2018/08/31

平成世代と振り返る「ゆとり教育」 これから求められる教育のあり方とは

Written by 朝日新聞DIALOG編集部

「平成」の時代は来年4月に幕を閉じます。朝日新聞DIALOGでは、平成を創った大人たちをゲストに迎え、新しい時代を担う若者たちがさまざまなテーマで平成を総括する連続セッション「平成世代が考える『平成30年』の先の未来」を開催します。
その初回が、「ゆとり教育」をテーマに8月2日に都内で開かれ、約80人の参加者が集まって議論しました。その模様をお伝えします。

セッションは3部構成。ゲストに元文部科学省大臣官房審議官でゆとり教育の推進役を担った寺脇研さん(66)と、前文部科学事務次官の前川喜平さん(63)を招き、平成生まれのゆとり世代6人とパネルディスカッションを行いました。

(平成世代と大人世代の参加者が集まった)

目指したのは「オーダーメイドの教育」だった

第1部ではまず、寺脇さんが、ゆとり教育の狙いや、それが生まれた時代背景を語りました。

「日本の教育は明治時代から、近代化や富国強兵といった『目指す社会』を実現するためのものと考えられてきました。戦後は経済的に豊かな国を目指して、どんどん詰め込み教育でやってきた。ところが、1970年代に入ると成熟した社会になってきた。それまでは、物の豊かさのほうが心の豊かさより大事と考える人が多かったけれど、1980年代には逆転したと思います。物の豊かさで釣って競争を促してきたが、それでは釣れなくなってきて、詰め込み教育からおちこぼれる子どもが出てきました。そこで1977年の学習指導要領改訂で、明治以来初めて、学校で教える内容や時間を減らした。

(ゆとり教育に込めた思いを語る寺脇研さん)

さらに画一的なやり方を変えようという流れができたのが、1984年に始まった臨時教育審議会(臨教審)でした。「個性重視」「生涯学習」「変化への対応」が掲げられた。個性重視は、もはや画一的な大量生産の時代ではないし、厳しい校則や人と違うことをしちゃいけないというプレッシャーが子どもを苦しめていたから。詰め込み教育ではなく、いくつになっても学びたいことが学べる生涯学習へ。明治から昭和までは社会の変化はだいたい予測の範囲内だったけど、平成に入って激動し始め、予測のつかない未来の変化に対応していかないといけない。学習指導要領というのは最低ラインの内容ですから、最低ラインを下げておいて、あとはもっと知りたいこと、学びたいことをやるという、できる限りオーダーメイドの教育を目指したのです。既製服ではなく、それぞれに合ったサイズやデザインの服を着るように、それぞれ違うカリキュラムをつくれるようにしようとした。とはいえ、明治から100年以上続いた成功体験があったので、それを壊すのかという批判を浴びました。それは覚悟の上でやっていたのだけれど」

ゆとり世代の子どもたちへの批判は想定外だった

会場の参加者にゆとり教育への印象を聞くと、半数以上が「悪い」に手を挙げました。

平成生まれのパネリストからも、ネガティブな意見が出ました。慶應義塾大学大学院修士2年の新居日南恵さん(24)は、「ゆとり世代とくくられて、何かが欠けているかのように言われて育った」と話しました。これに対し、寺脇さんは「私が批判されるのは仕方ないが、当時の子どもたちが『こいつらはゆとり世代でとんでもない』と言われるのは想定外だった。それは非常に残念で、申し訳ないと思っている」と謝罪しました。また、そこまで批判が強まった背景には「当事者ではない人たち」の存在があったといいます。「当事者である子どもや教師や保護者には、一生懸命説明して、土曜日休みも徐々に進めてきた。ところが、当事者ではないおじさんたちが『昔はこうやって勝ち抜いてきたのに、何やってんだ』と言ってきた。当時はバブル崩壊で大人が自信喪失していたことも影響しているのでしょう」

(ゆとり教育を受けた立場から話す新居日南恵さん)

東京大学大学院修士2年の石黒和己さん(24)は、ゆとり教育を肯定的に受け止めていました。小学生の頃に土曜日を学校の外で過ごしたことがきっかけで、中学からシュタイナー教育の学校に通い、今の活動にもつながっているといいます。一方で、「授業がなくなった土曜日の過ごし方は家庭環境の影響を受ける。豊かな経験を積める子もいれば、一日中ゲームをしたりハンバーガーショップに行ったりして過ごす子もいる。ゆとり教育によって格差が広がってしまう部分もあるのではないか」と指摘しました。

寺脇さんは「それは貧富の差よりも、学習に対する親の意欲の問題。少年スポーツや科学教室など、週休2日制になっていろんなものができたが、そこに子どもが行ったかどうかは、家庭の影響を受けたかもしれない」と話しました。これには教員免許をもつ早稲田大学大学院修士2年の野田雅満さん(24)が、「土曜日の過ごし方に対して、学校の先生はどんな役割を担ったのか」と質問。寺脇さんは「先生には授業と週末の体験をつなぐ役割を担ってもらいたかったが、ゆとり教育批判の高まりで思った通りできなかった」と残念がりました。

(左から寺脇さん、野田雅満さん、石黒和己さん)

「主体性を大事にする」というゆとり教育の考えは今も続いている

第2部では最初に、前川さんが、ゆとり教育への思いを語りました。

「個性重視や生涯学習をうたった臨教審の最終答申は、非常に大きなインパクトがありました。右肩上がりの時代は終わり、これから成熟社会に向かっていくなかで起きる大きな変化に立ち向かえる人間をどう育てていくか、という方向での見直しだったと思います。私は当時、出向先の宮城県教育委員会の課長でしたが、道しるべをもらったような思いがしたものです」

(ゆとり教育について語る前川喜平さん)

「ゆとり教育が批判にさらされた背景には、一人ひとりが主体性をもって学ぶと困る人がいたんだと思います。『国づくりのために教育がある』と考える人たちによる揺り戻しが、『脱ゆとり』へと向かわせました。しかし、学習者の主体性を大事にするというゆとり教育の考え方は、アクティブラーニングという言葉で今も続いています」

「主体性をもって学ぶ」というゆとり教育の狙いは、社会に正しく伝わっていたのでしょうか。そう問いかけたのは、台湾とフィンランドに留学経験のある青木優さん(24)です。ゆとり教育が始まった当時、小学生だった青木さんは、母親から「こんなに薄っぺらい教科書になってしまってはだめだから」と中学受験を勧められたそうです。「私はゆとり教育に対してネガティブな印象をもっていたけど、それは授業についていけない子のために教える内容を減らしたのだと思っていたから。同じように受け止めた人が多かったのではないでしょうか」

(ゆとり教育には批判的だったという青木優さん)

これに対し前川さんは、ゆとり教育批判の広がりにつながった「円周率が3.14でなく3になる」という大手塾の広告を例に挙げ、ゆとり教育の本来の狙いを次のように語りました。「円周率は3でも3.14でも3.1でもいいんですよ。単なる詰め込みではなく、生涯にわたって学び続けるための知識をつけることが大事だった」

評価はゆとり世代の活躍にかかっている?

一方で、前川さんは教える側の先生たちの課題も指摘しました。「ゆとり教育を機にできた『総合的な学習の時間』を学校の先生たち自身が生かし切れないケースも多かった。ある中学校では、先生方から『総合学習の時間は無駄だからやめてくれ』と言われたこともありました。とくに課題解決型の学習は教科横断的なので、すべての教科の知識をフル動員しないとできない。中学の先生は教科ごとに分かれているので、チームを組まないとできないという難しさがありました」

日本の社会や教育現場に対して、それぞれにゆとり教育の意義や取り組み方を周知し、理解してもらうことがいかに困難だったかが、若い世代とのやりとりを通じて見えてきました。慶應義塾大学4年の古井康介さん(23)は、「せっかく良いものをつくっても、言い方やとらえ方で壮大なディレクションミスがあったと思う」と話しました。ゆとり教育の評価をめぐっては、前川さんが「1990年代生まれの人たちがいかに輝くかが重要。実物を見て判断してくださいということだ」と締めくくりました。

(ゆとり教育をめぐる議論に耳を傾ける古井康介さん)

先の見えない未来へ、主体性をもつ個人を育てる

2008年の学習指導要領改訂で、授業内容と時間は再び増加。2017年に公表された新指導要領では、小学校で英語を教科化するために授業時間がさらに増えるとともに、「主体的・対話的で深い学び」が掲げられ、「量も質も」追う方向に進もうとしています。第3部では、次の時代に求められる教育のあり方について意見を交わしました。

寺脇さんは、次のように語りました。
「少子高齢化や情報技術の発達、自然災害の多発など、社会の変化はこれからますます加速していくだろうが、いつ、どう変わるかは分からない。それだけ未来が見えない。これから先のことを、あなたたちゆとり世代が議論してくれるだけでもうれしいし、2030年代に何が必要なのかは皆さんに考えてもらわないといけない。考え、議論すること自体は将来も不必要にならないはずだ」

平成生まれの若いパネリストたちからは、次の世代のために目指すべき教育の方向性が提案されました。大学のキャリアアドバイザーなどとして多くの学生と接する喜多恒介さん(29)は、「学びたいことや、やりたいことがないという大学生が少なくない。自分は何が楽しくて、何をつまらないと感じるのかを知るには主体性を育むことが大事。そのための個別のカウンセリングを充実させることが、学校の役割になる」。公立高校で出前授業を行っている石黒さんは、「学校に期待する機能や責任が重すぎる。社会や家庭での教育を充実させ、学校を拡張してオープンな場にしていくことが重要」と話しました。

(これからの教育について語る喜多恒介さん)

前川さんは、「多くの若者が、先の見えない不安を抱えながら、その不安を乗り越えて主体的に生きるか、不安に負けて権威にすがるかの分かれ道に立たされている」と、ゆとり世代の現状を推し量り、「不安を乗り越えられるかは、自立した主体的な個人がつながり合い、信頼に足る社会をつくれるかにかかっている」と語りかけました。

来場した参加者にも、セッションの感想を聞きました。

団体職員の男性(25)は、「ゆとり教育にはネガティブな印象があり、ゆとり世代の自分も自己肯定感が低かった。活躍する同年代の人たちの話を聞けたし、寺脇さんと前川さんからの『君たちだからこそつくれる社会がある』というメッセージに自信をもらいました。二刀流の大谷翔平選手やユーチューバーも、ゆとり世代だからこそ前例のないことができるのではないかと思う」と話しました。

不動産会社社員の男性(39)は、「学校の外でどう過ごすかは親の意識や経済力の影響が大きい。有意義な時間を過ごしてゆとり教育を生かせる人には良かったと思いますが、家庭環境に恵まれなかった子に、学校外でどんな気づきを与えられるかまではケアできず、結局、格差を広げたのではないかと思う。目指す方向性に異論はないけど、成長する機会は公平に与えられるべきです」と指摘しました。

〈登壇者プロフィル〉
寺脇 研(てらわき・けん)
1975年、文部省(当時)入省。初等中等教育局職業教育課長、広島県教育委員会教育長、大臣官房政策課長、文部科学省大臣官房審議官生涯学習政策担当などを歴任。1990年代末から2002年にかけて、いわゆる「ゆとり教育」の広報に努め、「ミスター文部省」と呼ばれる。2006年退官。現在は京都造形芸術大学客員教授。

前川喜平(まえかわ・きへい)
1979年、文部省(当時)入省。文部科学省初等中等教育局教職員課長、大臣官房総括審議官、官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官、文部科学事務次官などを歴任。2017年退官。現在は主宰する「現代教育行政研究会」の代表。著書に『これからの日本、これからの教育』(寺脇研氏との共著/ちくま新書)など。

青木 優(あおき・ゆう)
1994年生まれ。お茶の水女子大学卒。日本の若者が、仕事も家庭も両立させたキャリアを自由に設計できることをテーマに、台湾とフィンランドに留学し、現地でインタビュー調査などを実施。以降、多様な生き方が尊重される価値観と家族の枠を超えた人々の交流の大切さが個人としてのテーマの一つに。企業・自治体を巻き込み、新しいライフキャリアスタイルの提言等に取り組む。

石黒和己(いしぐろ・わこ)
1994年生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士2年。「想定外の未来をつくる!」をコンセプトに10代に向けたプロジェクトを行うNPO法人青春基地の代表理事。日本の若者の自己肯定感や意欲の低さへの取り組みとして、アクションから学ぶProject Based Learning(PBL)を公立高校の授業で行っている。中高時代はオルタナティブ教育の一つであるシュタイナー教育を受けた。

喜多恒介(きた・こうすけ)
1989年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士2年。株式会社キタイエ代表取締役。「人と人とのつながりで社会を良くする」をテーマに、100人以上のプロジェクトの実施や支援を行う。代表的なものに、全国から延べ1250人の学生リーダーが集まった「Next Leaders Meeting2013」、全国の500の学生団体のメンバー6500人のネットワーク「JASCA」など。

新居日南恵(におり・ひなえ)
1994年生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士2年。学生が子育て家庭の日常生活に1日同行し、生き方のロールモデルに出会う体験プログラム「家族留学」を行う株式会社manma代表取締役社長。文部科学省「Society5.0に向けた人材育成に係る大臣懇談会」構成員、日本国政府主催国際女性会議WAW!アドバイザー、「Forbes JAPAN WOMEN AWARD2017」ルーキー賞。

野田雅満(のだ・まさみち)
1994年生まれ。早稲田大学大学院教育学研究科修士2年。アメリカの発達心理学者エリクソンの教育思想を研究。学部時代、小・中・高・特別支援学校の教員免許を取得。株式会社POTETO Media教育事業部で「新しく、面白く、わかりやすい」主権者教育の授業案の作成、実践を担当。高校の主権者教育や小学校のサマースクールなどで講師を務めた。

古井康介(ふるい・こうすけ)
1995年生まれ。慶應義塾大学経済学部4年。政治をわかりやすく発信するメディア「POTETO」を運営する株式会社POTETO Media代表取締役社長。日本国政府主催国際女性会議WAW! 2017PRアドバイザーを務めたほか、企業などのプロモーションも手がける。毎日新聞「政治プレミア」、日本経済新聞「日経カレッジカフェ」などで連載中。

連続フォーラム「平成世代が考える『平成30年』の先の未来」は、来春までさまざまなテーマで開催する予定です。
次回は9月19日(水)19時から朝日新聞東京本社(中央区築地5-3-2)で開催します。
テーマは「人口減少と外国人」です。

日本の将来を考えるうえで、急速な人口減少は避けて通れない大きな課題です。
当面の対策として考えられるのは定住外国人(移民)の受け入れでしょう。
ところが、平成の30年間、議論は進みませんでした。
専門家をゲストに迎え、ともに考えます。

平成世代の方はもちろん、それ以前の世代の方もぜひお越しください。
参加は無料。事前登録制です。
登録はこちらから。https://eventregist.com/e/heisei2

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