2021年度朝日賞贈呈式の模様を公開しています

歌を詠む豊かな時間を、伝える

歌人・俵万智
現代短歌の魅力を伝え、すそ野を広げた創作活動

受賞者の業績
 軽やかな口語調で日常をうたった「サラダ記念日」から35年。歌壇最高峰とされる迢空賞を昨年受賞した最新歌集「未来のサイズ」では、口ずさみやすい文体はそのままに、時事問題にも切り込んだ。短歌に口語を採り入れる試みは明治時代から繰り返されてきたが、これほど短歌を身近な存在にした歌人はいない。
 短歌の一番の醍醐味(だいごみ)は、丁寧に生きることにつながることだと話す。「小さな心の揺れに立ち止まり、言葉にする過程で味わい直す。そうした時間を含めて豊かなものだと思います」
 多くの人にそんなひとときを持ってほしくて、「短歌を作りたい」と声がかかればどこにでも顔を出す。新宿・歌舞伎町のホストたちとのZoom歌会は3年になり、短歌雑誌の新人賞に挑む人も現れた。「SNSの影響もあって、若い人の表現手段の一つになるほど短歌への敷居が低くなった。歌を詠む人が増えていると感じます」と喜ぶ。
 今回の受賞は「短歌にいただいたものととらえている」と話す。「この先も短歌はしぶとく生き延びると思います。1300年以上続くバトンを、次の世代にしっかりとつなげたい」

経歴
1962年、大阪府生まれ。早稲田大学在学中に短歌を始め、歌誌「心の花」入会。88年、「サラダ記念日」で現代歌人協会賞。2006年、「プーさんの鼻」で若山牧水賞。21年、「未来のサイズ」で迢空賞、詩歌文学館賞。

 

始まりは「夏の夜」、運命の全訳

翻訳家・松岡和子
シェークスピア全戯曲の翻訳

受賞者の業績
 こんなへりくだった言葉が必要だろうか――。客席で見るシェークスピア劇の女性のセリフに、常々引っかかっていた。自らが訳した「ロミオとジュリエット」は、ヒロインの言い回しを、従来の「お供をします」から「ついて行く」などと改めた。現代を生きる人らしい言葉遣いは、その後の訳者も踏襲している。
 英文学を志すならと大学でシェイクスピア研究会に入るも一度は挫折した。大学院で学び直すがついていけず。英国現代劇の翻訳をするうちに「夏の夜の夢」の新訳の声がかかる。「逃げたら通せんぼして。ぶつかると、なかなか素敵で。もっと行こうとすると、ボーンとはじき返されて」、運命の舞台が回った。
 シェークスピア全37作上演をめざす彩の国さいたま芸術劇場の訳を担当したのは50代から。「演出の蜷川幸雄さんと一緒にできる喜びが大きかった。この先何年かかるんだろうとか全く考えなかった」。複数ある原文を徹底的に読み比べ、稽古場で演出家や俳優と話し合い、直していく。「疑問が出たらみんなと一緒に解決するのが、私にとって自然な形だったんです」。日本人3人目、女性初の労作は、演劇界の結晶だ。

経歴
1942年旧満州生まれ。東京女子大、東大院を経て演劇評論や戯曲翻訳に取り組む。シェークスピア作品は93年から手がけ、37作を収めた全集が昨年完結した。翻訳戯曲に「クラウド9」、著書に「深読みシェイクスピア」ほか。

 

継続は力、生き物形成過程解明

理化学研究所脳神経科学研究センター長・影山龍一郎 
発生過程を制御する生物時計遺伝子の解明

受賞者の業績
 哺乳動物が、たった一つの受精卵から細胞分裂を繰り返し、生き物の形になっていく発生過程。椎骨(ついこつ)や筋肉のもととなる体節や、神経細胞が順序よく作られていく仕組みを解明した。
 体節や神経細胞は、似た部品が繰り返し作られて全体ができていく。そのタイミングを、ある遺伝子が一定のリズムを刻むことでコントロールしているのを見つけた。
 発見した遺伝子の機能を解明していたとき、働きが数時間おきに活発になった。「ちょっと変わっている。重要な働きをする遺伝子だ」と気づいた。実際、「Hes(ヘス)」と名付けたこの遺伝子が正しく働かないようにすると、体節がくっついたり、脳が小さくなったりと、正常に発生できなくなることを確かめた。
 ニューロンなど学習機能がある脳神経は、加齢によって数が減ったり、作られにくくなったりする。「神経幹細胞を活性化できれば認知症の治療につながるかもしれない」と次の段階の研究も進める。
 研究人生で大事にしてきたのは「継続すること」。「疑問を解くと次の疑問が出る。一つひとつ答えていくことが大事だと考えています」

経歴
1957年、大阪府生まれ。86年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。86年に米国国立がん研究所客員研究員、91年に京大医学部付属免疫研究施設助教授、97年に京大ウイルス研究所(現・ウイルス・再生医科学研究所)教授。2021年から現職。

 

したたかな植物の謎、明らかに

米テキサス大オースティン校教授・鳥居啓子
植物の成長制御と気孔の発生メカニズムの解明

受賞者の業績
 植物の葉に無数にある小さな穴「気孔」は、唇のように開閉して二酸化炭素を取り込み、光合成してできた酸素を吐き出している。この気孔が、一つの細胞からどのように作られ、葉の上にどうやってバランスよく散らばるのか。4億年以上も前、海から陸に上がった植物が獲得した巧妙な仕組みの謎を遺伝子レベルで明らかにした。
 米ワシントン大で助教授をしていた2003年、突然変異で葉が気孔で埋め尽くされたシロイヌナズナを見つけた。顕微鏡で見た瞬間「これはチャンス。植物の発生の本質に切り込める」とピンときた。
 気孔を作る司令を出す遺伝子を見つけ、壊すと気孔ができなくなることを確かめた。無音を意味する「ミュート」と名付けた。
 隣り合った細胞同士が信号をやりとりし、「私が気孔になるから、君らはならないで」とバランスをとっている仕組みも解明した。「脳もない植物の、したたかで賢い秘密を探り出すのは本当に楽しい」
 朝日賞の自然科学分野を女性研究者が単独受賞するのは初。「すばらしい研究をしている女性はたくさんいる。自分に続く人が出てくれたら」

経歴
1965年、東京都生まれ。93年、筑波大大学院生物科学研究科博士課程修了。2019年、米テキサス大オースティン校ジョンソン&ジョンソンセンテニアル冠教授。名古屋大トランスフォーマティブ生命分子研究所客員教授なども務める。