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週刊人間国宝

新認定2006・2007

籃胎

柳橋眞 金沢美術工芸大学大学院専任教授

 竹で編んだ素地(そじ)が籃胎(らんたい)で、それに漆(うるし)を塗ったものが籃胎漆器(しっき)だが、この名称が漆工界で頻繁に用いられているうちに籃胎だけで、漆まで塗った竹の漆器と解されるようになった。 [全文を読む]

宮城能鳳/小森邦衛/田口壽恒/野村万作/九世竹本綱大夫/鶴澤清治/七世杵屋巳太郎/二世宮薗千碌/森口邦彦/中島宏

もっと知るために

写真【伝統を学ぶ】

 美術や漆(うるし)に関する本がずらりと並ぶ、静かな一室が漆芸(しつげい)家・室瀬和美(むろせ・かずみ)先生の教室だ。 長方形のテーブルを囲んで、ひと月前から習い始めた若者や、30年も通う主婦など、様々な世代がいる。 [全文を読む]

今週の人間国宝名鑑

◆宮城能鳳(みやぎ・のうほう)

2006年認定 1938.7.30−

父・徳村磯輝から琉球古典舞踊を習い、1961年からは名優・宮城能造のもとで組踊を修業。組踊立方の研鑽を積み、特に女方として卓越した技法を高度に体得した。

◆小森邦衛(こもり・くにえ)

2006年認定 1945.2.18−

石川県立輪島漆芸技術研修所でキュウ(「髪」の「友」が「休」)漆や曲輪造、籃胎などの技法を着実に習得。それらのわざを基本に研究練磨を続け、漆工芸の町・輪島にあって気品溢れる作品を次々と発表している。

◆田口壽恒(たぐち・としちか)

2006年認定 1940.4.13−

江戸時代から続く鎚起職人の一派、長壽齋派の流れを汲む祖父と父のもとで修業。板金を叩いて精巧な飲食器を制作する職人であり、同時に伝統的な技術の中に自分らしさを探求する作家でもある。

◆野村万作(のむら・まんさく)

2007年認定 1931.6.22−

和泉流狂言方六世野村万蔵の次男として生まれる。芸質は明晰でしなやか。せりふも型も切れ味がよい。1977年(昭和52)、テレビのCMで野村万作の名はそれまで狂言を見たことのない人も知るところとなる。「釣狐」「花子」「木六駄」などで真髄を極める。

◆九世竹本綱大夫(たけもと・つなたゆう)

2007年認定 1932.2.14−

大阪に生まれる。長い間、師匠(先代八世綱大夫)の白湯汲みをして体に師匠の芸をしみこませ、厳しい稽古にも耐えた。理知的で音遣いの巧みな芸風。「綱大夫の『近松物』はいい」といわれる。

◆鶴澤清治(つるさわ・せいじ)

2007年認定 1945.10.15−

31歳の若さで抜擢され、四世竹本越路大夫の三味線を引退まで勤めた。よく回る手で、切っ先は鋭く間は厳しく、澄んだ妙音も武器。文楽では、戦後生まれの認定者は初。

◆七世杵屋巳太郎(きねや・みたろう)

2007年認定 1937.11.16−

東京に生まれる。大薩摩浄貢の別名にもみるように、大薩摩にもふさわしい強弾き。律儀な人柄と柔道、水泳、空手で鍛えた心身の練磨と、成蹊大学で得た近代知性に裏づけられている。また、油絵を描く趣味人でもある。

◆二世宮薗千碌(みやぞの・せんろく)

2007年認定 1944.11.6−

母の初世千碌からの薫陶を受ける。本業の宮薗節のほかに、荻江、長唄、清元を修めていて、荻江左記の名前での荻江節もすばらしい。宮薗節浄瑠璃では、四世宮薗千之以来30年ぶりの認定となった。

◆森口邦彦(もりぐち・くにひこ)

2007年認定 1941.2.18−

京都に、友禅作家・森口華弘の次男として生まれる。父を尊敬しその技法を受け継ぐも、具象的な父の文様とは異なり、抽象的・幾何学的文様の世界を求めた。日本伝統工芸展に独自の世界を確立し、先人のわざを時代に伝えるため尽力している。

◆中島宏(なかしま・ひろし)

2007年認定 1941.10.1−

青磁の世界で、古典的な陶磁の再現と模倣を拒み、個性的な表現を追及してきた最も代表的な作家の一人。1986年(昭和61)、87年の「青ジ(次の下に瓦)釉彩線彫文壷」などの一連の作品が真髄。青磁イノベーションの屋台骨を形成している。

2007年10月02日

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