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大震災 仙台の作家・佐伯一麦さんに聞く(1/2ページ)

2011年4月4日14時27分

写真:被災地に立ち、厳しい表情を浮かべる佐伯一麦さん=仙台市若林区拡大被災地に立ち、厳しい表情を浮かべる佐伯一麦さん=仙台市若林区

 作家の佐伯一麦(かずみ)さん(51)は、仙台市内の丘にあるマンションで暮らしている。東日本大震災から11日後、なお断水中で、貯水用のペットボトルが並ぶ部屋を訪ねた。日常を題材に私小説を描く作家に、日常を奪った震災について聞きたかった。

 部屋に入り、窓から遠く海岸が見えた。広大な浜に防潮林の松が並ぶ。穏やかな景色だと思った。

 「震災前と景色が一変したんですよ」。後ろから佐伯さんの低い声が聞こえた。「松の手前に集落があったんです」。目を凝らしても砂浜しか、見えなかった。

 地震の起きた日、佐伯さんは県内の温泉地にいた。翌日に帰宅したが、停電のためロウソクの火が頼りだった。テレビも見られず、津波の実感は薄かったという。

 東京から故郷の仙台に戻ったのが十数年前。何げない日常を私小説にしてきた。代表作『鉄塔家族』は近くのテレビ塔のふもとで暮らす人たちを描いた。塔は、以前と変わらずに立っていた。

 だが震災から3日、ふと窓の外を眺めた。「集落が消えている。これは、現実なのか」。日常の景色が非日常に入れ替わっていた。

 自宅から海岸まで、約15キロ。佐伯さんと車で若林区へ向かう。途中で佐伯さんの生家近くを通った。母親は避難所に身を寄せていたが、「消耗がひどく、横浜の兄の所に預けてきたんです」。

 海辺から5キロ。津波が到達した一線を越えると、景色は一変した。家の残骸や車が、田に散乱している。佐伯さんは言った。「知人の家が、ありませんね」

 無数の命を押し流した津波の跡。作家になる前、佐伯さんは電気工をしていた。「漏電した事故住宅のにおいが強烈にする。戦後の焼け野原も、このような感じだったのかもしれない」。じっと辺りを見回し、やっと言葉にした。「部屋から見ていた変化が目の前に突きつけられると……。希望なんて言葉は、まだ出てきません」

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