DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2019/06/27

使ったのは無償の設計図と3Dプリンター
自分の義手を自作して、私が気づいたこと

Written by 乙部修平 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル(POTETO)

事故で手を失いながらも、自ら義手を製作することで「障害」を乗り越える。バイオニックハンド(筋電義手)の専門家として知られるニコラ・ユシェさん(36)は、そんなチャレンジを続けています。多くの協力者とともに製作した義手は、従来のものと比べ大幅なコストダウンを実現しました。現在は「My Human Kit」という団体を運営し、義手や義足などの製作技術の研究・開発・普及に取り組んでいます。6月29日に東京大学本郷キャンパスで開かれる日仏討論会「拡張された人間―身体の補完から拡張へ?」に出席するために来日したニコラさんに、一足早くインタビューしました。

18歳で初めて使った義手にがっかり

—— 2002年に事故で右手を失ったそうですが、どのような事故だったのですか?

当時、18歳だった私は、金属加工工場で働いていました。まだ仕事に慣れておらず、機械の安全装置も今ほど発達していなかったため、プレス機で右手を切断してしまいました。左利きだったのが、不幸中の幸いでした。(苦笑)

—— 初めて義手を装着したときは、どのように感じましたか?

右手を失ったとき、医師は「手のように精密に動く義手があるから大丈夫だ」と励ましてくれました。しかし、実際に装着した義手は、カニバサミのように物をつかめるだけで、指を1本ずつ動かすことはできず、非常にがっかりしました。義手は利用者が少なく、マーケットが小さいため、1960年代からあまり発達していなかったんです。

—— その義手はいくらしましたか?

全額、保険が適用されたので分かりません。ただ、現在の一般的なものは、義手とモーターなどを合わせて約1万ユーロ(約122万円)します。

—— なぜ、自分で義手を作ろうと思ったのですか?

そう思ったのは、右手を失って10年ほど経ったころでした。その間に、戦争などで義手の需要が高まり、少しずつ製品の性能が上がりました。親指の角度を自由に変えられて、コップを持てたり、名刺を受け取れたりする高性能の義手も発売されました。でも、値段は約5万ユーロ(約610万円)で、保険は適用されません。どうしてもほしくてメーカーと交渉し、見積もりを出してもらいましたが、高くて買えません。諦めかけていたときに、偶然、「ファブラボ」(*1)に所属する研究者や技術者と出会いました。彼らの工房には3Dプリンターがあり、私はこれで義手を作ることができないかと相談しました。彼らは、成功したら世間にノウハウを公開することを条件に、私の熱意に応えてくれました。それから、インターネット上に無償で公開されている設計図をもとに、3Dプリンターで義手を作る試みが始まりました。2012年10月のことです。

義手は、故障すると修理に3カ月ほどかかります。しかも直るとは限りません。それを煩わしく感じていた私は、自分の義手を自力で修理できるようになることから始めました。給付金があって生活には困らなかったので、時間は有り余っていました。 13年6月、3Dプリンターで作った義手のプロトタイプが完成しました。かかった費用は従来のものより大幅に少なく、300ユーロ(約3万6600円)ほどです。以来、性能を上げるため、改良を続けています。

*1「ファブラボ」 「fabrication laboratory」の略で、「自分たちの使うものを、使う人自身がつくる文化」の醸成を目的に、多様な工作機器を備えた協働研究所のこと。世界中に存在し、一般の人が自由に利用することができるのが特徴。

自作した義手の設計者は日本人、腕に取り付けるソケット部分の設計者はフランス人。「でも、2人はまだ会ったことがないんだ。日本でイベントを開いて、ぜひ会わせたい」(ニコラさん)

自力で新しいものを作れば、自尊心を回復できる

—— 現在、運営している「My Human Kit」という団体では、どのような活動をしているのですか?

この団体は14年1月に立ち上げました。障害を持っている人や技術者が週に1回ぐらい集まり、義手・義足の製作や、筋肉を自由に動かせない人向けのデバイスの開発などに取り組んでいます。事務担当のスタッフは7人ほどいて、私は開発責任者を務めています。

障害は社会的にマイナスのイメージをもって語られがちですが、その障害から得たインスピレーションをもとに新しいものを作るという取り組みを通して、参加者の自信や自尊心を取り戻すことができればと思っています。そのため、義手の一部を自分でカスタマイズできるようなパーツなども作っています。

—— 「My Human Kit」の義手は、従来のものと比べてどこが優れているのでしょうか?

メーカーが作っている高性能の義手と比べると、性能はまだまだ劣ります。プラスチックの部分が壊れやすいという欠点もあります。しかし、設計図などのソースコードは無償で公開しているので、3Dプリンターがあれば誰でも簡単に低コストで製造できます。今回、私が来日した理由の一つは、「Mission ARM Japan」という、私たちと同じような活動をしている日本のNPOとの協力体制を深めるためで、今後はファンドレイジングなどを通して、さらに活動の幅を広げていければと思っています。

障害者が自分自身を見る目を変えたい

—— 健常者が障害者に偏見を抱いたり、心理的な壁を築いたりしてしまうこともしばしばあると思います。それを解決するには、どうすればよいでしょうか?

“普通”と違う人、自分と違う人を無意識に排除してしまうのは人間の性でしょう。「障害を持っている人はかわいそうだ。健常者と同じことはできない」という健常者の意識を変えることはできません。しかし、障害者が自分自身を見る目は変えることができる。問題は、多くの障害者が、健常者と同じように自分を見てしまっていることにあります。

—— 障害者が自分を見る目を変えるには、どうすればよいですか?

大切なのは、自分自身に対して正直であることです。何かをできないと思ったときに、本当にできないのか、やりたくないだけなのか。もしくは、やりたいと思っていても怖いという場合もある。例えば、人は鳥のようには飛べません。そうした絶対に乗り越えられない壁を「限界」と言います。一方、本当は乗り越えられるのに、乗り越えられないと思い込んでいる壁もある。それを「障害」と呼びます。自分の前に立ちふさがっている壁が乗り越えられるものなのかどうかを見極められれば、不安を解消できます。

—— 自分で義手を作ったことで、ご自身も変わりましたか?

義手を作るために設計図について調べたり、3Dプリンターの使い方を学んだりするなかで、私は自分が生きていることの意味に気づきました。開発の成果を必要な人たちと共有することで、私はあの事故の自分にとっての意義を見いだすことができました。あの事故がなければ、私は義手を作ろうなんて思いもしなかったでしょうから。(笑い)

【プロフィル】
ニコラ・ユシェ(Nicolas Huchet)
1983年、フランス西部・ニオール出身。2002年、工場勤務中に事故で右手を失う。13年、ファブラボの協力を得て、従来のものより大幅にコストダウンした義手のプロトタイプを完成させる。現在はレンヌを拠点に、義手や義足をはじめとした障害者のためのものづくりを行う団体「My Human Kit」の開発責任者を務める。

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