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週刊人間国宝

芸能 音楽(4)

三曲と地歌

竹内道敬 元国立音楽大学教授

 三曲(さんきょく)とは箏(こと)、三味線、尺八の合奏をいうが、尺八が参加したのは明治以降である。それ以前は箏、三味線、胡弓(こきゅう)の合奏だった。 [全文を読む]

富崎春昇/富山清翁/菊原初子/藤井久仁江/越野栄松/初代米川文子/中能島欣一/二代上原真佐喜/宮城喜代子/中田博之/米川敏子/六代山勢松韻/初代納富寿童/島原帆山/山口五郎/二代青木鈴慕/山本邦山

もっと知るために

写真【伝統を学ぶ】

 「ツルツルテン、ツンコロリン」  邦楽ならではの口三味線(くちじゃみせん)で谷珠美(たに・すみ)先生が指導をしている。 二間続きの8畳の和室に、先生と向かい合う形で箏が並べられ、数人ずつのグループごとに稽古をする。 [全文を読む]

写真【本・CD】

【本】
◎宮城喜代子 『箏ひとすじに』 文園社 1990年 1500円  天才箏曲家・宮城道雄(みやぎ・みちお)夫人の姪として生まれた筆者は、13歳で道雄の内弟子となり、道雄の死後は養女としてその遺業を継いだ。 宮城会の発展に尽くした半生の思い出。 [全文を読む]

今週の人間国宝名鑑

◆富崎春昇(とみざき・しゅんしょう)

1955年認定 1880.9.12−1958.2.2

大阪市生まれ。父は文楽の人形遣い吉田玉助。5歳で失明、8歳で富崎宗順に入門し地歌、箏曲などを習う。富吉春琴を名乗り、1906年富崎春昇と改名。18年東京に移住。枯淡のなかに華麗さのある演奏をした。

◆富山清翁(とみやま・せいおう)

1969年認定 1913.10.5−

大阪生まれ。富永敬琴から地歌と生田流箏曲を学び、1930年富崎春昇に入門、薫陶を受けて春昇の伝承する地歌の秘曲、古典のすべてを伝授された。48年独立して家元になり、地歌の第一人者として活躍。2000年に清琴から清翁に改名。

◆菊原初子(きくはら・はつこ)

1979年認定 1899.1.17−2001.9.12

幼少から父・菊原琴治に箏曲を、祖父・菊植明琴に三絃を習う。野川流地歌三絃秘曲、生田流箏曲組唄全曲を伝承し、また菊原家のみに伝承されている稀曲全曲も習得し、関西における地歌の第一人者として活躍した。

◆藤井久仁江(ふじい・くにえ)

2002年認定 1930.8.15−

幼少より母・阿部桂子から九州系地歌と生田流箏曲を習い、1935年から箏曲を宮城道雄に、36年地歌を川瀬里子に師事して本格的な修業につとめる。地歌の伝統的技法を高度に体現し、すぐれた演奏家になる。

◆越野栄松(こしの・えいしょう)

1956年認定 1887.3.19−1965.6.1

1902年四世山木千賀の内弟子となり、山田流箏曲の古曲の多くを伝承。流祖の「四つもの」(熊野・小督曲・長恨歌・葵の上)や「七曲」などの伝承に努めた。山田流免状所載の組唄36曲に『四季源氏』などの秘曲も伝えた。

◆初代米川文子(よねかわ・ふみこ)

1966年認定 1894.6.15−1995.5.31

岡山県生まれ。4歳で生田流箏曲を習いはじめ、1905年上京し、箏、三絃を修業。のちに地歌を富崎春昇、三味線組唄を田中梅と菊原琴治から習う。地歌、箏曲の古典伝承に努め、気品のある高い芸格に到達した。

◆中能島欣一(なかのしま・きんいち)

1966年認定 1904.12.16−1984.3.19

山田流箏曲中能島派の初世家元、中能島松声の孫で、5歳から箏を学ぶ。長唄、一中節なども習得。1928年四世家元を継承。箏・三絃の演奏だけでなく、作曲にも積極的で新邦楽、現代邦楽の中心的人物だった。

◆二代上原真佐喜(うえはら・まさき)

1970年認定 1903.12.10−1996.5.11

幼少より父・初世上原真佐喜のもとで山田流箏曲、三絃を習得。長唄、河東節、一中節も学んで、1933年二世を襲名。美音での唄物を得意とし、山田流古典曲の演奏だけでなく、作曲活動でも多くの名作を残した。

◆宮城喜代子(みやぎ・きよこ)

1983年認定 1905.3.2−1991.2.19

大津市生まれ。筝曲家、作曲家の宮城道雄の姪で少女期から宮城の門下になって修業。地歌三絃も学び、宮城の新曲や古典曲の採譜に従事。常に師の身辺で教えを受け、1956年宮城の急死後は、宮城の作品を正しく伝承した。

◆中田博之(なかだ・ひろゆき)

1990年認定 1912.12.25−2000.12.8

1927年越野栄松に入門し、山田流箏曲を学ぶ。越野の伝承してきた古典曲すべてを継承。山田流の「歌もの」ですぐれた演奏活動を継続した。東京音楽学校で作曲を学び、伝統を現代に生かす多くの作品を作曲した。

◆米川敏子(よねかわ・としこ)

1996年認定 1913.2.2−2005.12.13

幼少より生田流箏曲の父・米川琴翁の手ほどきを受け、小学生でラジオ放送に出演。作曲を平岡次郎に学び、1939年の処女作『苔水』を作曲して以降、多くの作品を発表し、現代邦楽の創作活動の中心的存在となった。

◆六代山勢松韻(やませ・しょういん)

2001年認定 1932.12.6−

幼少から実姉・五世山勢松韻に山田流箏曲を学び、1960年東京藝術大学を卒業後、山勢司都子の芸名で活動。さらに同大学大学院で伝統音楽を研究、山田流箏曲の伝統的技法を体得し、演奏活動をつづける。2000年六世山勢松韻を襲名。

◆初代納富寿童(のうとみ・じゅどう)

1967年認定 1895.10.20−1976.2.24

尺八の名手、三世荒木古童の内弟子になり、師の芸風を継承。1921年古童の死去により、琴古流荒木派を総括。琴古流本曲36曲と生田流、山田流の外曲を伝承し、『吟竜虚空』『鹿の遠音』などを愛好した。芸風は重厚かつ流麗。

◆島原帆山(しまばら・はんざん)

1982年認定 1901.9.16−2001.12.15

明治期に都山流を創設した中尾都山の直門となり、尺八の名人である師の芸風を継承。都山流本曲62曲のほか、地歌、生田流、山田流の外曲も伝承。演奏は音量が豊富で重厚かつ流麗。『岩清水』『八重衣』などを得意とした。

◆山口五郎(やまぐち・ごろう)

1992年認定 1933.2.26−1999.1.3

父・山口四郎から琴古流尺八を習い13歳で初舞台、14歳で放送に初出演など若い時から活躍。琴古流本曲を伝承し、外曲の尺八・箏・三絃の三曲合奏にもすぐれた。1963年琴古流竹盟社を継承。清冽な響きのなかに重厚な趣を伝えた。

◆二代青木鈴慕(あおき・れいぼ)

1999年認定 1935.10.4−

幼少から父・初世青木鈴慕に琴古流尺八を学び、1975年二世青木鈴慕を襲名。以後、一門を束ねている。琴古流のすぐれた演奏家として独奏、合奏活動をするだけでなく、箏・三絃との三曲合奏でも演奏成果をあげている。

◆山本邦山(やまもと・ほうざん)

2002年認定 1937.10.6−

幼少から都山流尺八奏者の父・初世山本邦山の手ほどきを受け、1946年中西蝶山に師事。58年二世山本邦山を襲名。尺八独奏や合奏だけでなく、箏・三絃との合奏でもすぐれた演奏成果を示す。99年から2005年まで東京藝術大学教授。

2007年05月22日

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