常見陽平

常見陽平つねみ ようへい

千葉商科大学准教授・働き方評論家
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  • (天声人語)いい店、だめな店

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月20日6時21分 投稿

    【視点】(常見陽平の天声人語)いい店、だめな店  いい店、だめな店の見当をどうつけるのか。そう問われた食通の評論家、常見陽平は「『BRUTUS』『LEON』『GOETHE』を読め。街を歩いて嗅覚を磨け。食べログはみるな。ぜ っ た い に だ」と答えている(民明書房刊『実録!メシウマ日記』)▼「言葉の意味は分からんが、とにかくすごい自信だ」そう感じる人もいることだろう。衣食住に出費を惜しまない、彼ならではの境地なのかもしれない。ただ、常見はこう断言する。「食に関して、食べログを根拠に語り出す奴がいたら、そいつとは絶対に一緒に食事をするな。もし、どうしても食事をせざるを得ない場合は、自分が幹事になれ。そいつに店を選ばせるな」と。▼今どきこれらのライフスタイル誌に全部、目を通し、自分はちょい悪オヤジだと思いこんでいる、痛い中年ならではの感覚だ。ただ、検討の価値はある。食に関する口コミサイトに、我々の食は支配されていないか。▼口コミに関するリテラシーが低くないか。常見は警鐘を乱打する。人々は印象で物事を論じる。何が語られているかだけでなく、誰が語っているかもポイントだ。▼常見自身、以前はリクルートで『じゃらんnet』の企画担当をしていたという。同サイトは、日本においてネット普及の初期段階で口コミ機能を実装したサイトとして知られている。00年代前半は、口コミを投稿されるということに宿が戸惑っており「悪い口コミは消せないのか?」というクレームも受けたという。口コミの数や質がものを言う時代になったことに隔世の感がある。ただ、口コミの読み手は進化しているだろうか▼その常見の配偶者は、口コミ活用の名人だ。日系のECサイトで口コミをチェックし、より安い外資系ECサイトで購入する。後者はやらせレビューが多いのだという。ただ、スルーされた日系サイトで口コミを書いた人は、どんな表情をしているのだろう。▼「朝日新聞は政権批判ばかり」と言うのも、朝日新聞読者以外の口コミだ。岸田政権になって、だいぶ批判がマイルドになり、熱心な読者からは「自民党の広報紙」と揶揄する声もある。IT、プラットフォーマーの時代だからこそ問われるのは、自分の生の感覚である。

  • (耕論)普通で安心?岸田首相 伊藤惇夫さん、北尾早霧さん、西村カリンさん

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月17日8時32分 投稿

    【視点】■共産党も名指しで批判しない、岸田政権 自民党を強くできるか? 常見陽平さん(評論家)  本日、6月17日付の朝日新聞千葉版の朝刊に、千葉に縁のある選挙ウォッチャーとしての参議院選直前レポートが掲載されました。この10日くらい、出勤前の早朝や、週末に千葉県内の駅を周り、各党の候補者が何を主張したのか、ログを取り続けました。驚いたのが、野党の岸田批判が不十分だったことです。例えば、6月4日土曜日午後に、柏駅東口で開かれた共産党斉藤和子さんの街頭演説では、「岸田」の名前が一度も登場しなかったのです。6月5日日曜日の午後に、同じ場所で開かれた立憲民主党小西洋之さんの街頭演説では、岸田批判が行われましたが、その文脈が「あの人は安倍政権の中枢にいた人だ」というものでした。それに聴衆が頷いていたのもすごいですが、明らかに攻めあぐねている印象です。一方、自民党の立候補予定者猪口邦子氏や臼井正一氏も、岸田文雄さんやその政権の成果をあまりアピールしていないようにも見えました。好かれるというよりも、嫌われないことを目的化しているようにも見えます。また、「聞く力」と言いつつ、実は「聞かない力」「聞いている風に見せる力」が巧妙で、批判を上手くスルーしているようにも。  振り返ると、第二次安倍政権は強烈な支持者とアンチが両方いました。安保法制など国民的議論を呼ぶ法案もありましたし、モリカケサクラと言ったスキャンダルもあった。一方、読売、日経、産経の読者と上手く重なるような政策とアピールを行っており。朝日、毎日、東京はひたすら批判すると、わかりやすい構図になりました。当時、安倍批判のTwitter投稿をすると、強烈な賛同も、まるで朝日新聞のようなアイコンの方からの攻撃も両方頂きました。ちなみに、当時「ネトウヨ」という言葉をTwitterに投稿したところ、「その言い方はなんだ、このパヨク」「茶髪豚野郎」というご批判を頂きました。「私は『Hanada』も『Will』も読んでいるんだ!ネトウヨという言い方は失礼だぞ!」というコメントも頂きました。勉強になりました。心から反省、はしていません。  岸田政権に対しては、野党も、朝日・毎日・東京も攻めあぐねているように見えます。いや、いまや朝日も岸田政権広報紙と思われても仕方ないような、マイルドな批判になっています。もともと危機になると、自民党の支持が盤石になる。新型コロナウイルスショック、ロシアによるウクライナ侵攻という究極的な事態には、自民党に支持が集まってしまう。  気になったのは、立憲民主党に顕著ですが「野党は反対してばかり」という批判に対する釈明に終始している印象です。前述した柏での街頭演説には泉健太代表も登壇したのですが、9割の法案に賛成していることをアピールしていました。野党が「政権交代」という言葉を言わなくなったことも特徴です。もちろん、参議院選は政権選択選挙ではありません。とはいえ、対立、対抗する軸を失っているようですし、目玉の政策もない。そして、特に立憲民主党からは自公だけでなく、維新への脅威も感じられました。たしかに、6月5日日曜日の立憲民主党、共産党と同じ、柏駅で開かれた維新の街頭演説は圧倒的な動員でデッキを埋め尽くすほどでした。吉村副代表までやってきました。  別の視点で気になるのは、岸田さんは自民党を強くしているのかという疑問です。野党が自壊していく中で、また一部主張が強い維新が台頭する中で、自民党が磨かれていくのか、気になります。強いライバルがいなければ、政治家も政策も育ちません。  嫌われない政治家、政権から、好かれるものに変わるためにはどうすればいいか。立ち止まって考えたいです。もっとも、岸田氏やその政権が熱狂的に支持されるときは、人類にとってより不幸な何かが起こっているときかもしれません。

  • ギターソロをスキップするのはなぜ? 曲を切り刻む音楽番組も関係か

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月16日17時7分 投稿

    【視点】■ぼくのかんがえるさいきょうのギター・ソロ ベスト10をおしえちゃうぞ Crying in the rain/White Snake タイトルどおり、大雨の中で激しく叫ぶかのような曲だ。ジョン・サイクスによるギターソロは、ブルージーかつ攻撃的だ。後半の速弾きは雷雨をも思わせる。レス・ポールサウンドが気持ちいい。ハードロックの歴史に残る名演と言えよう。 SWEET CHILD O’ MINE/GUNS&ROSES ガンズの曲からするとポップチューンだが、スラッシュのギターソロはドラマチックだ。気持ちよく伸びるメロディを奏でたあと、後半は叙情的、劇的な展開が広がり、アクセル・ローズのボーカルに見事にバトンを渡している。 CRAZY DOCTOR/LOUDNESS LOUDNESSが本格的世界進出を果たす前、日本語でヘヴィメタルを演奏していた頃の一つの金字塔的アルバム『撃剣霊化』のリードチューン。「生き残るには今 奴から逃げ出せ 呪われたドクターからは すぐ逃げ出せ」というB級ホラー的な歌詞にやられるが、これは医療事故などが多発する社会を予言していたのか。若き高崎晃の集大成がすでにここにある。 Little Wing/JIMI HENDRIX 数々の名ギタリストにカバーされているジミヘンの名曲。エレクトリックギターの革命児とされるジミヘンの代表曲としては、ハードでサイケなナンバーがあげられることが多いが、バラードのこの曲も外せない。コード進行、スケールの解釈、全編が流れるような展開が秀逸だ。ストラトが実に気持ちよく歌っている。 CROSS ROAD/CREAM エリック・クラプトンによる名演。イントロのフレーズがあまりに有名だが、ギターソロのスケール展開が素晴らしい。ブルースギターの基本と魅力が詰まった一曲。徹頭徹尾、クラプトン節。ギタリストとして、必ずコピーするべき一曲だ。 兵、走る/B’z 松本孝弘のギターソロは名演が多数だが、最近、もっとも売れた、多くに人が知っているシングルとしてこの曲を取り上げる。TAKらしいトーンと、TAK音階による組み立てが素晴らしい。弾きまくっていないようで、十分凄さが伝わる圧巻のソロだ。 X/X X JAPANではなくXと呼びたい。HIDEとPATAによるツインギターは、アイアン・メイデン、ジューダス・プリーストなどのツインギターのハードロックバンドへのリスペクトを感じさせつつ、叙情的かつスリリングだ。ハードロック、メタルとオルタナティブ、ミクスチュアの架け橋となった逸材、HIDEの非凡な才能の芽と、ロックギタリストPATAの奇跡のコラボである。 Hail&Kill/MANOWAR 世界一うるさいバンドとも呼ばれている。代表曲の一つであるこの曲は、荘厳なイントロから、ファストナンバーへと切り替わる。ひたすら攻撃的でスリリングなギターソロは、魂を戦闘的に高揚させるものになっている。 Dani California/Red Hot Chili Peppers 現代の3大ギタリストの一人、ジョン・フルシアンテの名演。ジミヘンに対する2000年代からの回答だ。コンパクトエフェクターを組み合わせた創意工夫、ファズギターがたまらない。 Killing in the name/Rage Against the Machine 空耳アワーでの「ナゲットわって父ちゃん」でブレークした曲。スイッチング、スクラッチなど、トム・モレロの創意工夫が抜群の破壊力。 「若者のギター・ソロ離れというが、これを全部、大音量で飛ばさずに聴いてから言え!ボーナス出たんだろ?今すぐ御茶ノ水に行ってレス・ポールかストラトを買ってこい。ぜ っ た い に だ。」 などと言う中高年の話は、聞かなくていい。そもそも音楽は切り刻まれてきた。90年代に売れた曲は逆にサビしか聴こえてこなかった。1曲単位、あるいはその一部を楽しむ時代にとっくになっている。 90年代になって、ギターソロが存在する曲も明確に減った。現在、注目されているギタリストもギターソロの構成やそのテクニックは、評価の一部にすぎない。48にしてエレキギターを始めたが、今は速弾きソロがマストではなく、楽しい。1988年に、「定期テストで学年で1番になったら、LOUDNESSのライブに行っていい?」と母に相談し、見事に達成した。ただ、ギタリスト高崎晃側の席には、双眼鏡を持ってノートに運指をメモする人たちがいた。 音楽も、楽しみ方も常に変化する。ギターソロはすでに伝統芸能だ。我々中高年は、下の世代をマウントせずにボーナスでちゃんと高いギターとエフェクターを買って経済に貢献しつつ、ギターソロや速弾きを守っていくのだろう。年金生活者がオールドのストラトでジミー・ペイジ、リッチー・ブラックモアを弾く時代がすでに来ているのだ。

  • 自民党の吉川赳・衆院議員が離党 週刊誌での女性問題報道を受け

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月11日8時2分 投稿

    【視点】■週刊ポストの台頭に注目せよ!朝日新聞よ、ちゃんと政治家を失脚させているか?  「文春砲炸裂!」かと思ったが、ネタ元は「週刊ポスト」だった。小学館のポスト、講談社の「週刊現代」はここしばらく「高齢者の明るい老後雑誌」と呼ばれていたが、特に最近の「週刊ポスト」は、烈々たる決意に燃えて尖った記事を乱射している。  もともとの記事にあった「岸田派のホープ」という野方ホープ軒のようなコピーや、パパ活という言葉を使わなかった点は朝日新聞らしい上品さではあるが、そもそも、このようなスクープは朝日新聞が報じるべきではなかったかと私は問題提起したい。最近の朝日新聞は、政治家を失脚させていないのではないか。「朝日新聞の政治家不祥事報道離れ」が進んでいないか。  もちろん、「文春砲」に代表される週刊誌報道については、賛否はある。特にセンセーショナリズム、スキャンダリズムについては、批判の声もあるだろう。「公」と「私」の捉え方についてもだ。ただ、今回の事案は下世話な話のようで、「未成年に飲酒」という点は決定的にアウトではないか。  この記事自体、半分くらいが「こたつ記事」である。もちろん、焼肉屋やホテルの前で取材することに抵抗感のある記者もいることだろう。ただ、読者の「知りたい」に応えているか、政官財に対するチェック機能を果たしているか。暑くなっているので、制汗剤も多様する今日このごろだが、プシュっとやりつつ、考えたい。  なお、最近、ヒットを飛ばしまくっている「週刊ポスト」の幹部は、私のプロレス研究会の後輩で、リングネームは「のりぴーマン」だったことをここで暴露しておく。酒井法子が大好きで、本名が酒井なのでこのリングネームになった。「碧いうさぎ」から「夢冒険」に一歩踏み出した彼に拍手。  そして「とはいえ、ポストは下世話な雑誌だ。”死ぬまで(以下略)”なる高齢者の性生活特集を組んでいるだろ」と批判する輩もいるが、ちゃんと突っ込んでおく。”死ぬまで〜”は「週刊現代」だ。「週刊ポスト」は”死ぬほど〜”」なのである。明確に異なる。そして、一見するとエロ親父向け特集のようで、高齢者の性も立派な社会問題だということも認識しておきたい。

  • (いちからわかる!)参院選の立候補予定者、「タレント候補」もいるね

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月11日7時35分 投稿

    【視点】■朝日新聞よ、レスラー議員をなめるな!「反日」の前に「新日」と「全日」を!  学生、労働者、市民諸君!そして、全国一千万人のプロレスファンの皆様!朝日新聞は偏っている!よく、「反日」と呼ばれる朝日だが、その判断は読者に委ねるとして、まず、朝日新聞は「新日(新日本プロレス)」「全日(全日本プロレス)」に詳しくならなければならないのだ!  この記事は、偏向報道そのものである。この表を見たら、「燃える闘魂」アントニオ猪木があたかも、2013年に維新で初当選したかのように解釈されるではないか。猪木は、1989年に第15回参議院議員選挙にスポーツ平和党で出馬し、「国会に卍固め」「消費税の延髄蹴り」を掲げ、初当選したのだ。その姿に、猪木信者は涙した。  もちろん、既存の政党がタレント候補をたてたという文脈で話をしたいのだろう。それならば、1995年の第17回参議院議員選挙の馳浩を忘れてはならない。もっとも、森喜朗のバックアップを受けたとはいえ、形式上は無所属での出馬だったが。他にも大仁田厚や、神取忍が自民党の参議院議員だったことも忘れてはなるまい。  いかにも2013年に初当選したかのように誤解されてしまったアントニオ猪木、スルーされた馳浩、大仁田厚、神取忍の必殺技を思い出すだけで恐ろしいが、彼ら彼女たちも民間人に手をあげるようなことはしないだろう(馳浩選手と対談した際に、軽く胸にチョップをして頂いたことはあったが)。朝日新聞社を電流爆破したら本当に問題になる。なんせ、「心を折る」という言葉を、今つかわれたような意味で最初に使い、広げたのは神取忍であるから恐ろしい。ジャーナリズムに対する暴力は断じて許してはなるまい。  この記事は、プロレスラーに対する誤解という点で私は怒りのマグマを赤々と爆発させ、大衆的反逆の狼煙をあげたのだが、読者によっては、舛添要一や、竹中平蔵をタレント扱いしている点に共感し、快哉を叫ぶ人もいることだろう。この点については、深く突っ込まないことにする。  もっとも、硬派でクールで、文化的な左翼文化人というパブリックイメージで認知されている私が言うのもなんだが、実は私は「タレント議員」容認派である。むしろ、肯定派、支持派だと言ってもいい。この記事は「タレント議員」を論じる上での大事な論点が抜けている。「タレント候補でも存在感を発揮する人はいるし、当選を重ねて長く政治活動を続けている人もいる。」というさらりとした表現でまとめられているが、これでいいのだろうか。  この記事もそうだが、みんな「タレント」をバカにしていないか?それはプロに対する冒涜である。タレントとは、才能そのものである。才能で勝負をしている世界でもあるのだ。そうであるがゆえに、国内外のエリートと接することもある。様々な境遇のファンと接することもある。むしろ、天下国家のことも、庶民の普通の幸せも直視している人たちだとも言える。目標達成意欲だって高い。  そもそも、色んな人がいて、とことん話し合った上で、少数意見を考慮しつつ、物事を決めるのが民主主義だ。タレント候補の否定は、民主主義の否定にもつながるのだ。タレント議員への差別、偏見を助長するような行為を断じて許してはならない。  もちろん、「集票マシン(という言い方も、”産む機械”同様失礼きわまりないし、スーパーストロングマシンにも失礼なのだが)」や「大衆迎合」だと批判する声にはうなずかざるを得ない。ただ、タレント=知名度であるかのような見方に対して、私はたたかう市民として、警鐘を乱打したい。  北海道新聞で生まれ、朝日新聞で育った私として、朝日批判を書くことは、忘恩的だとも捉えられかねない行為である。常見は朝日主義者から転向したと言う輩もいるかもしれない。否。朝日新聞らしさとはこのような風通しのよい、是々非々の議論ではないか。  レスラー議員をバカにするな。タレント議員に対する偏見を粉砕せよ。この偏向報道の悪辣さを徹底的に暴きだし、闘争の火柱を断固として噴きあげるのでなければならない。SPEEDの”BODY&SOUL”でも聴きながら、ともに考えよう。闘争のいっそう巨大な爆発をかちとるためにいまこそ全力をあげて奮闘しようではないか。

  • (天声人語)ロックの日

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月9日6時29分 投稿

    【視点】(常見陽平の天声人語)ロックの日  ひどく落ち込んだとき、あるいは疲れきったときにすることは、小学生のころから変わっていない。ヘッドフォンをかけ、日本のヘヴィメタル「ジャパメタ」を聴くのだ。若い頃はよくLOUDNESSの「クレイジー・ドクター」「イン・ザ・ミラー」を聴いていた。必死に生きる姿を伝えようとする歌声とギターがある。▼ちっとも励まされない。ただ、絶望的な状況を激しく歌うメタルに、なぜか心が落ち着くのだ。速弾きなど高度な演奏にも圧倒される。自分を支えてくれる曲は人それぞれにあろう。中学時代にX(現X JAPAN)の「紅」を耳にしたときにもそう思った。▼中2が教科書英語でつくりそうな英語詞から始まるこの曲は、人のすれ違いや別れを感じさせるものだ。<紅に染まったこの俺を 慰める奴はもういない><閉ざされた愛に向かい叫び続ける>喪失を乗り越え、それでも生きる姿がここにある。▼静寂と熱狂、絶望と希望が同居したこの曲には、どんな状況にあっても生きる姿が描かれていた。この曲が朝日新聞も大好きな高校野球の応援歌になった瞬間、一瞬戸惑ったものの、曲の力を感じた。この曲で野球部内での内ゲバも、炎天下での練習や試合も、教員のタダ働きなど部活動の諸問題も乗り切っていたとしたら複雑な心境になるのだが。▼きょうはロックの日。6月9日の語呂合わせだから、日本だけの記念日だ。日本語ロック論争というものがあったが、それを超えた日本のメタルに魂を感じた。前出のバンドも「日本人離れした」という言葉を使いそうになる。日本語でメタルをやるということは、日本人とは何かを問い直す行為でもある。▼日本語でもメタルはできる。これを証明したのが80年代以降のジャパメタだ。今は、BABYMETALが世界を震撼させている。日本という島国で、独自の進化、深化を遂げた。前出のLOUDNESSの1stアルバムには「ROCK SHOCK」という曲がある。六本木の食堂で思いついた曲だから、このタイトルになった。これもロックだ。

  • 出生81万人、少子化加速 国推計より6年早く到達 昨年、出生率1.30

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月4日10時50分 投稿

    【視点】■敗北の歴史を直視せよ!「少子化対策」を食い物にした政治家、官僚、御用有識者を弾劾せよ!  学生、労働者、市民諸君!私は、満腔の怒りをこめて、この檄を叩きつける!この猖獗した時代に、微力ではあっても、無力ではないと信じ、重大な決意を込めて訴える。  我が国のこの実態を直視せよ!少子化の危機が何度も叫ばれたのにも関わらず、その流れに歯止めがかからなかったのだ!  私は、団塊ジュニア世代であり、第二次ベビーブーマーなのだが、この国に、第三次ベビーブーマーの嵐は巻き起こらなかったのだ。結果として、これだけ若者や子供の存在感の薄い社会になってしまったのだ! 仮面ライダー変身ベルトなどでは、一時、ベルト1本に年間40個くらいの変身フォーム、技パーツがリリースされたことがあった。取れる家庭からとことんしゃぶりつくそうという意図が見え隠れする。ベルト1本を売るだけで商売になった私の幼少期とは違うのだ。  何度も少子化対策が連呼されてきたが、その意義は心から認めつつも、そうであるからこそ、その欺瞞性、瞞着性に警鐘を乱打したい。「働き方改革」がそのわかりやすい例だが、「なんでも少子化対策と言えば通る」という状況になっていなかったか?結果として、必ずしも少子化対策につながらない政策にもこの言葉が使われてきた。もちろん、副次的効果が期待されるものもなかにはあった。ただ、「これで子供が増えるのか?」という問いに答えきれていない政策、施策も多々あったのではないか?「家族のしあわせ」につながるものと、「子供が増える」政策は必ずしもイコールではないのだ。  久永隆一記者は、淡々と事実を述べているが、より掘り下げて、これまでの何が無意味だったのか、少子化に関して政治家、官僚、有識者の誰がどのように誤ったのかを完膚なきまでに暴き出し、徹底的に批判的に検証することを期待したい。「働きやすいですぅ、ワークライフバランス抜群ですー」的に日経系媒体が企業の取り組みを喧伝するのだが、その欺瞞性にも踏み込んで頂きたい。結果、子供が増えたというのだが、そもそもそれは、その施策によるものなのだろうか。  根本的な課題として、出産可能な年齢の女性(という表現は誤解を呼びそうだが、一般的に出産する人が多い年齢のことを指す また女性は出産しなければならないと言っているわけではない)が少なくなっていないか。第一子を出産した人が、第二子を出産しないからではないか。特に前者のような小手先では通用しないような課題についても踏み込んで頂きたい。  いわゆる「男性育休」に関する議論についてもそうだ。最近、気になるのはこれに関する論調だ。以前は「少子化対策につながる」という記事が散見された。最近では、「産後うつ対策」「男性が初期段階から育児に関わると、その後も2人でうまく対応できる」という論になっている。これらの効用を否定するわけではない。ただ、「少子化対策」はどこにいったのか。ひょっとして、男性育休は、「家族のしあわせ」には貢献するが、「少子化対策」には必ずしもきかないことが、明らかになったのではないか。これはこれで重要な事実ではないか。朝日新聞はなぜ、この問題についてなかったことにするのか。  参議院選がやってくる。すべての政党、候補者に少子化についてどう総括するか、どう対策するかの公開質問状を朝日新聞は断固として送付するべきである。各党がこの問題をどれだけ真剣に検討しているのか、具体性はあるのか、徹底的に検証して頂きたい。我々たたかう朝日新聞読者にとっても、参議院選は好機である。政治家とその予備軍に対して「これはどうなっているのか」と問い質す機会である。特に与党の候補者にはこれまでの対策の総括を、野党の候補者には力強い対案を期待しようではないか。  この淡々とした問題提起が今朝の朝日新聞の1面トップ記事だったが、これを議論の発火点として、少子化対策はなぜ失敗したのか、これに関する政策、施策の悪辣さを徹底的に暴きだそうではないか。我が国の凋落というのは、朝日新聞とそのシンパを「反日」扱いする輩にとっても重大な関心事のはずだ。イデオロギー、党派性をこえて、この国の舵取りに失敗した政治家、経営者、官僚たちに、消すことのできない怨念と怒りを爆発させるとともに、その延命のあがきを断罪し、日本をこれ以上没落させないために、明るい未来を断固として創造しようではないか。  朝日新聞読者は、このコメントを武器として、その思想を背骨にまでインストールし、ともに闘いぬこうではないか。少子化対策をめぐる検証の論争を、職場・学園で嵐のように巻き起こせ!闘う隊列を打ち固めよ!我が国の虚偽性にいまこそ目覚め、その未来に希望と勇気と理想を与えようではないか!  最後に結婚しない子供産まない生き方にもリスペクトを!この絶望の国をなんとかしろ!

  • (天声人語)背が縮みました

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月4日10時14分 投稿

    【視点】(常見陽平の天声人語)背が伸びました  昭和、平成のプロレスは動員数とプロフィールが怪しかった。「後楽園ホール大会 2200人 超満員札止め」と東スポなどに掲載されるのだが、消防法違反が疑われる人数が記載される。場内に空席が目立っているのにも関わらずだ。それ以上に怪しいのが、レスラーの身長と体重だ。どう見ても、自分より身長が低いのに「180センチ 100キロ」などと表記されていた。その怪しさが魅力だったのだが。▼8年前、現役プロレスラーにパーソナルトレーナーをお願いし、肉体改造を始めた。イデオロギーは異なるものの、愛読している三島由紀夫が、肉体改造と文体改造を行ったというエピソードを知り、私も取り組んだ。結果、筋肉は増え、ベンチプレスも100キロをあげられるようになった。ホルモンの関係か、姿勢がよくなったのか、身長も伸びた。40代にして身長が伸びるということに驚いた。三島とは異なる方向で文体改造も行った。檄文をスラスラと書けるようになった。▼「3高」という言葉があった。「高学歴・高身長・高収入」の略である。懐かしい響きだ。この指標の意味も変わってしまった。大学も学部も数が増えた。大学進学率も上昇し、マス化どころか、ユニバーサル化の時代となっている。一方、大学院卒のリアル「高学歴」の人に対して「塩対応」をしているのが我が国ではないか。▼「高収入」という言葉を聞くと、繁華街を爆音で駆け抜けるあの宣伝カーを思い出してしまうが、それはともかくその基準も変わっている。「3高」に関連して、以前は「ウィナー」という言葉があった。総合商社社員と、人生の勝者をかけたものだ。商社は相変わらず年収が高いが、最近ではDX、AIなどに精通した新卒者は初年度から年収1000万円という日系企業も現れている。一方、低収入で使い潰されている若者もいる。▼ただ、身長はどうだろう。高身長以外の人も評価される時代になっていないか。前出のプロレスは特にそうだ。身長170センチ前後の名選手が多数あらわれている。昨日、新日本プロレスでベストオブスーパージュニアの3連覇を達成した高橋ヒロム選手は身長171センチである。いわば、普通の体格だ。▼大きければいい、高ければいいという世界観を見直したい。ただ、学歴や収入に関して「高ければいいわけではない」という言説も疑ってかかりたい。不利な状況にあることを、覆い隠していないか。▼昭和、平成のプロレスは、怪しいが夢があった。身長が低いレスラーもサバ読みしない人が普通となった。令和の今、等身大の夢はあるか。問い直したい。48歳にしてプロレスラーになることを諦めていない私は、身長175センチ、体重85キロである。足りないのは、覚悟だと認識した。

  • 若者に足りない「フォレスト・ガンプ」 働き方評論家・常見陽平さん

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月2日17時10分 投稿

    【視点】■「私はこんな働き方をしたい」青年の主張を期待する  ヘヴィメタル専門誌『BURRN!』の、ギターヒーロー「王者」イングヴェイ・マルムスティーンのインタビューのようであり、心が洗われた。アラフィフにして金髪に近い茶髪の取材対象の想いを見事なまでに再現している。安定のハイブリッジゴークオリティである。高橋豪だけに。  若い人と意見交換する機会を意識的に増やしているのだが、「働き方改革」という名のもとの「働かせ改革」が進みすぎて困惑している声もある。かつてはモーレツ営業軍団と言われた、内定を辞退すればコーヒーをかけられるという噂がたつことで有名な大手証券会社に入社した若者は、あまりのホワイト企業ぶりに驚いていた。「新人を18時に帰宅させていいのかと、びっくりしましたよ」と。「働きたい」という欲求が渦巻いている人もいる。  若者にどう接するか、いかに嫌われないか、逃げられないかと企業側もあの手、この手を考えている。ここは20代からの主張を期待したい。「もっと働きたい」でも「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」でも構わない。魂を戦闘的に高揚させることを期待したい。  そういえば、だいぶ前にある全国紙の労働組合で、春闘に向けた勉強会に呼ばれ、戦闘的アジテーションを繰り返し、闘争の大爆発をかちとろう、と力強く呼びかけたのだが、質問コーナーで「なぜ、伝統ある全国紙のウチは若者の離職率が高いのか?」と質問されたことがある。私は「それは、御社が面白くないからですよ」とバッサリと言い切ってしまった。私流の勇気と責任ある言論である。社会的影響力も責任も、よく分かるのだが、それは若い人に受けるのだろうか。働きがいがエゴになってはいけないのだ。  働き方に関する青年の主張を期待する。幼少期から大好きだった番組だ。政治家猪口邦子さんも登場していたのだよな。「わたしたちすべての人間は、生まれながらにして なんらかの環境的宿命を背負っています。青春とは、その運命に対する挑戦であり、自分自身のきびしい開拓の場なのです。」が彼女のメッセージだった。これもまた、今の若い人に響くかどうかわからないのだけど。

  • 島耕作さん74歳、いつまで現役続けますか? 弘兼憲史さんに尋ねた

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月2日13時47分 投稿

    【提案】■島耕作を高齢者のロールモデルに  朝日新聞が、『島耕作』のことを理解してくれて嬉しい。この名前を聞いただけで「男のエゴ丸出しの不倫漫画」「バブル男のおとぎ話」と批判する人がいる。島耕作を全巻、外伝も含めて発売日に購入し、熟読してきた「耕作員」の私としては、複雑な心境で生きてきた。  さすがの江口英佑クオリティ。見事に誤解をといてくれた。そう、今の島耕作はダイバーシティー推進漫画であり、成功・出世・情愛という男の妄想トリコロール漫画ではないのである。その恋愛シーンのあまりの少なさに古くからのファンからは「濡れ場のない怒り」が寄せられることもあるが、とはいえ、アップデートされていると言えるだろう。  そんな島耕作だが、部長編、取締役編あたりからビジネス雑誌の漫画版のようになってしまったし、ますます雲の上の人、いわゆるラピュタ感が漂っていた。社外取締役編では人間ドラマにふるとのことなので、より共感できる作品になるのではないか。  実は島耕作シリーズの傑作は学生編だ。人間ドラマや、時代を振り返る視点に満ちたもので、ファンの間でも傑作だと称賛されている。社外取締役編は、弘兼憲史にとって、新しい代表作になるのではないか、と期待している。  なんせ、「老害(という言葉は朝日新聞的にNGかもしれないが)」ではない、下の世代からも支持される高齢者像を断固として提示してほしい。世代をつなぐ縦横無尽な活躍を期待。  弘兼憲史氏と対談することは、人生の夢である。もし、朝日新聞紙上で実現した際には、掲載紙を1000部買い取って号外のように配り歩くことにしよう。ぜ っ た い に だ。

  • 家事の外注、なぜためらう 「愛情」「汚れ仕事」という呪縛と労働論

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年6月2日13時35分 投稿

    【視点】■家事にリスペクトを 常見陽平さん  実家では、約30年間、同じ家政婦さんに家のことをお願いしています。研究者・教育者の母は、当時、車で1時間以上かかる学校に通勤しており、帰りも遅いことが多く。祖母が高齢化していたこともあり、私と弟を育てる上では、合理的な判断でした。近所で家政婦さんをお願いしている家は当時はウチくらいで、「贅沢をしているのかな・・・」と思いつつ、とはいえ結果として充実した青春時代をおくることができましたし、母も仕事と両立することができました。  私たちが実家を出たあとも、母が通勤時間30分程度の大学に移籍したあとも、さらに定年退職し5年以上たった今も、同じ家政婦さんにお願いしています。費用は弟と一緒に出し合っています。母にとっては大事な選択なのです。  私自身、主夫でもあります。買い出しと料理はほぼ100%私です。男性が家事、育児を担うことが求められる今日この頃ですが、ごく当たり前にこなしています。  とはいえ、正直、モヤモヤはあります。家政婦さんをお願いするにしろ、家族で役割分担するにしろ、「家事」は立派な労働であり、仕事です。これに対するリスペクトは必要でしょう。  一方、実家では家政婦さんをお願いしていたのにも関わらず、我が家では家政婦さんや、ベビーシッターさんすらお願いすることに躊躇する自分がいます。これは自分がやった方が早くないか、そこまですることだろうか、と。ただ、仕事をする時間が短くなっていることも間違いなく。もっと働きたいのですけど。  家事というものについて常識を手放して考えてみること、さらには従事している人に対するリスペクトが大切です。・・・そういえば、家事手伝いという肩書きを最近、見なくなりましたね。

  • (天声人語)とりあえずビール

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月26日14時4分 投稿

    【視点】(常見陽平の天声人語)とりあえずビール 橋本聖子イッキをこえて  「聖子、聖子、橋本聖子!」東京五輪関連で、橋本聖子が出てくるたびに、私の頭の中で、この言葉が蘇った。学生時代、そして会社員時代に体験した「橋本聖子イッキ」のコールである。▼「橋本聖子イッキ」とは何か?説明しよう。ビールのジョッキ、あるいは缶を両手に一つずつ持ち、スピードスケートの構えで両手を振り、2本のビールを飲み干す荒行だ。何度か死にそうになった。橋本聖子にとっても、いい迷惑である。その頃、誰もが知っているスピードスケート選手が橋本聖子だったのだ。カーっとなってやった。誰でもよかった。▼コロナでいいこともあった、などと書くと批判を浴びそうだが、飲み会の数が減ったというのは、飲食店やビール会社にとってはいい迷惑だろうが、一つの成果だろう。飲みの席に付き合わなくてもよくなり、人との距離感を選びやすくなった。▼「とりあえずビール」という言葉、通称「とりビー」も昭和仕草そのものである。アルコール飲料の選択肢は増えているし、飲まない権利も以前よりは認められるようになった。ちょうど25年前、新入社員時代、上司や先輩のビールの減り具合を確認しつつ、お酒をついでまわったのが懐かしい。▼断酒をしてもう4年になる。たまに、故郷の名酒「サッポロクラシック」の味が懐かしくなるが、まったく困らない。飲みの席には行くし、周りの飲酒は大歓迎である。お酒を飲まずに話すと、冷静に人間観察ができるし、食事も美味しく味わえる。▼一方、酒に関するマナーやルールの伝承は必要だろう。大学によっては、アルコールに関するガイドブックを公開している。早稲田大学のものは秀逸だった。「高田馬場ビッグボックス前などでは集合しないこと」「アルコールを飲める人と飲めない人はテーブルを分ける」などと明記されている。久々にビールをあける人もいることだろう。いつの間にか、酒に弱くなっていないか。「とりあえずビール」という昭和仕草をこえて、酒、あるいは宴席の新しい姿を断固として創造しよう。橋本聖子イッキは、やらなくていい。飲酒にはスピードもトリプルアクセルも必要ない。

  • (天声人語)マスク摩擦?

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月23日11時12分 投稿

    【視点】(常見陽平の天声人語)横並びは楽だという現実  『先生、どうか皆の前でほめないで下さい―いい子症候群の若者たち』(金間大介 東洋経済新報社)が売れている。関連したウェブ記事もバズっている。この本の中で、リクルートスーツについて触れている。日本の就活の象徴とされ、没個性だと批判されるのだが、学生はむしろ支持していると本書では紹介されている。横並びは快適で、悪目立ちはしたくないそうだ。▼早朝に移動し、地元北海道札幌市でこの原稿を書いている。見事な快晴で、湿度もひくく気持ちいい。ただ、札幌駅前でマスクをしているのは私一人だった。滞在先のホテルまで歩いたが、100人くらいすれ違ったが、私以外は1人だけ顎マスクの男性がいただけだった。札幌出身だと明かすたびに内地の人からは「ウニ、カニ、イクラが最高だね」と言われるが、そんな盆と正月にしか食べないものに比べ、この美味しい空気にこそ触れてほしいのだが。この美味しい空気は吸い放題なのに、実にもったいなく感じた。▼マスクをするとはどういうことなのか。改めて問い直したい。本来は感染予防のためであるはずだ。何に対して有効で、何に対して無力なのか。人々はちゃんと説明できるだろうか。さらに、四季があり、時期や場所によっては高温多湿な日本においては、マスクの悪影響も理解したい。▼マスクの適切な着用とは何なのか。様々な立場の人が発信することを期待したい。様々な事実上の規制もマスクありの場合は緩和するなどの打ち手も有効だろう。昨日は実に久々に日本が誇るヘビィメタルバンド、ANTHEMのライブを観たのだが、メタラーたちが声を出さずに体全体で熱狂を表現するのはある意味、圧巻だった。ボーカルの森川之雄もステージ上で触れていたが、早く一緒に歌える日が来ないのか。祈るのみである。来日公演も復活しているが、アーティストがコール・アンド・レスポンスを煽り、日本のコロナ明けの遅れが可視化される日も近いだろう。

  • 男女の賃金差、日本はなぜ大きい 開示義務づけで解消は進むのか

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月21日10時5分 投稿

    【視点】■会社と社会のどちらが悪なのか 数字の裏側こそ読むべきだ  何かを変えるには、物事をガラス張りにすればいい。男女の賃金格差開示義務づけは大きな一歩ではある。ただ、この手の指標はその背景を読まなくてはならない。気をつけなくては数字が独り歩きし、いかにも日経が表向きの女性活躍を礼賛し、朝日・毎日・東京や、その出身者が書いている媒体が企業糾弾ツールに使う・・・。そのようなものにしてはいけない。その点、朝日新聞自ら、多角的、多面的に男女の賃金差の背景について説明していることは好感が持てる。安定の沢路毅彦クオリティであり、橋本拓樹、稲垣千駿、上地兼太郎という精鋭たちが良い仕事をしている。朝日新聞は選手の層が厚い。  よく日経グループがやりがちな「あの会社は女性が活躍していますぅ」「働きやすいですぅ」「働き方改革をしたのに業績もアップ、すごーい」的な報道は疑ってかからなくてはならない。SDGsバッジをつけている経団連企業幹部の男性に「本当かよ?」と思ってします感覚に近い。誇張、捏造された、日経に褒められるため、朝日に叩かれないための、見せかけだけの欺瞞に満ちた「女性活躍」風のものを我々は徹底的に完膚なきまでに批判的に考察しなくてはならない。  大切なのは、仮に男女の賃金差が大きい企業があったとして、その原因を企業側が丁寧に説明することであり、我々のような朝日新聞読者、たたかう市民が納得感のある説明を求めることではないか。そして、その進捗を激しく注視することだ。  賃金差のメカニズムも単純ではなく、業界・企業によって事情は異なる。さらに、その問題は企業「だけ」にあるわけではない。ここでもよくある「意識の問題」などに回収してはいけない。たとえば、昨今ではDXなどの流れもあり、その領域を担える人材の争奪戦も起こっている。新卒でも年収1000万円を狙える日本の大手企業も、まだまだ僅かではあるが、現れている。たとえば、エンジニアの賃金が高いとして、その人材や、予備軍の男女構成比が男性に偏っていた場合は、それは企業「だけ」の責任だろうか。選抜度の高い大学や理系(分野によるが)の男女比が男性ほど高くないことは明らかだ。その背景にもまた様々な要因がある。仮にエンジニアの比率が高く、さらにその比率がどう努力しても、男性の割合が高く、結果として男性の平均賃金をその組織で釣り上げてしまっている場合、その企業に対して「女性活躍が遅い」と糾弾、打倒、粉砕することは適切だと言えるだろうか?揚げ足とりのようだが、このような企業の努力「だけ」では解決できないことを自覚したい。  とはいえ、この開示義務付けにより社会も企業も変わる可能性はある。日経的礼賛でも、朝日的糾弾でもなく、「なぜ、まだこの企業は男女の賃金差が高いのか?」「そのために必要なアクションは何か?」を様々なステークホルダーが考え、アクションするムーブメントを大切にしたい。数字だけで一喜一憂してはいけない。この仕組みをつかって、会社と社会を育てるのだ。変革するのだ。  この建設的に問題提起した記事を武器として、友人・知人にシェアし、社会と会社を変えていきたい。男女賃金差を解消する闘争を職場学園で巻き起こすとともに、その戦闘的息吹を広げていこう。

  • (天声人語)一滴残さず

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月20日6時49分 投稿

    【視点】(常見陽平の天声人語)急須で入れたお茶というエゴ  東海道新幹線で旅するとき、車内の楽しみはスジャータのコチコチにかたまったアイスクリーム、グリーン車で無料で配布される『Wedge』だ。車窓から広がる光景は、もちろん楽しい。富士山が見えた瞬間、思わず写真をとってしまう。新幹線の隠れ名所「左富士」に遭遇した瞬間、左翼の私は熱狂する。左、だけに。▼私にとってはプラモデルと楽器の都市、静岡県を通過する際、美しい茶畑を見ながらペットボトルのお茶を飲むのも、また味わい深い。急須で淹れたお茶が美味しいのは、分かっている。一方、このペットボトルのお茶が、日本人とお茶の関係を変えてきたことも忘れてはなるまい。▼「お茶くみ」は女性の仕事とされていた時代があった。そう、オフィスで急須のお茶が出されるのだが、この仕事を女性が担っていた時代があった。70年代、80年代の漫画やドラマにもよく出てくる。男性社員ごとの湯呑の種類や、好みの温度も覚えなくてはならなかった。愛読書『課長島耕作』にもそんなシーンがある。▼実家の事情で、鹿児島県にUターンした一橋大学、リクルートの先輩女性は、勤務先の会社でその洗礼がまっていた。社員全員の湯呑とお茶の好みを覚えるのが、東京の大学を出て、大手企業で活躍した彼女の最初の仕事だった。実家の問題が解決し、鹿児島にいる理由もなくなったので退職し、東京に戻ってきた。昭和や平成の話ではない。最近のエピソードである。▼ペットボトルの緑茶飲料市場が拡大したのは1990年代だ。緑茶をペットボトルで提供できるようになったことが大きいし、水と同様、これまで無料で提供されてきたものに課金してきた歴史でもあるのだが、女性の社会進出、オフィスの合理化とも重なっている。▼もうすぐサントリーが「伊右衛門」をリリースしてから30年になる。清涼飲料水の雄でありつつも、成長する緑茶市場では苦戦続きだった。「和茶」「緑水」など消えていった商品は多々ある。「最も美味しそうに見えて、実際最も美味しいこと」を商品作りのテーマとし、伝統メーカーのプライドをかなぐり捨てて京都福寿園と提携し、非加熱無菌充填などの技術も導入して「伊右衛門」を作り上げた。本木雅弘と宮沢りえが夫婦を演じるCMは、妻がこれまでかというくらい夫の「伊右衛門はん」に尽くす描写があり、今なら朝日新聞のThink Genderで糾弾されそうだが、これも背景には緑茶飲料の愛好者のインサイトを研究した結果のようだ。緑茶とは、家のような、ほっとするような、帰ってこれるような場所だったのだ。▼のちにコカ・コーラも「綾鷹」で参入し、ペットボトルの緑茶飲料市場は盛り上がりを見せている。その「綾鷹」がパッケージでも訴求しているのは「急須でいれた味」である。▼緑茶、しかも急須で淹れたお茶の魅力は、わかる。もっとも、現代人は忙しい。さらに急須でお茶を淹れるという行為、職場内の男女の役割分担をペットボトルのお茶が変えてきたという点にも注目したい。急須で淹れたお茶が「女性はお茶くみ」という時代の象徴だとしたら朝日新聞的に、いかがなものか。

  • (耕論)復帰50年、沖縄の現在地 仲村清司さん、宮城葉子さん、多田治さん

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月14日12時33分 投稿

    【視点】■漠然とした楽園イメージをこえて 「本土」と「内地」 常見陽平さん(評論家)  「え、これ、戦争の歌だったの?」先日、約6000人に送りつけている私のメルマガで大反響だったのは、THE BOOMの「島唄」に関するエピソードです。名曲で、たくさんのアーティストにカバーされており、なんせよく聴かれ、歌われ続けてきたこの曲は、美しいメロディの裏に、沖縄戦が刻まれています。楽曲、演奏と相まって南国の美しい自然や人の心からの交流を描いたかのように聴こえますが、まったく違います。「でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐がきた」という一節がありますが、実は「でいごが咲き乱れ」ることは何か悪いことが起こる前触れなのです。他にも死別を暗示させる表現が盛り込まれています。  この曲に限らず、沖縄に対して私たちはここで多田治先生の言う「南国の癒やしの島」というイメージを都合よく刷り込まれ、これまた文化、観光において好意的に接点をもつ一方で、「地上戦の悲劇と米軍基地の島」であることを忘れていませんか。  私が初めて沖縄にお邪魔したのは2004年の年末、高校の同級生との年越し旅行でした。30歳の頃です。その後、急速にのめり込みました。当時は会社員で、あくまで観光のため、まさに「南国の癒やしの島」を期待した訪問でしたが、沖縄の現実に衝撃を受け、見方がまったく変わりました。やはり「お約束」の観光スポットとして訪問した首里城、玉陵の資料室で沖縄、琉球の歴史を詳しく知り、日本、中国そして米国の間に挟まれ起きてきた悲しい出来事の数々にショックを受けました。  その後も、仕事、観光で何度もお邪魔しましたが、「南国の癒やしの島」以上の衝撃を受けることがよくありました。貧困、格差もその一つです。講演をする度に参加者から「この島を、社会をなんとかしてください」と言われたことがあります。ある講演では、一番前の席に座って一生懸命メモをとっていた大学生2人組と会話をする機会があったのですが、身の上話になり。1人は出張風俗店で働き、もう1人はキャバクラで働くシングルマザーでした。歓楽街の仕事がセーフティーネットになってしまうという現実はロングセラーとなっている『裸足で逃げる』(上間陽子 太田出版)などでも描かれています。シングルマザーの女性からは「大学を出たとしても、風俗の方が時給が高い、この島、国をなんとかしてください、常見さん」と言われ、自分がいかに無力であるかを思い知らされ絶句しました。  30歳から、急速に沖縄のことを考えるようになったのは、地元北海道との共通点です。私はいまだに本州のことを「内地(ないち)」と呼びます。いまや、道民でも必ずしも使わない言葉ですが、私は東京に出てきてもうすぐ30年になるのにいまだにこのように呼んでしまいます。東京、本州とのなんとも言えない距離を感じるのです。沖縄の人は「本土」と呼びますよね。津軽海峡を渡ってきたという認識は未だに強くありますし、この海峡が隔てる何かを感じています。  非常に言いづらいですが、「南国の癒やしの島」同様に、「北の大地」「雄大な大自然」「食材の宝庫」という、内地の人が抱く漠然とした良いイメージに複雑な心境になります。沖縄が安室奈美恵やBEGIN、DA PUMPなど、数え切れない名アーティストを輩出していますが、北海道も同じです。その北海道においても、内地との格差や、貧困、過疎化は大きな問題です。なにより、領土問題を忘れてはなりません。日本において最もロシアに近い場所にあることも。  沖縄本土復帰50年に関して、朝日新聞の熱を感じます。その熱をわがものとし、沖縄のことだけでなく、この国のことを考えるキッカケとしたいです。漠然とした良いイメージを都合のよいときだけ使う本土・内地から視点をこえて、南から視点、北から視点も理解してほしいです。

  • 「ガクチカ」に悩む就活生 学生生活と就職戦線、コロナ禍で激変

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月13日10時50分 投稿

    【視点】■ガクチカ至上主義を粉砕せよ  日本で初めて「ガクチカ」という言葉を書籍に掲載したのは、私らしい。2010年のことだ。「学生時代に力を入れたこと」の略だ。就活生や、キャリアセンター職員など大学教職員が使っていた言葉である。「意識高い系」同様、私が広めた一人ということになっており、たまに戦犯扱いされることがある。実に困った話である。  就活事情をレポートしているという意味で有意義な記事であり、専門家の声も拾っているのだが、ガクチカに関する誤解を木っ端微塵に粉砕するまでには至っていない。ましてや、ガクチカ至上主義の勘違い人事に弾劾のシュプレヒコールを浴びせるまでにはいたっていない。求職者への犠牲強要の大攻撃をはねのけ、ガクチカ至上主義を阻止する闘いの奔流を職場・学園でまきおこさなくてはならない。  ガクチカとは、学生にとっても、人事担当者にとっても「手段」でしかない。それが「目的化」されているという問題が凝縮されている。そもそも、コロナと向き合ったということ自体が「ガクチカ」ではないか。学生がこれに悩んでしまっているのも、人事担当者、さらには自戒を込めて言うならば大学教職員の怠慢だ。皮肉なことに、これにより「就活アピールのための大学生活」をおくってしまっている学生が一定数いることが暗示されている。  サークルを立ち上げた、学園祭で焼き鳥を1000本売ったなどの武勇伝だけでなく、日々の大切にしてきたことを味わい尽くしたい。その学生は何を大切に生きてきたのか、味わう努力を人事担当者には期待したし、学生は人事に聞かれた数を超えるだけ、言葉を浴びせ、質問するべきである。支配され辛酸をなめさせられている求職者の団結した闘いをもって、ガクチカ至上主義に狂奔する人事担当者を震撼せしめよ。

  • 吉野家、外国籍と判断して採用説明会の参加断る 大学生に確認せず

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月9日16時17分 投稿

    【視点】■「吉野家けしからん」で終わらせてはいけない  「また吉野家か、けしからん」と言いたくなりそうな見出し、記事である。問題の整理をしなくてはならない。たまたま吉野家が例の元常務の発言で炎上しており、注目が集まっていたときに起こった事案であり、他社でも起きていないか注視しなくてはならない。そして、日本における留学生採用に関する諸問題が凝縮された事案である。  前提として、就労ビザが取得できない可能性があったとしても、「採用説明会」に参加してもらうという選択肢はなかったか?採用活動は、単に人材、労働力獲得の手段だけではない。そもそも、採用説明会に参加したところで、全員に内定が出るわけでも、内定が受諾されるわけでもない。採用広報活動は、企業PRの意味も含む。  「氏名などから外国籍と判断」という行為については、企業の採用活動に限らず、周りでもみられることではないか。そういえば、在日コリアンの友人は、通っていた大学の事務局からあたかも留学生のような対応をされた。彼女は憤慨していた。氏名で決めつけるのは、いかがなものか。  「就労ビザの取得を前提」にした外国籍社員の採用という点については、制度上、運用上の問題もある。「学業と職業が密接に無関係」で、ポテンシャルを評価し、必ずしも配属先が確定していない日本の新卒一括採用システム、いや雇用システムと現状の就労ビザの仕組みのミスマッチとも言えよう。  くれぐれも、「また吉野家か」という話にまとめてはいけない。日本に根強く残る偏見、さらにはシステムの不整合が可視化された事案である。

  • 働くのを面白くしよう 「向いてない」会社でハッピーな35年

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月7日8時24分 投稿

    【視点】■「自分で創り出した仕事は素晴らしい」という幻想を木っ端微塵に粉砕せよ  朝日新聞の名物記者、リアル「山岡士郎」「はまちゃん」とも目されている近藤康太郎・天草市局長による胸を打つコラムである。読み物としては面白い。近藤は観察対象としても大変興味深い。主張も財務も真っ赤に燃えている朝日新聞で、このような記者が生存できること、この記事が朝日新聞関係者の伝家の宝刀ゲラチェックをくぐり抜けて掲載されることに夢と希望を与えるかもしれない。ただ、「それは朝日新聞だからでしょ」という牧歌的な何かを感じてしまうのではないだろうか。だいたい、この記事で救われるはずの市民に、届き、響くとは限らない。  半分共感しつつも、2022年の今、気をつけなくてはならないのは「他人に与えられたモノはつまらんものだ。」「会社内で新しい仕事を創る。」という主張である。共感も理解もするが、一方で、この言葉の背景にある問題を我々は意識しなくてはならない。この一見すると、労働者の主体的な取り組み、働く喜びさえも飲み込んでいくのが会社というものなのだ。強制的自発性により、自分や家族のための取り組みが、会社のためにすり替えられ、吸い取られていくのである。  私が新卒で入社したリクルートには創業者江副浩正の言葉「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉が残っていた。この言葉を愛する関係者、出身者は多数いる。なかには、このプレートまで購入した人もいたほどだ。しかし、これまた危険な言葉である。自ら機会を創ったようで、それは上司や同僚に促されたものではないか。それにより、得するのは結局、会社ではないか。  「働くのはおもしろい」ことにも同意する。結局、私も仕事をおもしろがって生きている。ただ、この「おもしろい仕事」という幻想も、所詮、資本家の論理にすり替わる危険性をはらんでいるのだ。さらには、その自己実現幻想、脅迫が労働者を苦しめることも。ハッピーの先で、笑っているのは労働者ではなく、我々の生き血を吸って肥え太る資本家でもありうるのだ。だいたい、この論理は、「明るく楽しいブラック企業」の人材マネジメント方針とあまり変わらない。  幼少期から朝日新聞、岩波書店を愛していると、このように思わず社会と会社に対して疑ってかかってしまい、さらにはついつい警鐘を乱打してしまう。所詮、私たちは踊らされていることを直視したい。  この記事に、誰がどのような反応をするのか、気になるところだが、問題提起をし、論争の発火点を提供したという意味では有意義だった。朝日新聞の懐の深さを感じた次第である。

  • 年収400万円未満の6割超「週休3日は不可能」 週末は繁忙期に…

    常見陽平
    常見陽平
    千葉商科大学准教授・働き方評論家
    2022年5月7日7時59分 投稿

    【解説】■週休3日制があぶり出す休み方格差を直視せよ!  学生、労働者、市民諸君!橋本拓樹、佐藤英彬、益田暢子という朝日新聞のサンバルカンが勇躍決起し、週休3日制がはらむ問題を完膚なきまでに暴き出してくれた。この記事を武器とし、この欺瞞性、瞞着性を直視し、日本社会でますます問題となっている休み方格差をいかに乗り越えるか、論争のいっそう巨大な爆発をかちとるためにいまこそ全力をあげて奮闘しようではないか。  休み方なのか、休ませ方なのか、我々は胸に手をあてて熟考しなくてはならない。週休3日制と聞いて、必ずしもワクワクしない人もいることだろう。朝日新聞のサンバルカンが放ったこの巨弾から、労働者たちはこの制度について疑問を抱いていることが明らかになった。我々はこの、プラットフォーマーによりシステムに組み込まれる世の中において、この「生感」「直感」こそ大切にしなくてはならない。私の知的な左翼文化人としてのイメージが自壊するかもしれないが、やや俗な言葉でいうと「胡散臭いなあ」という感覚を我々は大切にしなくてはならない。我々、労働者の味方を装った、政治家、資本家たちの論理が貫徹されようとしているのだ。  政府の骨太方針をみると明らかだ。週休3日制によるメリットは、社会と会社の論理で構成されたものであり、必ずしも我々、たたかう市民のためのものではないのである。週休3日制により、学び直し、副業に取り組むことにより、雇用の流動化を促進しようとしているのである。週休3日が実現するための、括弧つきの生産性向上を狙ったものでもある。ワーク・ライフ・バランスの実現という俗耳に馴染むスローガンのもと、働く人を減らさないという下心が見え隠れするものなのだ。  サンバルカンたちが警鐘を乱打したように、企業規模、業種、職種により格差が生まれることだろう。さらには、週休3日を実現するための労働強化なども懸念されるのだ。  もちろん、この週休3日制が会社、社会を変革し、個人の生活を豊かにする可能性を放棄してはならない。ただ、物事には必ず副作用があるし、一見すると労働者のためを装った施策には必ず資本家、政治家の下心があるのだ。Society5.0などを提唱しつつ、実際には自身の葬祭を避けるための延命のあがきにほかならないのだ。  そのその本質を洞察し断固として暴き出し、警鐘を乱打した朝日新聞のサンバルカンはヒーロー、ヒロインそのものである。これからの休み方の議論を職場、学園で嵐のように巻き起こせ!

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