DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

ソーシャルイノベーターに聞く
「ゲノムの知識を使い、社会の課題を解決したい」高橋祥子さん(31)

Written by ジュレット・カミラン with 朝日新聞DIALOG編集部

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGには、若きソーシャルイノベーターが多数かかわっています。高橋祥子さん(31)は大学院在学中に、個人向け遺伝子解析サービスを提供する株式会社ジーンクエストを起業し、ミドリムシの研究開発・販売で知られる株式会社ユーグレナの執行役員も務めています。「研究成果をサービスという形で社会に提供しながら、研究も進む仕組みをつくりたい」という高橋さんに、遺伝子研究と会社経営の醍醐味を聞きました。

Q: ジーンクエストの「個人向け遺伝子解析サービス」とはどのようなものですか?

A: 解析キットを購入したお客様は、弊社に採取した唾液を送付するだけで、ご自身の生活習慣病などの疾患リスクや、体質にかかわる遺伝情報を知ることができます。健康リスクが事前に分かれば、予防できます。また、自分の祖先がいつごろ、どの辺りで誕生したのかなど、祖先の歴史を推定することもできます。

私たちは、蓄積したゲノムデータやアンケートデータを匿名化したデータを活用し、研究開発を行っています。そして、個人向けのサービスを行うとともに、製薬企業などに研究のソリューションを提供しています。

Q: 実際に遺伝子解析を受けた人の反応はどうですか?

A: やはり疾患リスクを事前に知っておきたいという方が多くて、遺伝子解析を受けただけで健康意識が高まることなどが、アンケートから分かっています。これまでは自分の将来の健康リスクを知ることはできませんでした。それが分かるようになったのは大きいですね。

ただ、知りたいか知りたくないかを、きちんと選択できるようにする必要があるとも思っています。弊社では行っていませんが、全ゲノムを解析すると重度の疾患にかかわる分析も可能です。たとえば、「この遺伝子を持っていると、絶対にこの疾患になるけれど、治療も予防もできません」といった解析結果が出る可能性がある場合、それを知りたいか知りたくないかは、人によって違います。本人がそこまできちんと理解したうえで、選択できるようにする必要があると思います。

Q: 遺伝子研究に興味をもったのはいつですか?

A: 私は幼稚園から小学2年生まで、父の仕事の関係でフランスにいました。学校では外国人は私一人でしたが、いじめられることもなく、逆に「これは日本語ではなんて言うの?」などと聞かれることが誇らしかった。人と違うことはステキなことだと学びました。ところが、帰国してみると、日本では同調圧力が強い。医師である父からは「他人軸で考えるのではなく、自分がよいと思うことを究めなさい」と教えられました。

京都大学農学部に進み、分子生物学を学びました。分子生物学を専攻する人は必ず遺伝子情報を扱います。農学部だけでなく、理学部でも、薬学部でも、医学部でも遺伝子情報は扱っています。遺伝子情報は、生命科学の研究では最も根本となる部分なのです。

Q: 東京大学大学院在学中に起業しました。きっかけは何でしたか?

もともとは、大学に残って研究を続け、いずれは教授になりたいと思っていたのですが、誰が研究成果を社会に還元していくのかを考えるようになりました。ゲノムに関する研究成果をサービスという形で社会に提供しながら、結果的にデータを蓄積でき、研究も進んでいく仕組みをつくりたかった。研究成果を使いながらサービスを提供し、サービスを提供しながら研究が進む。研究が進んだら、またサービスにフィードバックさせる。そういうサイエンスとビジネスを回すシステムをつくらなければ、この分野は発展しないと思ったのです。それを行うための最適な手段として、起業という選択をしました。

Q: 起業して大変だったこと、よかったことは何ですか?

A: 起業が大変だったというよりも、社会人のステップを踏まずに起業したので大変でした。最初はメンバーも少ないので、全ての業務を自分で一通りやらないといけない。経理、財務、採用、サービスづくり、お客様対応、営業、業務管理……全部が初めてなので、たくさん失敗しました。一方で、起業後のほうが、たくさんの経験も研究もできています。いろんな研究プロジェクトをいろんな大学とし、論文も発表しています。そういう意味では起業してよかったなと思います。

現在の研究者を取り巻く環境は本当に厳しい。ポスドク(博士研究員)の数に見合うだけのポストは、大学にはありません。この状況を打開するには、ポスドクのマインドも変わる必要があると思います。純粋なアカデミアの中で研究する以外の選択肢も、今はたくさんあります。研究者にも働き方の多様性が生まれているということを、きちんと認識しないといけない。それは大学の外に出ないとわからないかもしれませんが……。

Q: 遺伝子を研究していて、一番楽しいことは?

A: 自分の体にも密接に関係しているところです。また、この分野ではすぐれた論文が次々に発表されています。新規性がないと論文になりませんが、その論文数の伸びがすごい。科学の発展、人類の発展に貢献している感じはすごくありますね。

Q: 今後、遺伝子研究を続けるうえでの目標は?

遺伝子情報は、まだ全体の1%ほどしか分かっていないといわれているので、それを解明したい。人類の進化とは、知識を蓄積していくことと、それによって課題解決力が上がっていくことだと思います。知識を増やすのは科学の役目、課題解決力を上げるのはテクノロジーの役目です。ゲノムの機能を全部解明できれば、テクノロジーもどんどん進化するでしょう。そうして得られた新しい知識、技術を使えば、例えば認知症の予防や治療など、今はまだ確たる解決策がない社会課題も解決できると思います。人や国、社会が抱えている課題を解決していきたいです。

Q: 経営者としての目標は何ですか?

A: 課題を解決するためにも、ビジネスにおいても、遺伝子情報のデータ数や母集団が重要です。日本ではまだ、遺伝子解析を受けた人は少ない。それをいかに広げていくかということと、そのデータを活用して新しい知見を蓄積していくことが目標です。

現在のゲノム研究の8割は、欧米系が母集団の研究です。アジア系のほうが人口は多いのに、研究は少ない。欧米系とアジア系では遺伝的なバックグラウンドが大きく異なることが分かっています。私たちは、欧米系ではなく、日本人やアジア系を母集団にした研究、データ収集を進めていきたいと思っています。

Q: 2030年の世界はどのようになっていると思いますか?

A: 日本は平均寿命が長く、2025年に超高齢社会を超え、超超高齢社会になります。世界各国もやがて似たような状況に直面するわけですが、日本が一番先にぶつかります。大きな課題の一つは、高齢化に伴う疾患の発生と、ケアする人材の不足です。2030年ごろには、日本がゲノムのテクノロジーを活用して、こうした課題を解決し、世界に発信できるようになるといいなと思っています。

高橋祥子(たかはし・しょうこ)
株式会社ジーンクエスト代表取締役/株式会社ユーグレナ執行役員バイオインフォマティクス事業担当
1988年生まれ。京都大学農学部卒。2013年、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在学中に、個人向けゲノム解析サービスを提供する株式会社ジーンクエストを起業し、18年から株式会社ユーグレナの執行役員も務めている。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ2018」に選出。ジーンクエストは「第2回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)、「第10回日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞を受賞。著書に『ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

pagetop