2018/09/25

未来を描くストーリーは、創業時の理念が教えてくれた
江戸時代から三陸の漁民の利益に貢献する「アサヤ株式会社」

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東日本大震災で壊滅的な被害を受けた三陸の漁業。それを立て直そうと奮闘しているのが、宮城県気仙沼市で漁具の製造・販売などを営む、1850年創業の老舗「アサヤ株式会社」です。中小企業の経営者から、事業にかける思いや、困難を乗り越えたエピソードなどを寄せてもらうコンテスト「『経営の数だけ答えがある』ストーリー審査会」(エヌエヌ生命保険株式会社主催)でグランプリに輝いた同社を、審査委員長を務めた元フジテレビアナウンサーの木佐彩子さんが訪ね、専務取締役の廣野一誠(ひろの・いっせい)さんに、ストーリーに込めた思いを聞きました。

「経営者に近づいていける仕事」という視点でキャリアを選択

木佐 この度はグランプリ受賞おめでとうございます。廣野さんが応募されたストーリーを読ませていただき、そのリアルな思いに触れて、まるで私自身がその場に居合わせたような気分になっていたので、今日初めてお会いしたという気がしません(笑)。

廣野 ありがとうございます。そう言っていただき、とてもうれしいです。こんなふうにテレビに出ている方を目の前にして緊張していますが、よろしくお願いします。

木佐 廣野さんは、小学校を卒業後、親元を離れて全寮制の中学・高校に進学されたそうですね。

廣野 両親の薦めもあって、大阪の一貫校で学びました。大学時代は東京で過ごし、そのまま東京で就職したため、2014年に気仙沼に戻るまで、人生の半分以上、地元を離れて過ごしていました。

木佐 アサヤさんは1850年創業という長い歴史があって、子どもの頃からお父様の姿などを見ていたと思いますが、将来会社を継ごうと考えていたんですか。

廣野 小学校までしか地元にいなかったこともあり、実は家業のことも漁業のことも詳しく知っていたわけじゃありません。ゲームが好きで、パソコンでゲームを自作するなどして子ども時代を過ごしていました。パソコン熱は大学に入ってからもずっと残っていて、外資系のIT会社のコンサル部門に就職しました。でも、いずれは地元に戻り、会社を継ぎたいという気持ちはありましたね。

木佐 ITコンサルは人気の職種ですが、就職後も気持ちは変わらなかったんですね。

廣野 就職先を選ぶ際、「経営者に近づいていける仕事がしたい」と、将来の自分につながる職種にこだわりました。地元への愛着が強く、地元に戻って会社を継ぎたいという思いは変わらなかったですね。入社後しばらくして、仕事がだんだん技術寄りになり、その先に「経営者がいない」気がして、このまま仕事を続けるべきか悩んでいた時に、尊敬していた先輩がベンチャー企業を立ち上げ、優秀な人のもとで学びたいという思いでそちらに転職しました。お客さまに提案し、納得いただいてお金を出してもらえなければ一人前ではないと考えていたため、自分がコンプレックスを感じていた営業の経験を、教科書みたいな人のもとで積むことができるチャンスだと捉えていました。

木佐 自分に足りないもの、必要なものを常に客観視して、自分のキャリアを選んでこられたのですね。

将来に向けた事業構想を行うなかで、創業当時の理念に立ち返った

木佐 2011年3月の東日本大震災で会社が甚大な被害を受けたと伺っていますが、その際は、どちらにいらっしゃったのですか。

廣野 ベンチャーに勤め始めて半年たったくらいの時期で、東京にいました。震災発生直後、父以外の家族とは連絡が取れたのですが、父とは10日ほど連絡が取れず、離れた場所で不安な日々を過ごしていました。東京でもやもやした気持ちのまま仕事を続け、ようやくゴールデンウイークに気仙沼に帰ったんですが、「どうやってこの瓦礫を片付けるんだろう」というのが正直な第一印象で、途方に暮れたことを覚えています。こういう状況だったため、両親からは、受け入れ態勢もままならないから東京にいてくれたほうが安心だと言われ、しばらくは東京で様子を見ることになりました。そのうち子どもが生まれ、結局2014年の春まで戻ることができませんでした。

木佐 その間、アサヤさんはどのように事業を復活したのですか。

廣野 今日、お越しいただいたこちらの社屋は、2013年の冬に完成したのですが、それまでは、プレハブの仮設の建物で、社員の皆さんが、がんばってくださいました。復興の手伝いができなかった私は、本当に厳しい時間を過ごしてきた社員や地元の方に足を向けて眠れない気持ちでした。そのため、この新しい建物に入る際にも引け目を感じました。でも、いろいろと教えてもらいながら、しっかりとアサヤを継いでいくという決意をすることで、感謝の意を示そうと考え、奮起しました。

木佐 たくさん悩んだ末、創業当時からの「漁民の利益につながる、よい漁具を」という理念に立ち返られたそうですね。

廣野 戻って来てからは、ホームページや社内システムの整備など、まずは自分が得意なことから始めたのですが、「役に立てている」という実感はありませんでした。その後、「経営未来塾」という事業構想を考える場に参加し、改めて自社や地元の漁業が抱える問題などを調べてみました。将来的に先細っていくかもしれない三陸だけではなく、海外への事業展開などの構想も練っていましたが、最終的に自分が出した結論は、三陸の漁業に貢献したいということでした。これまでの自分のキャリアを振り返ってみると、そこには常に「お客様本位」という姿勢がありました。お客さまのために何かをすることこそが商売だという思いです。地元の漁師の方が大変な時はそれを支え、ともに栄えていく。それがアサヤらしさではないだろうかと考えていたところ、古い新聞のインタビューで、先代が「漁民の利益につながる、よい漁具を」という理念を大切にしていることを知ったのです。

木佐 事業構想というと、先のことばかり考えがちですが、過去にヒントがあることによく気づきましたね。

廣野 両親からもアドバイスをもらいました。この理念に出会って、本当に良い言葉だなと感じ、名刺やホームページ、新たに作った会社案内に記載し、皆が意識できるようにしました。

伝統ある会社の理念を自分なりに解釈し、新たな価値観を創出

木佐 パンフレットを拝見すると、「漁民の利益につながる、よい漁具を」という理念のほかに、「社員が主役になれる仕事」「三方よしの三百年企業」という言葉が並んでいます。

廣野 それぞれ、創業当時からの理念、現社長である父が掲げた理念、そして私が大切にしている理念です。1850年から続いている理念についても、自分なりに解釈し直そうと考え、「漁具」という言葉を「商売」に替えようかと思ったのですが、どうもしっくりきませんでした。そのうち、「漁具」という言葉を広く解釈すればいいのだと気づきました。つまり「漁師の皆さんが生きながらえていくための道具」と考えたら、魚を売るためのネット販売や、地域活性や観光も「漁具」と言えるのではないかと。漁師さんのPRや後継者の採用につながるわけですからね。「跡継ぎを釣るための釣り具」というわけです(笑)。

木佐 うまい(笑)!

廣野 「社員が主役になれる仕事」というのは、人生の大半を費やす仕事ですから、自分が主役だと思って働かなければいい仕事はできません。そのためには、「好き」で「得意」で「裁量」があり「評価」される仕事を社員に提供できる会社にすることが大切だと解釈しています。3番目の「三方よしの三百年企業」は、会社が長く続くことが何より大切だ、という僕の思いです。組織が存続する目的とは何かを問い直した際、それは周りに喜ばれることだと思いました。社員にも、お客様にも、地元の人たちからも愛される会社こそが、未来にわたって存続していく資格がある、そんな風に考えています。僕が67歳になった時、会社は創業200周年を迎えます。300周年はさすがに見届けられませんが、僕の次の代までしっかりと経営が続くように、という思いで「三百年企業」と言っています。

木佐 なんだかとても勇気付けられるメッセージが込められていますね。今後チャレンジしたいことはありますか。

廣野 アサヤの伝統的な漁具を扱う仕事のほかに、「しごと場・あそび場 ちょいのぞき気仙沼」という事業を行っています。これはおかげさまで、観光王国みやぎおもてなし大賞、「新しい東北」復興・創生顕彰をいただきました。気仙沼ならではの仕事を観光資源にしたところが評価されました。アサヤでは、漁具を紹介しながら、牡蠣の養殖やマグロの捕獲も紹介するプログラムを提供します。漁師や漁獲量が減るなか、何もしなければアサヤもいらない会社になってしまいます。そうならないために、まずは漁師の皆さんが元気になれるよう、気仙沼に多くの人が来てくれるよう、観光事業に着目しました。もう一つ「気仙沼さん」という通信販売サイトの事業を引き受け、気仙沼の魚のファンになってくれる人を増やそうと考えています。

木佐 廣野さんが新たな視点で地元を見らえるようになったのは、一度外に出たからかもしれませんね。

中小企業の魅力は、人の役に立っていることをより実感できること

木佐 地元を離れ、グローバル企業での仕事も経験された廣野さんが、新たに見出した中小企業の魅力は何ですか。

廣野 よくうちの営業社員から聞くのですが、お客さまから「アサヤから買っているんじゃなくて、あなたから買っているんだ」という声をいただくそうです。そこには濃い人間関係があり、あなたに助けてもらっているという意識が互いにあるわけです。これまで私自身も、人の役に立っているという実感を伴わない仕事には、モチベーションを上げることができませんでした。弊社のようにお客さまとの距離が近い中小企業では、「俺がいないとこの浜は困るんだ」という意識と存在意義を感じて仕事ができることが魅力だと思います。

木佐 人から必要とされること。本当にそれが一番大切ですよね。

廣野 アサヤでは、漁師の方に「こんな商品がありますよ」と営業するのではなく、地域を見回るイメージで、漁師の方の「跡継ぎがいなくて困っている」「燃料代が高い」「魚が最近採れない」といった声に耳を傾けながら、必要なものを一緒に考えています。アサヤの朝礼でも、営業の数字ではなく、お客さまの困りごとを共有するようにしています。

木佐 現場の声を聞きながら、必要なものを揃えるんですね。そうなると、漁具の知識だけではなく、地域ならではの特徴を把握していなければ務まりませんね。

廣野 その通りです。三陸には三陸ならではの地形や漁法があります。私たちのような地元を知り尽くした企業の存在価値は大きいと自負しています。地元を長く離れていたからこそ思うのですが、人のつながりが強いことが地方の強みではないでしょうか。確かに、プライバシーが無いと感じることもありますが、自分でいざ事業を始めてみると、そういう環境だからこそ、すぐに誰かに相談できたり、支援を得られたりする。この環境こそが、行動の原動力になります。人手不足と言われる昨今、後継者や人材を確保するためにも、自社の存在理由をしっかりと認識し、社会に対してビジョンを明確に示していくことで、他の会社に置き換えられないような理念を伝えることが大切ではないでしょうか。

木佐 廣野さんの取り組みは、地域で頑張る企業のロールモデルとなりそうですね。また、将来は、地方の企業をリードするような役割も期待されそうですね。本日はありがとうございました。

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