の人々を日本から遠ざけ、また日本が世界に出て行くのを妨げるデメリットだけはもろに被り、一方で肝心のウイルス侵入防止は中途半端という、「悪いところ取り」だったのではないかと私は心配します。

  • スタバCEO、株主還元より「人材や店舗に投資」 労組結成で転換へ

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年4月7日17時54分 投稿

    【視点】 手元の現金では足りず、借金までして、自社株買い&配当をして株主に尽くす。人材やイノベーションへの投資はカット。米国大企業では「株主価値最大化」の名の下でそんな経営がもてはやされてきました。それをやりすぎて債務超過に陥る有名企業も相次ぎ、その一つがこのスタバでした。  かつてスタバと言えば、ほかの米大手飲食チェーンに比べれば従業員を大事に扱っているイメージがあり、よくある「株主価値一本槍」とは一線を画していたはずなのですが、シュルツ氏が大統領選出馬のためにいったん退任したあたりから企業文化が変わっていたのでしょうか。あるいはその前からの変質だったのか。暫定CEOに復帰したシュルツ氏が最初に宣言したのが「人材と店舗への投資」なのは興味深いところです。  いったんは株価が下がったようですが、「人材と店舗への投資」が長期的な成長に結びつくのなら、結局は株主にとってもハッピーなはずです。むしろそう考える投資家にとっては、安く株を買えるチャンスとなったのかもしれません。  こうした動きがどこまで米産業界に広がっていくのか。「あのスタバの宣言が転機だったね」と後に言われるかもしれないニュースです。

  • 労組結成の可決「労働者の反乱」 コロナ禍のアマゾンにくすぶる不満

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年4月2日20時51分 投稿

    【視点】 米主要企業でもとりわけ「反労組」の色が濃かったアマゾンでの初の労組結成は、まだ限られた拠点にとどまる動きだとはいえ、これが「蟻の一穴」となる可能性もあり、米国経済における資本と労働の関係をみるうえで歴史的な転換点になり得る動きです。  この記事が指摘するとおり、最後の一押しとなったのがコロナによる経済・労働環境の変化ですが、実は米国ではいったん低迷していたはずの労働運動がリーマン危機以降、静かなリバイバルを見せていました。  法定最低賃金を15ドルに上げる運動、各州の教員らによるストライキ、全米自動車労組(UAW)による全米ストなどが相次ぎ、(そのうち一部は)それなりに成果を勝ち取っていました。右派によるティーパーティー(茶会)運動やトランプ旋風が巻きおこったのに対抗するように、労働側でも草の根の動きが広がっていたのです。ジェネレーション・レフトとも呼ばれる若者を中心に、労組を再評価する見方も強まっていました。  1970年代以降、米国では生産性が上がっても恩恵は株主と経営者に偏り、労働者の取り分は物価上昇率に追いつくのがやっとのレベルで、これが格差を広げる大きな要因となってきました。コロナを機に立場が強くなった労働者が、労組結成などの動きを通じて物価上昇を超えるだけの処遇改善を勝ち取れるのかどうか、注目していきたいと思います。

  • 中国南部で132人乗りボーイング機が墜落 死傷者は不明、中国当局

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年3月21日20時0分 投稿

    【解説】御巣鷹山を想起させるような映像です。フライト追跡アプリで当該機の飛行データを見ると、通常の飛行高度から崖のような急下降ぶりで、尋常ならざる事態が起きたことがうかがえます。生存者がいるのかどうか、非常に厳しい状況のようにみえます。 同アプリによると、墜落したのはボーイングの小型旅客機737シリーズのうち「737-800」と呼ばれる機種のようです。737シリーズは半世紀ほどの歴史がありますが、その3代目の「NG(ネクスト・ジェネレーション)」という世代のなかの1機種です。 インドネシアとエチオピアで連続墜落事故を起こした737MAXは4世代目ですので、今回の事故機はその1世代前のものとなります。MAXの事故はともに、NGを改良した際に新たに組み込んだ飛行制御システムの不具合が原因とされており、今回の事故とは直接の関係はないとみられます。 2019年に737MAXが2度目の事故を起こした直後、世界で真っ先に運行停止に踏み切ったのは中国当局でした。米国との緊張関係も背景の一つだったでしょうが、「世界の空の安全に、とうとう中国が役割を果たし始めた」という受け止めもありました。 事故調査や情報開示のあり方など、今回の事故に中国当局がどう対応するのかも注目されます。

  • ボーイング機はなぜ墜ちたか 妻子奪われた私 問い続けて見えた病理

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年1月20日17時58分 投稿

    【視点】 筆者です。エチオピアやインドネシア、アメリカの話でしょ?と思ったあなた。確かに日本の航空会社は737MAXを運航していません(ANAは導入予定)が、連続墜落事故前は、アジア各国の航空会社が日本の7空港に飛ばしていました。同じ事故は、日本で起きたかもしれなかったのです。近年エアバスが追い上げているとはいえ、日本の空はいまだボーイングの牙城。ボーイングが安全な飛行機を作り続けられるかどうかは、私たち自身の安全にも直接かかわります。  そしてボーイングの経営体質を「キャッシュマシン」へと変容させたこの半世紀ほどのアメリカ流株主資本主義は、日本の経済社会のありようにも深い影響をもたらしてきました。そんなことも念頭に、このシリーズを読んでいただけたらと思います。

  • 火山爆発指数5~6の規模か ピナトゥボが6、「破局噴火」は7以上

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2022年1月16日22時52分 投稿

    【解説】 今回の噴火は、火山爆発指数(VEI)でピナトゥボ噴火に匹敵する「6」となる可能性が指摘されています。もしそうなら頻度では「100年に1度」ともいわれる大きさです。いま人類が直面している最大の課題の一つは温暖化の危機ですが、VEIで「6」以上となると、世界的な寒冷化につながる恐れも否定できません。噴煙に大量に含まれる粉じんやガスが、エーロゾル(エアロゾル)となって世界に広がり、太陽の光を長期にわたり遮るからです。「火山の冬」と呼ばれる現象です。  記事で指摘されている7万年前のトバ噴火(VEIで8、1万年に1度以下)では、深刻な「火山の冬」により人類が1000~1万人規模まで減り、絶滅の危機にひんしたとの説もあります。これ限らず、これまで人類は何度も「火山の冬」の脅威にさらされてきました。自然現象では隕石の衝突に次いで人類の絶滅につながる恐れが高いのが火山噴火なのです。  近代に入ってからでもっとも大規模、かつ歴史への影響が大きかったのが1815年4月にインドネシア・スンバワ島で起きたタンボラ噴火(VEIで7、1千年に1度以下)でした。深刻な「火山の冬」により、欧州ではその夏から多雨などの異常気象になり、翌1816年は欧米で近代史上最も寒い年となりました。米東海岸で7月に雪が降るなど「夏のない年」となり、欧州で飢えが深刻化したせいで欧州から北米へ、米東海岸から西海岸へ移民の波が押し寄せました。コレラが初めて世界的に大流行したのも、タンボラ噴火に端を発した異常気象と関連があるとみられています。  タンボラ噴火でジャワ島が大きな被害を受けたことで、ラッフルズはバタビア(今のジャカルタ)からシンガポールに拠点を移しました。今のシンガポールの繁栄はタンボラ噴火のゆえなのです。そのほか、「冷夏で馬のエサがなくなり、自転車が発明された」「『フランケンシュタイン』『吸血鬼』は夏なのに雨が降り続くスイス・レマン湖畔の別荘で、退屈しのぎの余興として生まれた」など、逸話に事欠きません。  以前、日曜版GLOBEの巻頭特集『火山と人類』の取材で、何カ月もかけて世界の火山をめぐり、各国の専門家に話を聞いて回ったことがあります。火山は文明を滅ぼす力を持つと同時に、ミネラルやエネルギーなどの恵みも人類に与えてきました。火山は人類という存在の根源に関わるほどのものなのだということを、そのとき学びました。  今回の噴火が人類にどの程度の影響をもたらすものなのか、まだはっきりしませんが、人類の活動による温暖化のみならず、地球の活動による「寒冷化」のリスクも現実のものとして意識される機会となるのかもしれません。

  • 「首切りではない」45歳定年制、提唱の真意 しがみつくのは誰か

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年12月17日14時12分 投稿

    【視点】こちらの記事を監修しました。私自身45歳で、新浪氏の発言が伝わった際、「今定年になったらどうすればいいのだろう」と自分事として考えました。 この問題を考える際に重要なのが、記事でも指摘されている「教育制度も含めた社会全体が日本型雇用を前提とした仕組みに最適化されている」という点です。専門家の間で「制度的補完性」と呼ばれている問題です。 日本では雇用システムを中核として、教育や社会保障、金融などの諸制度が形成されてきました。これらが相互に深くむすびついているため、どれかをつまみ食い的に変えるわけにはいかない、という議論です。 金融部門については国際的な影響を直接受けやすいことや、業界の政治力がそこまで強くなかったことなどから、英米型をモデルとした資本市場の改革が目に見える形で進んできました。しかし、ほかの部門では「制度的補完性」が壁になり、抜本的な仕組みの見直しにはつながってきませんでした。 しかし、それを言い訳にしていては、未来永劫何も変えられないことになります。今ある仕組みの延命にリソースを注ぎ、目の前の安定を優先し続けてきた結果、先進国でも際だって成長できない国に、日本はなってしまいました。 45歳定年は確かに極論ですが、これを機に、日本の雇用だけでなく産業構造や教育、社会保障を含めた全体像をどう構想していくか、骨太な議論につなげていかなければと思います。

  • 韓国に抜かれた日本の平均賃金 上がらぬ理由は生産性かそれとも…

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年10月20日11時37分 投稿

    【解説】 日本が今やっているのは「自国民の労働の安売り」ではないでしょうか。  私は今春までの4年間を米ニューヨークで暮らしましたが、あまりの物価高に「途上国からがんばって出てきた気分だ」とコラムで書いたことがあります。物価高といってもすべての商品が高いのではなく、テレビやコーヒーといったコモディティーはむしろ日本よりも安く、「生身のアメリカ人の労働」がからむ商品やサービスが高いのです。飲食や教育、医療などです。自国民の労働に高い値段がついていて、人々も気前よくお金を出すことで経済が回っているのです。  先進国でも群を抜く日本の賃金の停滞ぶりですが、その要因は何重にもかさなっています。そもそも稼げる産業が減り、生産性が上がらず、みんなに分配するパイそのものが増えていないというのが大前提としてあります。  次に、その増えないパイをどう分配するのかという点でも、株主の発言力が強まって働き手側の取り分が減ってきたという要因もあります。本来なら賃上げに向けて全力で戦うはずの労働組合も、雇用が失われるのを恐れて賃上げを半ばあきらめてきたことが背景にあります。ゆえに、コロナショック下ですら、日本の失業率は先進国でも圧倒的な低さを維持しており、必ずしも「日本は全部悪い」とまでは言えません。  ただ、賃金が増えないこともあり、日本の消費者は値上がりにはシビアで、物価もなかなか上がらずにきました。値上げできないと経営者は賃金を増やせない。一方で消費者の所得が上がらないと値上げもできない。日本経済はそんな「デッドロック状態」にあります。そうしている間にも、米国では物価と賃金の上昇が続き、年を追うごとにその差は広がるばかり。  今の「デッドロック」は市場に任せていても解消しづらいので、なんらかの政策的な働きかけが必要です。その意味で最近の自民党政権がおこなった賃上げ要請や最低賃金引き上げは、一定の意味がありました。賃金の上向き圧力をどう生み出していくのか、各党の知恵の競い合いを期待したいと思います。

  • ノーベル経済学賞にカード、アングリスト、インベンスの米3氏

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年10月12日0時19分 投稿

    【解説】 最低賃金を引き上げると、雇用は本当に減るのか?この問いをめぐり世界で最も知られた超重要論文の一つが、カード氏とアラン・クルーガー氏(元CEA委員長、プリンストン大教授、19年死去)の共同研究(Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast-Food Industry in New Jersey and Pennsylvania)です。  1992年に最低賃金を時給4・25ドルから5・05ドルに引き上げたニュージャージー州と、その隣で最低賃金を据え置いたペンシルベニア州の計400以上の店を調査。結論は、記事中にもあるように、必ずしも雇用に大きな悪影響は及ぼさないとのことでした。  以来、各地でこうした手法の研究・調査が重ねられてきました。たとえば最近では、ニューヨーク連銀が19年に行った研究があります。最低賃金を引き上げたニューヨーク州と、(ここでもまた!)全米基準に据え置いたままのペンシルベニア州の隣接する地域について、サービス業への影響を比較。ニューヨーク州の働き手は収入が増えたうえ、雇用への目立った悪影響も確認されなかった、としています。  もちろん、最低賃金引き上げが雇用減をもたらしたとの研究も存在します。ただ、同様の多くの研究結果をまとめた研究によると、総じて最低賃金の緩やかな上昇が雇用に与える影響はゼロか、ごく小さい、と結論づけられています。  たとえば、その地域の雇用主がごく少なく働き手の選択肢が限られるなどした「買い手独占」の場合、最低賃金引き上げがむしろ雇用増につながることがありうる、とも指摘されるようになりました。米国では西海岸の大手IT企業に限らず、多くの業種で寡占の度合いが強まっています。「買い手独占」の議論は、寡占に対抗して働き手の立場を強めるのに、最低賃金引き上げが有効かもしれない論拠となっています。  米国の連邦最低賃金は時給7・25ドルと日本よりもむしろ低いですが、リベラル色の強い州や市が独自に最低賃金を15ドルに引き上げる動きが勢いを増しています。民主党バイデン政権は全米での15ドルへの引き上げを狙っていますが、共和党サイドや保守的な経済学者らによる「雇用を減らす」との慎重論は根強いままで、激しい論争がいまも続いています。  ノーベル経済学賞の選考委員会が、最低賃金引き上げ側に与する意図があったのかどうかはわかりません。彼らの権威を神聖視するかのごとく、むやみにありがたがる日本メディアの習性もどうなのかと思います。ただ、この授賞が結果的に最低賃金引き上げを求める声を一段と強める可能性はあるのではないかと思います。

  • 「バイデンは経済を破壊」 米国の農村部が分配策を拒むワケ

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年10月10日14時5分 投稿

    【視点】 米国の「真ん中」の地域を取材して強く感じるのは、農業であれ工業であれ「自分の労働で食っている」ことへの誇りの高さです。リーマンショックで自動車工場での職を失ったミズーリ州のある男性は、フードパントリー(食料配給)の世話になりながらも「人様にただで恵んでもらって生きるようには育てられていない」と言って、そこでボランティアを買って出ていました。  「働かざる者食うべからず」の意識が非常に強く、それが自分だけでなく他者にも向かうため、再分配的な政策への抵抗がやけに強いのです。  広がる格差に対処するためにどんな政策がそぐうのかを考える上で、人々のこうしたマインドは無視できません。こうした地域でベーシックインカムについて聞いても反応が今ひとつよくないのは、労働と紐づかない所得への違和感が根強いのも一因でしょう。  それよりも企業誘致や最低賃金引き上げ、あるいはインフラ整備による雇用創出など、あくまで雇用を通じた働き手の支援が歓迎される傾向があります。米国の格差問題は、単にゼニカネの話にとどまらないところにその難しさがあります。

  • 寛容になれと不寛容に主張 支持広がらぬリベラル勢力、固定客見誤る

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年9月9日13時41分 投稿

    【視点】 エリート化したリベラル勢力がアイデンティティーをめぐる問題に過度に傾斜し、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)を原理主義的に追求した結果、それよりも「明日のご飯」を心配する世の大勢から支持を失ってきた。そうした傾向は日本に限らず指摘されており、典型的な例が米トランプ政権の誕生でした。  その苦い教訓があるからこそ、バイデン政権は今年初めの発足以降、あくまで人々の暮らしの底上げを狙う政策に集中しているのだと思います(もちろん、コロナ危機で必要に迫られた面がもっとも大きいですが)。  アイデンティティーや正義をめぐる問題をおろそかにしていいということではまったくなく、インタビューでも触れられているように、要は政権を取るために有権者に何をアピールするのかの優先順位の問題なのでしょう。米国の場合は人種・ジェンダーなどのアイデンティティーと「明日のご飯」問題は現実には複雑に絡み合うため、単純にその二つを分けることはできないものの、メッセージの打ち出し方はよくよく考えるべきです。  その点、次期衆院選に向けて立憲民主党の枝野代表が先日打ち出した公約の第1弾は、安倍・菅政権の不正義をただそうという意気込みは理解するものの、人々の「明日のご飯」に焦点が合っているのかどうか、疑問が残ります。むしろ「中間層の拡大に向けて分配機能を強化し、所得倍増を目指す」と訴える自民党の岸田氏の方が、その実現可能性や手法の是非はさておき、いま世の多くの人たちが直面する切実な問題に向き合おうとしていると受け止められるのではないでしょうか。  朝日新聞などリベラル派とされるメディアも他人事ではありません。世の中で意見が分かれる多くのイシューについて、インタビューで指摘された「子どもじみた原理主義」に陥っていないか、常に自省していかなくてはと思います。  

  • バイデン氏、格差是正へ大きな賭け 日本化の懸念が伏線

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年8月1日14時48分 投稿

    【視点】 新自由主義と株主資本主義を支配的な価値観として奉じてきたアメリカ経済が、ほぼ半世紀ぶりの転換点に立っています。バイデン政権の誕生と、その後の意欲的なコロナ対策がそのことをはっきり示したわけですが、ここで重要なのは、その転換を具体的な政策で示した最初が、「あの」トランプ前政権時代だったということです。  新型コロナ危機による急激な経済の収縮により、米国は連邦政府による「人工呼吸器」なしでは立ちゆかなくなり、共和党も強い反対をできないまま、未曽有の財政・金融政策がトランプ政権下で実現しました。当時から「ニューディールの再来」を予測する見方はあり、それがバイデン政権の誕生を経て、より確信を持って語られるようになったということでしょう。  きっかけとなるコロナ危機がこのタイミングで起きたのは偶然でしょうが、リーマン・ショック以降、とりわけ若い世代で高まっていた「小さな政府」路線への懐疑が下地としてありました。トランプ氏という異形の大統領の出現を経て、遅かれ早かれ、こうした転換がくるのは必然だったのかもしれません。  とはいえ、コロナ後の「大きな政府」路線が、金融市場の過熱などを通して「持てる者」をさらに富ませているのも事実で、もはや、ちょっとやそっとの再分配強化でどうにかなるレベルではありません。米連邦準備制度理事会(FRB)が「一時的」とはしつつも加速が懸念されるインフレに、賃金上昇が追いつかなければ、人々の暮らしはさらに苦しくなります。  1930年代に始まった広い意味でのニューディール体制は半世紀近く続いた末に、インフレ急進によって終わりを告げました。バイデン政権による「ニュー・ニューディール」が米経済の体質をどこまで変えられるのか。来年の中間選挙が大きな意味を持つのは当然として、「大きな政府」路線によって生じうるインフレの制御、つまりFRBの金融政策もカギを握ります。  

  • 「自粛警察をやれというのか」 西村大臣発言に銀行困惑

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年7月9日19時41分 投稿

    【解説】 多くの金融機関の方々が私たち金融取材班の取材に応じ、「融資先の飲食店に銀行が自粛を促す」という異様な発想への違和感を語ってくれました。  「飲食業の社長たちは銀行の支店長の機嫌を損ねたらお金借りられなくなるのかなって絶対思います。これは明らかに優越的地位の乱用です」  「飲食店も法律違反したくてしているわけじゃない。必死でやっている。そこに僕らが行って、違反してるんでやめてください、コロナ収まってからやるのが正義ですって言うんですかね?」  記事では紹介しきれないほど多様なコメントが私たちの元に集まり、政権の失策の尻ぬぐい役をやらされそうになった銀行員たちの憤りを感じました。  ただ、各金融機関に公式コメントを尋ねても、一様に出し渋っていました。歓迎する気はさらさらないので前向きなコメントもできないが、かといって、すこしでも否定的なコメントととられたら政権ににらまれる――。そんな恐れがあるのではないでしょうか。  公式コメントでは否定できない業界を狙い撃ちにして、言うことを聞かせる。そこにこの政権の陰湿さと狡猾さを感じますが、と同時に、このような悪手を持ち出せば極めて強い反発を受けるということに考えが至っていなかったのだとすれば、その浅慮にも驚愕せざるを得ません。

  • 要請に応じない飲食店、金融機関から働きかけ?西村大臣

    江渕崇
    江渕崇
    朝日新聞経済部次長=日米欧の経済
    2021年7月9日12時30分 投稿

    【視点】 昨夜の別の記事にも同様にコメントしたのですが、資金繰りに苦しむ中小飲食店に対し、金融機関が持つ「優越的地位」を使って圧力をかけろ、ということなのでしょうか。金融機関がお金を貸している先に対して、経営上のあれこれの相談に乗ることは普通でしょうが、本来行政で対応すべき公衆衛生上の要請まで金融機関にやらせるというのは筋が悪すぎます。  規制と許認可が多い金融業界、なかでも預金を扱う銀行は、他の業界以上に監督官庁との顔色をうかがう傾向があります。「銀行なら国の言うことを聞く」「融資先は銀行の言うことを聞く」。この件の立案者に、そんな意識はなかったか。  今回の法的根拠不明瞭な「依頼」は、この政権の恫喝体質を示しているのではないでしょうか。  私たち金融取材チームも、この件はしっかり取材していきます。

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