写真アーカイブ(1)貴重な写真資源の保存と活用

 朝日新聞社が所蔵する戦前・戦中・戦後の約2千万カットの写真資源を永久保存し、デジタル化を推進します。後世への貴重な写真遺産と位置づけ、広く活用していきます。

 所蔵しているものの中には、日露戦争など外国の様子、検閲の跡が残る戦前・戦中の紙焼き写真、広島・長崎の被爆直後のネガフィルム、ガラス乾板の明仁皇太子(現天皇陛下)など、航空写真や海外での撮影を含む歴史的資料も多くあります。新聞紙面がモノクロの時代に撮影された雑誌向けのカラー写真も、「昭和」を活写して今に伝えています。

 現在、所蔵写真は、紙焼き、フィルム、ガラス乾板などの形で保管されていますが、劣化が進み、保存対策を迫られています。並行して、写真の整理やデジタル化を推進し、学究面や歴史検証などに貢献する一大「フォトアーカイブ」の構築を目指します。

 東京五輪が開催された1964年の東京を写したカラー写真 と、同じ位置から撮影した現在の写真を組み合わせた写真展「1964 変わる東京」を7月20日から8月2日、朝日新聞東京本社2階コンコースで開催しました。
https://photoarchives.asahi.com/special/?id=20190621134159337774

 


朝日新聞東京本社2階コンコース・ギャラリーにて

朝日新聞フォトアーカイブ

写真(1)
写真(2)

(写真1)中国戦線の慰問に派遣された「わらわし隊」の写真には機上の人や機銃の照準器に「トル」の修正指示がある
(写真2)劣化が進み溶けてしまったネガフィルム。保管状態が悪いと、貴重な画像が永久に失われてしまう

写真(3)
写真(4)

(写真3)1945年8月10~11日に朝日新聞大阪写真部のカメラマンが撮影した原爆投下直後の広島県産業奨励館(原爆ドーム)。ネガフィルムを高精細で再スキャンして修復
(写真4)ガラス乾板のクリーニング。ガラス板に写った画像を良好な状態で保管するためには手入れが欠かせない

(写真5)朝日新聞が保管するガラス乾板。昭和初期の富士山の航空写真や舞妓さんの姿が残されている

写真(6)
写真(7)

(写真6)1940年4月10日、学習院初等科に登校する明仁皇太子(現在の天皇陛下)。ガラス乾板に残された1枚
(写真7)1959年5月、田町電車区に並んだ新国鉄カラーの電車群。新聞写真がモノクロだった時代にアサヒグラフに掲載されたカラー写真も、フィルムからのデジタル化が進む

写真(8)
写真(9)

(写真8)表=1936年の2・26事件で、反乱部隊に一時占拠された警視庁
(写真9)裏=裏面には「掲載不可」「禁止」の書き込みがあり、昭和11年2月28日の大阪朝日写真部の保存印が押されている

 

写真アーカイブ(2)歴史的写真への位置情報の付与

 東京本社には、撮影場所や方角が分かっている戦前~昭和50年代の写真(デジタル化済み)を5万枚所蔵しています。これは新聞社ならではの貴重な「情報」です。このうち、東京、横浜の約8千枚を地図とセットにして、地図データをもとに位置情報を付与し、IT機器で様々な用途に活用できるようにします。

 タブレットやスマホの地図アプリと組み合わせて、現在と過去の景色を見比べることもできるようになります。2020年の東京五輪に向けて、観光客向けのサービスにつながることも想定しています。


(写真左)銀座・数寄屋橋 (2017年撮影) 外濠は埋め立てられ、現在は東京高速道路が走る
(写真右)銀座・数寄屋橋 (1948年撮影) 数寄屋橋交差点付近。外濠にかかる橋は手前から丸之内橋、新有楽橋、有楽橋、鍛冶橋

 

北海道150年

 蝦夷地が「北海道」と命名されて2018年で150年目となります。
 朝日新聞社は北海道博物館や開局50周年のHTB北海道テレビ放送などと連携した多彩な記念イベントを開き、紙面や番組と連動させて展開してきました。

 シンポジウムは10月13日(土)、札幌市中央区のさっぽろ創世スクエアで開かれ、約200人が参加しました。札幌出身のノンフィクション作家、保阪正康さんが「北海道の過去、現在、未来を考える」と題し基調講演。北海道の可能性について、近現代史の豊富なエピソードを交えながら語りました。

 続くパネルディスカッションでは、保阪さんのほか、北海道博物館長の石森秀三さん、札幌大教授の本田優子さん、夕張市長の鈴木直道さん、元朝日新聞東京本社編集局長の外岡秀俊さんが活発に議論しました。


さっぽろ創世スクエアで開かれた「北海道150年」記念シンポジウム=2018年10月13日、札幌市内

 シンポジウムの模様は、翌日(10月14日)の朝日新聞朝刊(北海道版)と朝日新聞デジタルで紹介されました。
 さらに詳報は10月18日付朝刊(北海道版)の特集面と、朝日新聞デジタルにも掲載されています。

北海道150年、見つめ、未来へ(朝日新聞デジタル:2018年10月18日配信)

 このほか「北海道150年」の企画では、北海道の「名付け親」松浦武四郎が蝦夷地調査でたどったルートのウオーキング企画や「朝日新聞×HTB あなたと選ぶ重大ニュース」の発表、作家で道立文学館館長の池澤夏樹さんが「北海道150年」ゆかりの地などを訪ねるイベントなども開催しました。

朝日新聞×HTB 北海道150年 あなたと選ぶ重大ニュース

朝日新聞デジタル北海道地域面特集「北海道150年」

 

伊勢湾台風から60年、「親子で学ぶ防災・減災教室」開催。名古屋で

 1959年の伊勢湾台風について学び、災害への備えを考える「親子で学ぶ 防災・減災教室」(朝日新聞社・メ~テレ主催)が8月25日、名古屋市中区の朝日新聞名古屋本社の朝日ホールで開かれ、親子連れら約230人が参加しました。

 初めにジャーナリストの池上彰さんが、伊勢湾台風について講義。データや当時の写真などを紹介しながら、被害が拡大した背景を解説しました。

 パネルディスカッションでは、名古屋大学減災連携研究センターの福和伸夫教授は、プリンを使って地盤と揺れの関係を知る実験などを披露。NPO法人ママプラグ「アクティブ防災事業」代表の冨川万美さんは、出かけた先で非常口を確認する、公衆電話の使い方に慣れておく――といった「今日からできること」を紹介しました。プロフィギュアスケーターの安藤美姫さんは、2011年の東日本大震災についての思いを語り「被災地に足を運び、感じてほしい。今日のお話の意味がもっと分かると思う」と話しました。

 5月18日(土)には同じ朝日ホールで、読者交流の集い「身近な防災、震災の教訓から」と題した講演会も開かれました。朝日新聞名古屋編集局の伊藤智章編集委員兼論説委員が、災害取材の経験を踏まえ、東日本大震災や伊勢湾台風などの大災害からの教訓を語りました。  

 伊勢湾台風は1959(昭和34)年9月26日から27日にかけて、愛知、三重両県を中心に死者・行方不明者5,098人に上りました。戦後最悪の台風災害とされ、災害対策基本法(61年)制定の契機にもなりました。

(写真 上)「親子で学ぶ 防災・減災教室」で、人を乗せた机を揺らして実験をする福和伸夫・名古屋大教授(右下)

(写真 左)  伊勢湾台風で浸水後、翌日になっても水が引かない愛知県の半田市内、朝日新聞社機から=1959年9月27日
(写真 中央) 泥水は退いても、通りはいたるところ倒壊家屋や家具などの残がいが山積した=1959年10月15日、名古屋市南区で
(写真 右) 「足もとに水がきてから首の高さにくるまで、5分とかからなかった」という伊勢湾台風の浸水現場=1959年10月3日、名古屋市港区で

 

企画写真展
 「よみがえる沖縄1935」京都巡回展が閉幕
  来場者は1万1298人

 写真展「よみがえる沖縄1935」の京都展が6月29日、閉幕しました。4月13日からの約2カ月半で、計1万1298人が立命館大学国際平和ミュージアム(京都市)に来館。最終日もさまざまな年代の方々が訪れ、パネルと写真説明を一つ一つ丁寧に見ていく姿が目立ちました。

 京都展は2018年3~7月に横浜市の日本新聞博物館で開いた企画写真展の巡回展として沖縄タイムス社、同ミュージアムと共催。1935年の撮影から約80年後に大阪本社で見つかった277コマのネガのうち、人工知能(AI)技術を使ってカラー化した写真を含む約100点を大判化し、展示しました。戦前に画家が撮影した沖縄の写真など、同ミュージアム所蔵の沖縄関連資料のコーナーも設けました。

 期間中の4月27日には、ネガを見つけた朝日新聞大阪本社のフォトアーカイブ担当・清水隆さんや、朝日新聞と合同取材した沖縄タイムス社会部の堀川幸太郎さんらによる「座談会&ギャラリートーク」を開催。「残された写真は現在に訴えかける財産です」と語る清水さんらの言葉に、約80人の聴衆が耳を傾けました。

 来館者の中には「横浜展に行けなかったので京都展に来ました」という人も。最終日には、高校の3年間を夜間中学も併設するフリースクール「珊瑚舎スコーレ」(那覇市)に通ったという京都市の女子大学生(19)が来館。京都総局員の取材に「夜間部に通うおじいやおばあも、すでに戦後の混乱期しか知らない人が多い。目に見える形で存在していることが貴重と思います」と話していたそうです。

 会場で販売した「写真集 沖縄1935」も売り切れ、沖縄への関心の高さが改めてうかがえました。来年は沖縄戦から75年、そして戦後75年の節目を迎えます。戦前の沖縄の日常をとらえた貴重な写真を通じて「沖縄のいま」を考える取り組みは、これからも続けていきます。

 

朝日新聞デジタル 「沖縄1935 写真でよみがえる戦前」

(写真 1) 「降り出した雨」
(写真 2) 「赤い屋根」

(写真 1) 降り出した雨で、傘や雨具を広げる県立第三高等女学校の生徒たち
(写真 2) 糸満中心部、標高約20メートルの石灰岩の丘・山巓毛(さんてぃんもう)から北西を見て撮影された町並み
※東京大学大学院情報学環教授・渡邉英徳研究室によってカラー化された『降り出した雨』と『赤い屋根』。カラー化にあたっては、早稲田大学・石川博教授らの研究グループが開発した人工知能(AI)を使った自動色づけ技術などが活用されました。

(写真 3)
(写真 4)

(写真 3) 麦わら帽をかぶり、長いダツなどの魚を運ぶ漁師 ※(写真 4) 漁から帰る夫を待つ妻たち。

(写真 5)
(写真 6)

(写真 5) 那覇―糸満間の約9キロを走った「軌道馬車」
(写真 6) 「よみがえる沖縄1935の京都巡回展」の展示パネルに見入る来館者=2019年6月29日、京都市の立命館大学国際平和ミュージアム

 

司馬遼太郎 連続講座
各界講師陣が魅力を語る

 日本とは何か、文化、文明とは何なのかを問い続けてきた作家・司馬遼太郎の世界とその魅力を、良質な講座コンテンツを通じて届ける企画「司馬遼太郎 連続講座」を朝日カルチャーセンター新宿教室で、2018年9月から2019年1月に計7回開講しました。

 

 

 2018年9月19日に開かれた第二回「司馬遼太郎と夏目漱石―ふたりが見た明治という時代」では、100人を超す受講者を前に、姜尚中・東大名誉教授がマイクを握りました。表題の二人に加え、司馬とほぼ同時代を生きた政治学者・丸山真男の視点も併走させつつ、3者が作品や評論で展開した明治期の日本の文明論的な本質を語り、聴き入る受講者の熱気と集中は、講座が終わるまで途切れませんでした。

 同年10月6日には脳科学者の茂木健一郎さんと、映画監督の原田眞人さんが相次いで登壇。茂木さんの「坂本龍馬に学ぶ『脳力』の鍛え方」では、内容に触発された受講者と茂木さんが壇上で活発なやりとりを繰り広げるなど、まさに「ともに考え、つくる」場となりました。

 シリーズ後半、2019年1月になっても講座を通じて新たな発見を得る喜びの声、会場を包む熱気は変わらぬままです。城郭考古学の千田嘉博・奈良大教授が作品に描かれた大坂城について最新の研究成果を語った第六回は、詰めかけた100人超の受講者から「へえ!」のどよめきが何度もあがり、作家・朴慶南さんが講師の第七回では、終了後に感激した受講者たちが「面白かった」と駆け寄る場面もありました。

 


(写真) 奈良大教授・千田嘉博さんの「司馬遼太郎が描いた名城をたどる」(左)=2019年1月13日開催、作家・朴慶南さんの「司馬遼太郎が見た韓のくに」(右)=同1月19日開催、の講座風景、東京新宿で

 


(写真) 脳科学者の茂木健一郎さんの「坂本龍馬に学ぶ『脳力』の鍛え方」(左)と、映画監督の原田眞人さんの「映画『関ケ原』と『燃えよ剣』~司馬遼太郎の視点を追う」(右)の講座風景=2018年10月6日、東京新宿で

 


(写真) 宗教学者・釈徹宗さん(画面左奥)と能楽師・安田登さん(画面右奥)による「対談・司馬遼太郎の源流を探る」=2018年9月11日、同

 

トークショー 「水泳ニッポンを築いた男 田畑政治」

 NHKの大河ドラマ「いだてん」の主人公の一人で、前回(1964年)の東京五輪開催に尽力した元朝日新聞記者・田畑政治さんの功績を紹介するトークショーが8月31日、東京都千代田区のイイノホールで開かれました。第6回朝日新聞2020シンポジウム「応援のチカラ」との同時開催でした。

 

 

 田畑さんは朝日新聞の政治部記者として仕事をする一方、水泳の強化に取り組み、1932年ロサンゼルス五輪では水泳総監督として、36年ベルリン五輪では日本選手団役員として選手をサポート、日本水泳に黄金期をもたらしました。日本が参加できなかった48年ロンドン五輪の際には、日本選手権をロンドンと同じ日程で開催。日本選手が五輪より上回る記録を出したことを世界にアピールし、国際水泳連盟への復帰を果たしました。64年東京五輪で水泳はメダル1個に終わりましたが、復活をかけて立ち上がり、東京スイミングセンターを創設するなど、強化と底上げに尽力しました。

 トークショーは田畑さんの出身地である浜松市と朝日新聞社の共催。登壇者は、田畑さんと接した経験のある日本水泳連盟の青木剛会長、アテネ、北京両五輪でメダルを獲得した中村礼子さん。週刊朝日の堀井正明編集長代理がコーディネーターをつとめました。

 トークショーに登壇した青木会長は生前の田畑さんを知る一人。ドラマで描かれている早口は本人の特徴通りといい、「僕は、田畑さんの言っていることの半分くらいしか分からなかった」と笑いながら振り返りました。

田畑さんを振り返るトークショーには、日本水泳連盟の青木剛会長(中央)や五輪メダリストの中村礼子さん(右)らが出演した