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維新期の会津・庄内藩、外交に活路 ドイツの文書館で確認(2/2ページ)

2011年2月7日11時4分

 ドイツの公文書と同時に東大には貴重な資料がもたらされた。スイス在住のユリコ・ビルト・カワラさん(86)が長年調査したシュネル兄弟の記録だ。会津藩の奉行で戊辰戦争で戦死したカワラさんの曽祖父と親交があった。

 国学院大栃木短大の田中正弘教授によると、新潟港を拠点に東北諸藩に武器をあっせんしたシュネル兄弟は会津藩の軍事顧問をつとめたが、国籍不明で謎の人物とされてきた。兄が政治面を、弟がビジネス面を、分担したという。

 カワラさんの調査で兄弟の出自が判明。プロイセンの生まれで、父の仕事の都合でオランダの植民地だったインドネシアで育ち、開港直後に横浜にやってきていた。

 オランダ語ができたことが兄弟の強みだったようだ。プロイセンの外交文書は、ドイツ語の原文をオランダ語に訳し、2通そろえて幕府に出した。そうした文書が東大史料編纂所に残っており、ボン大のペーター・パンツァー名誉教授が調べて、オランダ語への翻訳に兄のサインを見つけた。武器商人に転じるまで兄はプロイセン外交団の一員だったことが確認された。「会津、庄内両藩とプロイセンを結びつけたのはシュネル兄弟でしょう」と田中さん。

 一連の研究は明治維新に新たな視点をもたらした。「英―仏の対抗図式に目を奪われるあまり、維新や戊辰戦争をより広い世界の中に位置づけることや、東北諸藩が武器、弾薬をどのように調達したのか分析する視点が不足していた」と東大の保谷徹教授は話している。(渡辺延志)

    ◇

■1868年の動き(●は確認された文書。日付は新暦)

1月27日 鳥羽・伏見の戦い

5月3日 江戸城開城

6月22日 奥羽越列藩同盟発足

7月4日 新政府軍、上野の彰義隊攻撃

 31日 ●駐日代理公使がプロイセン宰相に書簡。「会津、庄内両藩から北海道の領地を売却したいとの相談を受けた」

10月8日 新政府軍、会津若松城の攻撃開始

 ●宰相が海相に通知。「軍港の候補になるが断るつもりだ」

 18日 ●海相が宰相に返信。「日本の混迷が続けば領地獲得を考慮すべきだ」

11月6日 会津藩降伏

 10日 庄内藩降伏

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