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3世紀・奴国、最古の都市計画道路 博多・那珂遺跡群

2007年03月09日08時10分

 「都市計画」によって造られたとみられる国内最古の「道路」跡が、福岡市博多区の那珂遺跡群で見つかった。同市教委の発掘調査によるもの。

写真奴国の道路とみられる遺構。手前の溝の左側に幅7メートルの道路が広がる=福岡市博多区竹下の那珂遺跡群で

 古墳時代初頭(3世紀後半頃)の道路跡で、福岡平野に栄えた奴(な)国のメーンストリートとみられる。これはちょうど「魏志倭人伝」が記す邪馬台国の時代にあたる。

 見つかった道路は長さ100メートル、幅7メートル。両脇に幅70センチ、深さ60センチの溝を備えている。那珂遺跡群の北にある同時期の比恵遺跡群など十数カ所で断片的に溝の跡が出土しており、今回の発見で、全長1.5キロの直線道路が復元できるという。

 また、道路の脇には前方後方墳1基、円墳2基が見つかった。同遺跡の北150メートルには那珂八幡古墳があり、これらが道路に沿って並んでいる。

 市教委は「弥生終末期から古墳時代に変わる時期、奴国において計画的な都市整備が行われていたことがうかがえる」と話している。

 那珂遺跡群は弥生時代から古墳時代にかけての遺跡。「後漢書」には、奴国が西暦57年、中国に使いを送ったとあり、その時皇帝から贈られたのが志賀島出土の金印とされる。

 現地説明会は10日午前10時から午後3時まで。問い合わせは同市教委埋蔵文化財第1課(092・711・4667)。

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