平尾剛

平尾剛ひらお つよし

スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
関心ジャンル:教育働き方五輪スポーツメディア

最新コメント一覧

  • 「僕を投げたくない?」 現役五輪王者が訴える勝利より大切なもの

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月30日17時39分 投稿

    【視点】柔道とラグビーでは競技性が異なるし、その実績において比すべき立場にないことは重々承知しながらも、元代表選手の立場から言わせていただければ、大野将平選手の主張には満腔の意を持って賛同します。 「小中高までは成績にこだわる必要はないし、負けていい」「勝負にこだわるのは大学くらいからでいい」という考えは私も同じで、心身が発達途上にある段階で勝負の世界に身を置くのは、高校生でもまだ早すぎる。より高みを目指すにしても、大学からで十分に間に合うのではないかと思う。 そして、もっとも頷いたのは次の言葉。 「勝ち負けよりも、いい柔道をしていた方が将来化ける。」 勝ち負けに囚われる、つまり目先の勝利を追えば選手としての器が小さくなる。目指すべきはもっと先にあって、そこに到達しようと努力するプロセスが一流になる道だと大野選手は主張しているわけだが、誠にその通りだと私も思う。 他競技を見渡せば、大野選手のような主張をするトップアスリートや元トップアスリートは多い。陸上の為末大氏、バレーボールの益子直美氏や大山加奈氏など枚挙に遑がない。にもかかわらず、若年層のスポーツ現場では相も変わらず目先の勝利を追わせる指導者や保護者が後を絶たない。なぜ、その道を極めた人の意見に耳を傾けないのか。それが私にはよく理解できない。 この断絶をいかに乗り越えていくかが、これからの課題であろう。 その意味でも、こうした記事は広く読まれてほしい。とくに若年層におけるスポーツ指導者や保護者の方々に読んでいただきたい。「あの人は特別だから」と線を引かず、到達した人しか知り得ない境地を、想像力を駆使して手繰り寄せる。またトップアスリート側も、自らをプロモーションするだけでなく、競技の普及は「強くなった人間の責任」とまでいう大野選手のように、競技全体を見渡しつつ、さらには社会をも射程に捉えた発言を行う。両者がともに手を携え、これからのスポーツのあり方を模索する。そんな雰囲気を作っていけば、たとえ徐々にではあっても若年層のスポーツは変わっていくと私は思う。

  • 民権ばあさんの道は世界に通ず 民主主義は「まだ生きておるか」

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月30日11時48分 投稿

    【解説】歴史上に名を残す偉人ではなく、市井に生きる一人の女性が国家を相手に闘った。このテの話が私は大好物です。 周囲の冷ややかな目に臆することなく正論を口にし、実際に行動を起こした「民権ばあさん」こと楠瀬(くすのせ)喜多さんには頭が下がる思いです。男尊女卑だった当時の社会を想像すれば、どれだけのフリクションが起きたのかは想像し尽くせません。 当時と比べればいまの社会は格段に風通しがよくなったといえるでしょう。ネット社会が到来し、SNSというツールがこれだけ広がっている。にもかかわらず、国家権力を批判するほどのエネルギッシュな人はまだまだ少ないと私には思われます。大きなものには巻かれておけばいい。そう考える人はむしろ増えつつあるのではないかと危惧しています。 楠瀬さんに倣い、研究者という立場からこれからも発信を続けようと決意を新たにしました。この記事を読み、日常に忙殺され挫かれつつあった勇気が回復したような気がします。 いまの社会に足りないのは、ひとりひとりの勇気なのだと思います。目の届く範囲で構わないので、おかしなことにはおかしいと主張する勇気を、1人でも多くの人が持てるようにする。そのためにまずはこのような記事を読むことから始めてはいかがでしょうか。

  • 注意聞かない親は退場、記録も順位もなし 英国も悩む勝利至上主義

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月29日18時52分 投稿

    【解説】若年層のスポーツにみられる勝利至上主義は、日本のみならず海外においても問題になっていることがよくわかる記事です。指導者や保護者が子供たちの勝負に熱を入れ上げるのは、どうやら国家を問わず世界的にみられる現象のようです。 ただ、この課題に取り組む態度には違いがあり、すでになんらかの対策を練っているイングランドに対して日本がまだまだ遅れていることは自覚すべきでしょう。 全日本柔道連盟が小学生の全国大会を廃止しました。私は英断だと思います。画期的なこの決断を機に、他の競技もこれに倣って若年層のスポーツのあり方を再考しなければならないでしょう。暴力的な言動による指導をゼロにするためには、私たち大人が従来の考え方を更新しなければ、つまり意識の改革をしなければなりません。学ぶべきは、若年層のスポーツに関わるすべての大人なんです。 目先の勝利に惑わされず、子供の将来を見据えて温かくその活動を守る大人が一人でも増えることを、心より願います。

  • 五輪で活躍しても、部活では不人気? 「競技間格差」が生じる理由

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月29日11時0分 投稿

    【視点】この記事が指摘しているように、トップアスリートの活躍がそのまま競技人口の増加に結びつかないのは紛れもない事実です。ラグビーでいうと、2019年の日本開催でちょっとしたブームになりましたが、兵庫県下の中学校では依然として部員数の確保に苦しんでいます。競技性がもたらす「根性主義」やケガをする蓋然性の高さもあって、ラグビーでは競技人口の減少に歯止めがかかっていません。この現実から、トップダウンではなくボトムアップの活性化策が必要なのはいうまでもありません。 それにはまず、部活動をはじめとする若年層のスポーツを安全かつ楽しめる活動にしていくことが大前提です。これに加えて、土居陽治郎氏が指摘するように複数のスポーツにまたがって取り組める環境整備もまた必要だと思います。さらに少子化が進む社会においては、子供たちがいかにスポーツを楽しめるかを考え、誰一人取り残さないスポーツ活動のあり方を模索する必要があると私は思います。

  • 勝利至上主義からの脱却「楽しむ受け皿必要」 室伏スポ庁長官の提言

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月27日23時5分 投稿

    【視点】小学祭の全国大会の廃止や部活動の地域移行など、若年層のスポーツを抜本的に考え直す時期にきています。勝負が過熱しないよう、あらたな仕組みを作ると同時に、指導者や保護者など子供を取り巻く大人の意識を変えていかなければなりません。 若年層のスポーツにおいて勝ち負けは方便です。勝利を目指すプロセスにおいて成熟を果たすとが本当の目的です。この考え方がみんなの常識に登録されるまで、私は主張し続けたいと思います。

  • 部活の幸せみつける「プロコーチ」 教え子と会えず、限界に気づいた

    平尾剛
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    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月27日17時58分 投稿

    【解説】卒業したあとグラウンドに遊びに来ない教え子の存在に、自らのコーチングを振り返った藤森啓介氏は、誠実な方だと思う。スポーツだから勝利を目指すのは当然だが、だからといって勝利を至上とせず部員の幸せを考える。それができる数少ないコーチのひとりで、彼のもとでラグビーをする学生たちを羨ましく感じる。 勝利を目指して競い合うのはあくまでも方便であり、そのプロセスにおいて学びうるものがある。だからスポーツは楽しいし、この上ない活動になるというスポーツ本来のあり方が、藤森氏のような指導者が増えることで広く日本社会に広まるように願ってやまない。

  • (社説)五輪の報告書 「財産」の名に値しない

    平尾剛
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    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月26日19時7分 投稿

    【解説】記事の内容には同意しかありません。しかし、朝日新聞は東京五輪のスポンサーだったんですよね。当事者意識のかけらもなく、まるで他人事のように正論を並べたこの記事は「国民の胸には届かない」のではないでしょうか。 1998年の長野五輪では会計帳簿が焼却処分されました。それを知らないはずはなく、だとすれば今回もまた都合の悪いことが闇に葬られる蓋然性は拭えないわけです。 『延期と強行が浮き彫りにしたIOCの独善的な体質や、肥大化した五輪そのもののあり方を問い直し、改革の議論の先頭に立つことが、東京大会を開催した者の世界に対する責任だ。』 そう本気で考えているならば、なぜもっと早い段階で批判しなかったのでしょうか。組織委員会が解散する間際になってから、どれだけ勇ましく主張したところでなにも響いてきません。 結局また同じことが繰り返されようとしている。もういい加減やめなくてはならないと私は思います。

  • 体育座り、つらい 「成長に悪影響」、見直す動き

    平尾剛
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    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年6月26日18時48分 投稿

    【視点】体育座りがからだに及ぼす悪影響については、かねてから私も指摘してきました。記事で言及している「日本身体文化研究所」代表の矢田部英正氏のほかに、演出家で、理論と実践の両面から身体論に関する著書をたくさん残している竹内敏晴氏も、自らの両手で自分を縛り、胸への圧迫が呼吸を浅くして身動きできないようにする一種の拷問であると指摘しています。これらに私自身の経験則を加えると、体育座りはからだそのもの自然なあり方とはかけ離れ、むしろそれを疎外する座り方だと断言できます。発達途上の子供のからだを慮ると、この慣習的な座り方は一刻も早く変えるべきです。 ただ、この変革は、現実的に考えればとてもとても難しい。途方もない企てです。小中高と12年間にわたり、体育の時間でこの座り方が「正しい」とされ教育されてきた私たちは、地べたに座る際にはほぼ自動的に体育座りをしてしまいます。なにより生徒が立膝や胡座をかきながら授業を受ける様子を見れば、先生に対して失礼だと反射的に感じるはずです。この「常識」を変えるには相当な時間が必要となるからです。 それでも指摘し続けなければなりません。「健やかなからだ」を育むのが、体育本来の目的だからです。事あるごとに、粘り強く指摘し続けることで、変わってゆく。それを信じて、これからも主張し続けたいと思っています。

  • 学校側に「責任なし」 部活動での丸刈り訴訟判決、識者はどう見る

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月31日18時0分 投稿

    【視点】これまで伝統的にそうしてきたからといって「丸刈り」にどのような意味があるのでしょうか。この度の判決とは別に、そもそもスポーツに「丸刈り」は必要なのかという根源的な問いかけをするべきだと私は思います。 抵抗しきれずに心の調子を崩したとはいえ、同調圧力に抗い続けたこの元生徒の男性は、主体的に物事を考えられる人だったのではないでしょうか。これまでずっと行ってきたことであってもそれを疑い、同級生や先輩から圧力を受けても心のなかではずっと違和感を感じていたのだと思うんです。でも、その思いを受け止めてくれる人が周りにはいなかった。周りがそう言っているのだからと「世間の空気」に流される人たちが多く、自分の意見を口にすることが難しかった。その心情を思うと胸が張り裂けそうになります。 当然のことですが「丸刈り」にしたからといってそのスポーツが上達するわけではありません。「挨拶」にしてもそうです。すれ違う人すべてに、まるでマニュアル的に行ってもほとんど意味がない。礼儀が身についた人は、そうでない人よりもスポーツが上達することはありえます。でも、だからといって形だけの「挨拶」をしたところでそれが叶うはずがない。部活動の決まりを守るために、ただ形式的に行う「挨拶」もまた、「丸刈り」と同様、不必要な慣習だと私は思います。 おかしなことにはおかしいといえる。場合によってはその場の空気に抗い、水を差せる人を主体性があるというんじゃないでしょうか。スポーツは本来、こうした主体性を育てるために行われるべきだと私は思います。

  • 部活の地域移行、そのカタチは? 先行する白岡市に詳しく聞きました

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月31日17時38分 投稿

    【解説】部活動のあり方を変えようというこの営みを私は支持します。教員が顧問を務め、日々の練習での指導から試合の帯同までのすべてを担うというのは、もう現実的ではありません。授業づくりなどただでさえ多忙を極めるなかで、さらに部活動もとなれば生徒への教育がおろそかになってしまい、教員自身の健康をも損ないかねません。速やかに地域に移行すべきです。 ただ記事にもあるように、部活動の地域移行はそうすんなり進むわけではなく、いくつもの課題を解決していく必要があります。旧来の制度を変えるには、それ相応の労力をかけなければなりません。時間をかけてじっくりと行うべきです。 それと合わせて見過ごせないのは、先生や保護者など「大人」の意識改革です。暴力的な言動による指導がなぜダメなのか、部活動の本来の目的はなんなのか、スポーツとはなにか、勝利至上主義とはなにかと、自らに問いかけつつ関係者同士で話をし続けなければならないと思います。制度改革と並行して、この問いと向き合いながら考え方を変えていく気概が「おとな」に求められている。いままさ、部活動が変わろうとしているのだと私は理解しています。

  • 読んで触って香りも楽しむ「木のえほん」 発売1週間で完売、増刷に

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月30日19時7分 投稿

    【視点】本好きの私としては、五感で味わう「木のえほん」ってとてもいいと思います。うちの娘にも買いたいと思いました。 絵本をはじめ本というのは情報を得るためだけに読むわけではないと思うんですよね。装丁やしつらえが気に入ったり、タイトルとデザインが相まって独特の雰囲気を醸し出している本は、すかさず買ってしまいますし。もちろん本は読むために買うんですけど、ただ本棚においておきたいという衝動もまたあって、不思議だなあと思います。読まない本を買うって、ほとんど収集家ですよね。 職業柄、あらたな情報を得るために本を読むことが多いんですけど、なかには好きな作家さんだから有無を言わさず読むということもある。テクストが流れるままに身を委ねて著者のことばを準えながら、その鮮やかに酔いしれると同時に、自分のことばを整えているような気がします。ことばって、そのほとんどは他者から与えられるものだから、定期的にそうして読むようにしているんです。 こうした本の味わい方は、デジタル書籍では味わえない醍醐味だと僕は思います。 子供が本の手触りを覚えるためにも、この「木のえほん」はいつまでも創り続けて欲しいと願います。

  • 上下関係も野菜も寮もイヤ それでも全国無縁の伊東純也が伸びたのは

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月30日14時18分 投稿

    【視点】勝手ながら自らの競技経験と重ね合わせて、とても共感しました。 小学生の時にやっていたミニバスケットボールでは全国なんて目指してなかったし、中学から始めたラグビーでも上を目指すという意識はほとんどありませんでした。高校生になって全国大会に出場したいと思ったけれど、それはチームメイトと1試合でも多く試合がしたいからという理由で、高みを目指すというより仲間と楽しくラグビーがしたい気持ちが勝っていました。たまたま高校日本代表に選ばれましたが、それもなにか付属的な出来事に過ぎなくて、いつかは日本代表になるなんて、これっぽっちも思っていませんでした。 意識が変わったのは社会人1年目に代表候補に呼ばれてからです。候補選手が集められた合宿で、これまで味わったことのないラグビーに触れました。桁違いのスピードと走り出すタイミングの絶妙さ、パスやタックルの間合いの広さに圧倒され、これまでのコツやカンがほとんど通用しない。戦略や戦術も洗練されていて、同じラグビーでこんなにも違うのかとカルチャーショックを受けた。 この人たちと一緒にプレイしてみたい。これまで思い描いていたラグビーとはまったく異質の楽しさがそこにあるはずで、僕もその一員になってみたい。そう思ったんです。僕にとっての日本代表は、楽しさを追い求め続けた先に開かれました。だから、僭越ながら伊東純也選手の言うことがとてもよくわかるんです。 「高校のとき、上級生に走らされたこともあった。そういうのめちゃくちゃ嫌いだった。年が一つ二つ上だというだけで、なんで立場がえらくなってしまうのかなと、ずっと思っていました」と伊東選手は言ってますが、これは僕もずっと思ってました。 大学時代には自分たちの代でいわゆる「しごき」をなくしました。自分がやられて嫌なことをなぜ下の学年にしなければならないのか、いくらしきたりとはいえおかしなことは変えればいいじゃないか。そう話し合ってやめました。年上を尊重する気持ちは必要だとは思いますが、過度な上下関係なんかいらないんです。本来は。 この記事をきっかけに自分の生い立ちがふと蘇って、独白みたいになってしまいました。 すみません。

  • 「プロ」とは何か 田中美南や鮫島彩が語るWEリーグの打開策

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月29日21時39分 投稿

    【視点】観客動員数を上げる難しさはラグビー経験者の僕も痛感しています。女子サッカーは2011ドイツW杯で優勝、男子ラグビーは2019日本W杯で史上初の決勝トーナメント進出という、代表レベルでの躍進がありましたが、それが恒常的な人気を獲得するには至っていないのが現状です。両競技ともに一時的なブームが訪れただけで、また元の鞘に戻ってしまいました。 INAC神戸のFW田中美南氏が「サッカーにあまり興味のない人にどうアプローチするか」と述べています。これも大切なことだとは思います。ただ、そもそも興味がない人を振り向かせるのはそう容易ではありません。 これに加えてもう一つ、大切な視点があります。それは「その競技を嫌いになって辞める人を減らすこと」です。 部活動などで、あまりに過酷な活動に嫌気が差して辞める。つまり「燃え尽き症候群」になって、その競技を見るのも嫌になる人が日本のスポーツには少なからずいます。そういう人たちを生まないようにする。辞めてもなおその競技が好きなままでいられたら、引退してからも観戦に足を運ぶと思うんです。友達とか知人、家族を誘ってスタジアムに足を運ぶのではないかと。 となれば、スポーツ活動を根本的に見直さなければなりません。勝利至上主義に陥らない、暴力的な言動による指導をなくすなど、選手を奮い落とさないような指導のあり方を模索すべきです。 時間はそれなりにかかるでしょうけど、これが人気を獲得するための抜本的な改革だと僕は考えています。

  • (インタビュー)萎縮するメディア 毎日放送ディレクター・斉加尚代さん

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月21日16時50分 投稿

    【視点】メディアの機能不全が指摘されて久しいですが、ここまでの劣化が進んでいるとは想像以上です。それでもなおいまの社会がなんとか持ち堪えているのは、斉加さんのような気骨のある方が踏ん張っているからだと、あらためて思います。 教育者として、また物書きとして、斉加さんの姿勢を見倣わなければと思います。大勢に流されることなく、なにが大切なのかをまっすぐ見つめて実際に行動を起こす。この「隗より始めよ」の心構えが、いま、不可欠であると私は思います。システムに寄りかからず、効率性や合理性の暴走を食い止めなければ、社会はこのままとんでもない方向へと進んでしまいます。 いまの自分になにができるか。これをあらためて問い直したい。そのために近々、映画『教育と愛国』を観に行こうと思っています。

  • 「ファスト映画」投稿者に5億円賠償請求 1再生200円損害と試算

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月20日15時17分 投稿

    【視点】映画好きの立場からすれば、わずか10分ほどに編集された「ファスト映画」にどれだけの価値があるのか、よくわかりません。効率よくあらすじを理解することを求める人たちが、こんなにもたくさんいるのかと、そのことに頭を抱えてしまいます。 記事にもあるように、映画は「総合芸術」です。胸を打つセリフや役者の演技もさることながら、場面に合わせて流れる音楽や役者が身に纏うファッションなど、ひとつひとつの場面が醸すその余韻にこそ醍醐味があります。2時間なら2時間まるまま、その世界に没頭しなければその映画を味わうことはできません。ストーリー性という単一の評価軸で捉えてしまえば、これらの醍醐味が半減どころかほとんど失われてしまう。もったいないことこの上ないと、僕なんかは思ってしまいます。 「ファスト映画」を制作する側はもちろんですが、それと同じかそれ以上に、「ファスト映画」を観る人たちのリテラシーにも問題があると思います。効率性や合理性に無意識的に寄りかかることで失われる感性には自覚的であるべきではないでしょうか。

  • 五輪の開会式を見て感じた「蚊帳の外」 情報届かぬ障害者が思うこと

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年5月20日15時1分 投稿

    【視点】手話通訳や字幕は、その理念に照らし合わせれば本来なら五輪が率先して行うべきこと。にもかかわらず障害者に疎外感を感じさせてしまったのは、猛省すべきだと思います。閉会式で修正がなされたのは、迅速で誠実な対応だったとは思いますが、もし今後も五輪を続けるのであれば、他のどの大会にも増してこういう点に配慮した運営を心がけるべきです。 五輪憲章の形骸化はすでに指摘されている通りです。一度、失墜した信頼を取り戻すのは至難の業であり、私個人的にはいったん辞める以外にないと考えています。表面的な取り繕いで信頼の回復は為されないと思うからです。 五輪憲章に謳われている内容を、IOCがどこまで現実化しようと努力しているか。ここにシビアなまなざしを向けて初めて、五輪の正常化は為され得ると私は思います。

  • 分数割り算でつまずいた私 大人になってわかった「今じゃなくても」

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年4月30日16時8分 投稿

    【解説】田中宝紀氏の生き方は、学ぶとはどういうことなのかという問いを私たちに突きつけてきます。 試験の点数を高めることも単位の取得に躍起になることも、ともに学びの本質ではありません。効率よく合理的に受験をくぐり抜け、卒業要件を満たすことは、本質的な学びではないんです。本来、学びとは効率性や合理性とは無縁のもので、むしろ遠回りした方がいい。どれだけ寄り道したかで人としての奥行きが出ると僕は思います。 私事ですが、僕も20代終わりまではラグビーばかりしてました。でも29歳のときに原因不明の目眩が続き、医者に訊ねても治す方法はわからないと言われ、途方に暮れた。いつ治るかわからない病を抱え、ただ指を咥えて待っていられなかった私は、このからだで何が起こっているのかを知りたくなった。そこから身体論の研究を始めました。 当初は再びグラウンドに立つために始めたわけですが、いつしか研究そのものがおもしろくなった。書物を読み漁り、講習会に足を運んで、いまに至ります。「原因不明の目眩」がきっかけとなって学びのダイナミズムに巻き込まれたんです。どんどん変わっていく自分自身が、楽しくて仕方がなかった。 いったん学び始めたら、どこに辿り着くかはわかりません。「自分が変わる」というのはそういうことです。だから当然、不安も怖さもある。でも、少なくともいまよりは見晴らしの良いところには出られます。それを信じて、自らの興味や関心を大切に守り続けてほしい。どこに辿り着くのかがわからないからこそ、人生って楽しいんだと思います。

  • バスで泣き出した0歳児 じっと見てきたおじさん、空気を変えた一言

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年4月30日15時32分 投稿

    【解説】思わず涙腺が緩みました。こんな粋なおじさんがいるんだとうれしくなった。こんな思いやりのある人が増えたらどれだけ住み良い社会になるだろう。それを想像して、心が弾みました。 コロナ禍やウクライナ侵攻など、殺伐としたニュースで埋め尽くされるいまだからこそ、こうした心温まるエピソードが余計に身に沁みます。他人に迷惑をかけないように気を張り続ける社会よりも、ちょっとずつ迷惑をかけ合う社会の方が、そこで生きる人たちは幸せなのではないでしょうか。「助け合う」のがいささかハードルが高いのであれば、せめて他者からの迷惑を許容する余裕を持つ。このちょっとした心がけで、ありふれた日常の風景が変わる。そんな気がします。 僕にも3歳の娘がいますが、子供は泣くものだしぐずるものです。言葉がおぼつかないのだから、胸の内にある不快を泣いて伝えようとするのは当然で、それが理解できず不愉快だと感じるのはもはや「おとな」ではありません。大人に見せかけた子供でしかない。 誰もがかつては子供で、その未熟さを咎めずおおらかに受け止めてくれた「おとな」がいたからこそいまがある。この当たり前な事実を、いま一度、思い出したいものです。謙虚な気持ちを忘れず、子供を見つめる目を優しくする。 もちろん、自戒を込めています。

  • 朝青龍は怖いし、部屋は消滅…土俵際の元高見盛がつくった「逃げ道」

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年4月30日13時38分 投稿

    【解説】この記事を読み、ふと現役時代を思い出しました。 大学で4年生の時に右肩を脱臼したのですが、それ以降、タックルするときにはいつも「恐怖」を感じるようになりました。手術を終え、十分にリハビリをし、医者からゴーサインが出ていても、一度記憶に刻まれたケガの恐怖はついて回った。だんだん弱まっていったものの、完全には拭えなかった。とてもしんどかった。 からだは治っていても、それにこころが追いつかない。これは、おそらく多くのアスリートが経験していることかと思います。そこで諦めずに「もう一歩だけ」踏み出すことの大切さを、僕も痛切に感じています。 思うようにパフォーマンスができなかったもどかしさを、ここまで素直に話してくれた元小結高見盛(現東関親方)に、僕は敬意を表したいと思います。逡巡をともなう試行錯誤の告白は、後に続く者たちへのエールになるからです。 元高見盛の言葉が、力士のみならずすべてのアスリート、そしてスポーツ以外の分野で努力する人たちに、届くのを願ってやみません。「怖い。だけど、やる」という心構えで、さまざなことに挑戦していってほしいと思います。

  • 結果が出ない人生って不幸ですか? 転倒した高木菜那が伝えたいこと

    平尾剛
    平尾剛
    スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表
    2022年4月29日20時52分 投稿

    【解説】『努力することに無駄なことはひとつもない』 高木菜那選手のこの言葉には心打たれます。「努力すれば必ず報われる」わけではないのがスポーツであり、人生です。望む結果が得られなかったとしても、それに至るまでの努力に無駄なものは何一つない。これは勝利至上主義とは対極にある考え方です。 勝者が放つ輝かしさに惹かれるのもスポーツの魅力ですが、負けた現実を受け止めた敗者の弁もまたそうです。望む結果が得られなくても挑戦した事実は変わらない。周囲からの期待を背負いながらもどうにかして勝ってやろうと努力を続けた。そのプロセスで身についたものこそが、スポーツがもたらす最大の果実なのですから。たとえ負けたとしても、そこに至るまでの道のりをどのように振り返るかが大切なんです。 高木選手は、北京五輪での経験をまだ消化しきれていないと言っています。これから時間をかけて振り返り、乗り越えていくのでしょう。あの経験をどんなふうに解釈するのか。いつかそれを聞ける日がくるのを私は楽しみにしています。

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