
南インドの都市、チェンナイ。東インド会社の貿易拠点でもあったこの街で、筆者は昨年12月から働いている。社会人を新興国に派遣する日本のNPO法人クロスフィールズの「留職」プログラムで、チェンナイの障害者雇用に取り組む企業でインターンをしているのだ。前編ではインドの障害者雇用の現状をお伝えしたが、この稿では、障害児教育の今について伝えたいと思う。

1月中旬、チェンナイから車で5時間ほどの農村部にある聴覚障害児の学校を訪れた。ここでは6~18歳の子どもたちが学んでおり、聴覚障害に加え、身体障害や精神障害のある子どもたちも在籍している。自立して生活できる聴覚障害児の多くは、敷地内の寮で暮らしている。
授業を見学させてもらった。日本の学校とは違い、積極的に手が挙がる。先生が問いかけをしなくても自然と質問が出るほどで、問いかければ、回答したくて勝手に前に出てくる子どもも少なくない。こう書くと、まるで彼らの声が聞こえてきそうだが、もちろん彼らは耳が聞こえない。そして、言葉を発することも難しい。言葉にならない音を発することができる子どもも何人かいるが、それ以外は手話で、体の動きで、全身でアピールしている。一方的に先生の話を聞き、ノートをとるのが普通だった日本の学校で育ってきた筆者には、このにぎやかな教室の様子は衝撃的だった。

インドでは、所属するカーストや部族の障害のない子どもに比べ、障害児が学校に通っていない割合は5倍高いと指摘されている。筆者が訪ねた子どもたちが、学ぶ意欲に満ちあふれているように見えたのは、こうした事情とも無縁ではないのかもしれない。
しかし、こんなに一生懸命に学んでも、就職には困難が伴う。国際労働機関の調査では、インド国内の障害者のうち、雇用されているのはたった0.01%にすぎないというデータがある。背景には、彼らが高等教育までたどり着けていない現状がある。
インドの人的資源開発省によると、特別支援教育を必要とする児童の89%が小学校に通っているが、中等学校になると10分の1の8.5%に、さらに高等学校になるとたったの2.3%に激減するという。ちなみに日本では、特別支援学校の中学部や中学校の特別支援学級に在籍した生徒の9割が、高等部や高校に進学している。
また、仮に高等教育を受けられたとしても、卒業時点で企業が求めているスキルを十分に身につけられるかどうかは分からない。インド国内の障害者の7割は農村部に住んでいるとされ、就職に必要な教育やスキルをすべての障害児に届けることも難しい。
筆者のインターン先であり、障害者の雇用支援を担う企業「v-shesh」の経営者、シャシャンクによると、「英語のタイピングやエクセルなど、基礎的なパソコンスキルは就職の最低条件」という。特に聴覚障害者の場合、多くはデータ入力や会計関連のパソコン処理業務に携わることになるためだ。公的機関も障害者の就労訓練を実施しているが、「企業のニーズを正確に把握していないことが多い」と指摘する。
就職には英語が必須と言われても、聴覚障害があると、言語の習得は困難を伴う。そこでシャシャンクは、3カ月限定で実験的に、手話で英語を教えられる講師を派遣している。
学び始めて2カ月がたった時点で筆者が訪問したところ、自分の家族を英語で紹介する文章を書く練習をしていた。ある少年は、自分の名前を英語で書いたうえで、「日本語で書いてほしい」と、頼んできた。コミュニケーションに対する積極性が、彼らの言語習得のスピードを加速させているように思えた。障害があっても、就労に必要な教育を受けられるようになれば、彼らや彼らの家族の人生は大きく変わる。

インドでは2016年に障害者権利法が成立し、企業が障害者雇用に関する指針を策定し、公開することが義務づけられた。障害者の就労を進めるための環境整備は、グローバル企業を中心に広まっており、障害者の雇用は今後ますます拡大していくだろう。そしてそれは、1400社近くにのぼる、インドに進出している日系企業にとっても、無視できない動きになっていく。