DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2018/01/26

「僕は『できる』と信じることにした」
スケボー少年が、義足でスノーボードの金メダリストになった理由

朝日新聞DIALOG編集部

平昌五輪の開幕まであと15日、平昌パラリンピックまで43日と迫った1月24日、東京都内の私立小学校を義足のパラリンピアンが訪れた。平昌パラリンピックから正式種目となる障害者スノーボード競技に米国代表として出場するエヴァン・ストロング選手(31)だ。

ストロング選手は、WOWOWが2月から放送するパラリンピアンの密着ドキュメンタリー番組の上映会のために来日した。24日朝、6年生の教室に入り、「オハヨウ」と日本語であいさつすると、平昌大会に向けての思いや義足になった経緯などを子どもたちに語った。

ストロング選手はハワイ・マウイ島育ち。4歳ころからサーフィンを始め、小学生になるとスケートボードに明け暮れた。「ちっともじっとしていられない僕に、『エネルギーを発散しておいで』と母がスケートボードをくれたんだ。自宅の庭に練習用のバンクを組み立てて、朝から晩まで滑っていたよ」

高校生の頃は、プロのスケートボーダーを目指していた。だがその夢は、18歳の誕生日を迎える10日前に突然、打ち砕かれる。バイクで走っていた時、対向車線からはみ出してきた飲酒運転の車にはねられたのだ。約3日間、生死の境をさまよった末、医師が下した判断は「左足のひざ下切断」だった。

「足を切断することになって、どういう気持ちになりましたか」。児童の質問に、「初めは『どうして僕が』という気持ちだったよ。もう一度、スケートボードやサーフィンがしたいと思ったけれど、どうしたらできるか分からなかったし、当時は身近に義足の人もいなかった。でも、生かされた命に感謝して、前向きに生きなくてはと考えていたよ」と振り返った。

義足を着けてリハビリに励んでいたある日、米国の自動車王、ヘンリー・フォードの言葉と出会った。

〈できると思えばできる。できないと思えばできない。どちらにしても、その人の思ったことは正しい〉

「だから僕は、想像力を駆使して『できる』と信じることにした」。リハビリを続けるうちに、歩けるようになるだけでなく、スケートボードやサーフィン、マウンテンバイクにも乗ることができるようになった。「彼の絶え間ない挑戦に、周りにいる人は常に圧倒されっぱなしなの」と、共に来日し、教室の後ろで聞いていた妻のマライアさん(26)はほほ笑んだ。

20歳の時、ふと手にしたスノーボードの雑誌に釘付けになった。「雪山を思うままに滑れたら、どんなに楽しいだろう」。大人になってからの挑戦だったが、「コンクリートよりも柔らかい」雪の世界に魅了された。体の使い方やボードの扱い方などは、スケートボードやサーフィンとも共通点が多く、めきめきと腕を上げた。カリフォルニア州に居を移し、国内外の障害者のスノーボード大会で次々とタイトルを獲得するようになった。

2013年にはスロベニアで開かれたワールドカップ大会で3位に入賞。翌2014年のソチパラリンピックでは、新規採用された男子スノーボードクロスの種目で金メダルに輝いた。「今までの人生で、あんなに誇らしく感じたことはなかった」と振り返った。

6年生のクラスで授業が終わると、次は講堂へ。3、5、6年生の児童約100人に向かって平昌大会への思いを語った。ストロング選手は「ディフェンディングチャンピオンとして、もう一度、金メダルを取りたい」と話した上で「テレビで放映される本番の演技や競技は、選手の努力のほんの一部分に過ぎない。その舞台にたどり着くまでに、一体どれほどの練習を重ねてきたか。そんなことに思いをはせながら見てもらえるといいな」と続けた。

最後に子どもたちに「Dream big and believe in yourself!(大きな夢を持ち、自分を信じて)」とエールを送った。

講演の合間には、体育館でストロング選手がスケートボードの演技を披露する場面も。子どもたちが、ストロング選手に腕や体を支えてもらいながらスケートボードを楽しんだ。

ストロング選手は同日夜、東京・有楽町でWOWOWが主催する平昌パラリンピックに向けたフォーラムにも出席した。

同局では一昨年から、パラリンピアンの私生活やトレーニングに密着しながら、その半生を振り返るドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」(これが自分だ)を制作・放送している。フォーラムでは、そのシーズン2(冬季競技)の1本として制作された、ストロング選手が登場する番組の特別試写会が行われた。上映後、番組のナビゲーターでナレーターも務める俳優の西島秀俊さんがストロング選手を舞台に呼び込むと、500人以上の聴衆から大きな拍手が湧いた。

さらに、プロテニスプレーヤーで、平昌オリンピック日本選手団のJOC公認応援団長を務める松岡修造さんの司会でトークセッションも開催。ストロング選手は、平昌パラリンピックのスノーボード日本代表に決まった成田緑夢(なりた・ぐりむ)選手、元フィギュアスケート日本代表の安藤美姫さんと、逆境の中で学んだことやアスリートであることの意義などについて語り合った。

ストロング選手が「つらい経験をすると、人の気持ちが分かるようになる。新しいチャレンジをすることで、人として成長していける」と語ると、練習中に足を負傷し、オリンピック出場の夢を断念してパラリンピックに転じた成田選手は、「僕はけがに感謝している。人生、メチャクチャたたきつけられることは実はあまりない。でも、僕はたたきつけられて、そこから学んだ。僕がスノーボードをすることで、『勇気をもらった』と言ってくれる人がいる。けがをしても、まだできることがあると分かった」と明かした。

「金メダルは良いけど、それにとらわれてはダメ。人と人との関係や、身の回りにあるものを大切にしないと」とストロング選手が言うと、司会の松岡さんが即座に「それは金メダルを持っているから言えることですね」と鋭く突っ込んだ。破顔一笑したストロング選手。
「あなたにとっての『WHO I AM』(自分らしさ)とは?」と聞かれると、「好きなことを仲間と一緒にして、つながり、分かち合うのが好きなんだ。それが、自分を前へ前へと進ませる原動力。年はとっても、中身は子どものままなのかもしれないね」と答えると、会場内も笑いに包まれた。

ストロング選手らが登場する「WHO I AM」シーズン2冬季競技3番組は、2月4日から毎週日曜夜9時に放送される。

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