DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2019/07/02

明日へのレッスン4
起業家・久能祐子×朝日新聞DIALOG進む勇気と同じくらい、待つ勇気も大切

Written by 乙部修平 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 山本和生

次代を担う若者と第一線で活躍する大人が世代を超えて対話する「明日へのレッスン」。第4回は、創薬ベンチャーを日米両国で立ち上げ、成功させた 久能くのう祐子さちこ さん(65)に、若者2人が様々な質問をぶつけました。

久能さんは、眼圧を下げて視神経を保護することで緑内障や高眼圧症を治療する「レスキュラ®点眼液」など新薬の開発・商品化に成功し、2015年に米経済誌「フォーブス」が選ぶ「米国で自力で成功した女性50人」に日本人で唯一選出された研究者・起業家です。

久能さんにインタビューしたのは、世界の食糧危機を解決するため、カンボジアを拠点に食用コオロギを生産する 葦苅あしかり晟矢せいや さん(25)と、早稲田大学在学中に日本初のブリュレフレンチトースト専門店を立ち上げ、食品事業を営む平井幸奈さん(26)。さて、どのような対話が生まれたのでしょうか。

登る山の形を想像できれば、乗り越えられる

葦苅: 最近、日本でも研究開発型のスタートアップやベンチャーが増えています。私も研究者と起業家の二足のわらじを履いていますが、研究とビジネスをどうつなげていけばよいでしょうか?

久能祐子さん

久能: イノベーションとは、社会がそれによって変革されたときのことを指します。一方、研究はインベンション(発明)でありディスカバリー(発見)なので、個人がわくわくするようなことに出合うことから始まります。それが0から1を生み出すということ。次に、数人を巻き込み、コンセプトを試してみる。これが1から10の段階です。さらに規模を拡大し、10から100という段階を経て、最後に100から1000まで行って社会にインパクトを与えたときに、「イノベーションを起こした」と言うことができます。つまり、長いステップがあるんです。

この長いステップを乗り越えるには、想像する力が重要になります。自分が登る山の全体像をなるべく大きく想像する。どの山に登るかを意識すると、山の形を想像しやすくなります。山に登り始めると、その形は見えなくなりますからね。想像する訓練をしていると、困難なこと、嫌なことを苦労と思わない感覚が身につきます。自分で決めたことだからと納得できるようになるんです。

平井: 私は、職人(料理人)からキャリアをスタートしたため、今は経営面で苦労しています。研究と経営はかけ離れたものだと思いますが、久能さんはどのタイミングで研究から経営へシフトしたのですか?

久能: 製薬の世界は10〜15年と開発のプロセスが長く、商品になるまでに100億〜200億円くらいの資金を調達しなくてはならないため、経営といっても少し特殊です。最初は「ファンドレイジング」といって、自分たちの考え方や可能性を売ってお金を集めます。だから、私は経営に専念していたことはあまりなくて、研究やファンドレイジングも並行してやっていた期間が長い。経営者は様々なことを同時並行的に見ないといけません。そこで私が幸運だったのは、理系の研究者なのに一芸に秀でていなかったことです。数学だけが天才的にできる人とか、物理だけが天才的にできる人に憧れていたので、中高生のころは一芸に秀でていないことがコンプレックスでした。しかし次第に、色々なことを同時進行するのが得意だと気づきました。

跳ぶように考え、這うように証明する

葦苅: ビジネスの現場では、泥臭い交渉も必要です。過去のインタビュー記事を拝見すると、久能さんはコミュニケーションに苦手意識があったということですが、どうやって乗り越えたのでしょうか。私もコミュニケーションは苦手なタイプなので、ぜひコツを知りたいです。

葦苅晟矢さん

久能: コミュニケーションは今でも苦手ですね(苦笑)。私は一人でいるほうが楽だと感じるタイプなので、研究者としてやっていこうと思っていました。しかし、それを覆すほどの(「レスキュラ®点眼液」などの開発につながる)衝撃的な発見に出合ってしまったんです。面白い、わくわくすることを世の中の役に立つ形でできれば素晴らしいなと思う気持ちが、自分を変え、苦難を乗り越えさせてくれました。何のためにやるのか、どこに着地したいのかがはっきり見えると、挑戦しやすくなります。また、そうした思いは相手にも伝わります。スキルにこだわりすぎず、自分のビジネスの強さを真っすぐ出していくほうがいいのではないでしょうか。

葦苅: 研究者にとっては、研究内容をわかりやすく伝えるサイエンスコミュニケーションが重要だと思います。その点で意識していることはありますか?

久能: 一般の人が聞いて、すごいと思ってもらえる話し方や切り口、言葉選びを心がけています。これはプラクティス(訓練)によって身につきます。あとはやはり、オーディエンス(聴衆)が誰なのかを意識し、相手の立場に立って説明することが重要でしょうね。そもそも、プロの人にしかわからない話は、100が120になったというようなケースがほとんどで、意外とたいしたことはないんです。本当に大きな変革、0が1になるような、世の中が変わるようなインパクトのある話は、誰が聞いても明瞭だと思います。まずは、面白いと思うことを追究するのが大切。面白いという感情から始まり、やがて世の中の役に立てたいという思いが芽生えてくる。タイムラグがあるんです。私はよく、「跳ぶように考え、這うように証明する」という言葉を使います。

平井: 這うように証明するなかで、様々な失敗や、乗り越えられない壁に直面することもあると思います。そうした困難とどのように向き合っていますか?

平井幸奈さん

久能: 壁には2種類あると思っています。一つは「本当の壁」。仮説がワーク(機能)しないときなどがこれに当たります。もう一つは「バーチャルな壁」で、壁じゃないものを壁だと思い込んでしまうことがある。自分に首輪がついているような感覚に陥るときです。私の場合は、この二つのどちらなのかをすぐに見極めることはできないので、ボーッと寝ながら待っているみたいな感じで、時間をかけるようにしています。すると次第に見えてくる。バーチャルな壁は大抵、「成功したい」「お金が欲しい」「いい論文を書きたい」といった「きれいじゃない心」によって生み出されています。しかし、それでは前に進めない。そんなものが手に入らなくても前に進みたいと思うと、壁が消えます。進む勇気と同じくらい、待つ勇気も大切なのです。

起業家のたまごを育てて、社会に返す

葦苅: 現在の活動についてもうかがいたいと思います。ワシントンで若い起業家を育てるインキュベーション事業を手がけていらっしゃいますが、成功する若者に特徴はありますか?

久能: “Giving back to society”(社会にお返しをする)ということを考えて、2014年に「ハルシオン・インキュベーター」という起業家のたまごを育てるプロジェクトをスタートしました。毎年2回、500人くらいの応募者から8人ずつ選んでいます。すでに10回目まで終わって、8回目までの結果が出ています。アメリカの場合、ベンチャー企業の3年生存率は平均30%くらいですが、ハルシオンは約80%。起業家にとっては初期のキャリアが大切なので、コンセプト・スタディーに力を入れていて、コンセプトがうまくいったら一気にスケールアップします。

このプロジェクトでは、アメリカの国家歴史登録財に指定されている由緒ある邸宅をリパーパス(用途転換)して、起業家が一人でいられる場所と、同じ志を持った人たちと触れ合える場所を設けました。そうすると、投資家や弁護士、研究者などのプロボノ(職業的知識・技術・経験を生かして社会貢献するボランティア)が集まってくる。プロボノのサービスはお金に換算すると7千万円くらいになります。寄付をしてもらっているのと一緒です。

同じようなプロジェクトを日本でもやりたいと思っていましたが、アメリカは自分の考えやテクノロジー、パッションを使ってトライするのが文化。日本でも、起業したり世界に出たりしている人はいますが、絶対数が少ない。ただ、大きな組織には優秀な人たちがたくさんいるので、組織に属している人たちが組織を離れずに参加できる形を考えました。それが6月に京都で始まった「フェニクシー」です。9人の若い起業家のたまごが、大きな会社から手を挙げてやってきました。スタートしたばかりなので、まだワークするかどうかわかりませんが。(笑い)

品格のある強さが必要

平井: 私の会社には30人ほどのメンバーがいるのですが、様々なバックグラウンドの人がいて、どうしたらより良いチームができるのか、日々、試行錯誤しています。久能さんは、どのようになさっていますか?

久能: 経営は、単にお金をもうけられればそれでいい、ということではありません。利益を上げるのは必要条件ですが、それに加え、どうやって目標を達成するのか、何のためにやるのかというビジョンが必要です。それは目標達成に向けた力になるので、自分にとってだけでなく、チームにとっても大切です。

スタートアップでは、いかにリーダーのビジョンを従業員とシェアできるかが重要です。それができれば、彼らはファウンディング(創業)メンバーとなり、指示しないでも動いてくれるようになります。1人のリーダーが、ビジョンを本当にシェアできるのは6~7人までだと言われています。まずそれに取り組み、次はシェアされたメンバーたちがそれぞれ、その下の6~7人にシェアしていく。そういう感じで進めてみるといい。 また、人の数より仕事の数を多くできると、メンバー内で仕事を取り合うことがなくなり、不必要な競争を防ぐことができます。メンバーの仕事がうまくいかないときも、「どうして?」とは言わない。そう言いたくなるのを我慢して、“No problem” と“Of course”を山のように繰り返す心の余裕が大切です。(笑い)

葦苅: 私は、自分の事業をいかに社会のニーズに合わせて展開するか、ということで悩んでいます。食用コオロギの事業は、10年後の世界では必要とされると確信していますが、今は必要とされていないのではないかと思ってしまいます。

久能: フードイノベーションは喫緊の社会的課題なので、とてもいい取り組みだと思います。昔のビジネスは「利益」が唯一の評価基準でしたが、最近はグローバリゼーションの反動もあって投資家の姿勢が変わり、“doing good”が重視されるようになってきました。今のビジネスは、ただもうけるのではなく、「利益」「社会へのインパクト」「環境へのインパクト」のいずれもがネガティブでないことが求められます。葦苅さんの試みは、社会と環境へのプラスははっきりしているので、あとは利益です。これはニーズがないと生まれない。適切な「事業」「時期」「場所」を見極めることですね。確かに食用コオロギは、まだ早いかもしれませんが、信じて事業を進めるしかないと思います。スタートアップの場合、1年目はこれだけ集めて、3年目にはここまでスケールアップして、といった具合に急成長を求めがちですが、焦らないで時機が来るのを待つことも大事。今から頑張りすぎると、いいタイミングが訪れる前に力尽きてしまうので、当面は楽しみながら、自分を信じてみてください。信じてやっていれば、必ず時代は追いついてきます。

お金がないとか人がやめるとか、うまくいっているときでも困難は次々にやってきます。人間はそれを超えようとして、クリエーティビティーが出てくる。がっくりしてもいいけど、そのままにしない。三つのdon’t、“don’t look back”(過去を振り返ってくよくよしない)、“don’t compare”(他人と比べない)、“don’t worry about what you can’t change”(今、変えられないことについて悩まない)が大事です。

平井: 私は、目の前にいる人に喜んでもらえたら嬉しいという気持ちを原点にビジネスを始めました。その輪をどんどん広げていきたいと思っているのですが、会社を上場するとか売却するといった明確なゴールはありません。会社が大きくなるにつれ、ミッションやゴール設定が弱いなあと痛感しています。ゴールはどのように設定すればいいのでしょうか?

久能: 私も最初は、上場などはあまり頭になくて、画期的な新薬を世界に届けるのがゴールでした。まずは現状を把握し、どうやって会社を成長させていくかを考えてみてください。売り上げが1億円以下のスモールビジネスを続けるのか、それとも大きなビジョンを持つのか。どちらが好きか、どちらが得意かは人によって違います。日本の女性起業家は往々にして、スモールビジネスで止まってしまう。そこがコンフォートゾーンになっちゃうんです。でも、せっかく事業を始めたのなら、大きな壁を越えることを考えないともったいないと思いますけどね。

平井: 金額的なゴールを設定して、それを越えれば、見える景色が違ってきますか?

久能: 違うと思いますね。本当の壁に当たるまでやり続けることで、能力を最大限、開花させられると思います。そして、その過程で、隠れたポテンシャルを見つけることができるかもしれません。他人から与えられるだけでは達成できない、より高度な自己欲求をビジネスの目的とうまく結びつけることができるといいと思います。

いざ会社を始めると根性が必要になる。みんなを連れて、登るべき山に向かうためにはやはり根性がいる。品格があって弱い会社になってはいけない。でも、品格のない強い会社になる必要もない。品格のある強さが、どんなときでも必要です。

個人の思いや活動が世界を変えていく

葦苅: リーダーが弱さを見せるのは、やはりまずいのでしょうか?

久能: まったく構わないと思います。「自分のできないことができる人を集める」というのが、現在のチーム作りの考え方です。何もかも自分がしないといけないとなると、自分のリミットが会社のリミットになる。それは絶対に避けなきゃいけない。だから、リーダーは弱音を吐いてもいい。自分にできないことがあるのは当たり前で、メンバーそれぞれが自分の得意なことをして、補い合っていくことが大切だと思います。もっとも、自分の得意なことには案外気づきにくいので、第三者に指摘してもらう必要があります。まあ、大抵の場合、「努力しなくても褒められること」が自分の得意なことですけどね。(笑い)

葦苅: 海外を拠点に活動している久能さんに、国際関係について質問させてください。私はカンボジアを拠点としていますが、国際貢献と、日本の国益とのバランスで悩むことがあります。日本の現状をどのように見ていますか?

久能: 正直に言って、日本はもう大きな国ではありません。しかし、だからこそ取れるリスクもあると思います。日本が失敗したところで世界に大きなダメージはない、とポジティブに捉え、積極的に実験的な活動を行っていく。日本は高齢化や災害などの「課題先進国」です。そこで、“All Japan for a better world”(日本全体でより良い世界のために)というビジョンを掲げ、それに賛同する人たちが世界中からやってきて、一緒に様々なコンセプトを試してみる。日本を「課題解決のための実験場」と位置づけるのは、楽しいやり方だと思います。そして、日本で成功したモデルをスケールアップして世界に適用できれば、国益と国際貢献、どちらも果たすことができるのではないでしょうか。 コオロギのハンバーグ、(完成したら)みんなで試食会しましょう。(笑い)

葦苅: 朝日新聞DIALOGは2030年の未来を考えるコミュニティーです。2030年、世界はどうなっていると思いますか?

久能: 個人の時代が訪れていると思います。情報は瞬時に世界でシェアされるので、情報を囲うことは難しくなり、個人で何ができるか、何をするかが、より大事になってきます。 これまでは、安い地域の労働力を使ってものを作り、高いところに売るというのがグローバリゼーションでした。でも、2030年には、若い世代を中心に、どういう価値観を持って、どういう地球のあり方を目指すのかを考える、本当のグローバリゼーションが起こると思います。そうしたニューグローバリゼーションが、社会によいインパクトを与え、地球にもよいインパクトを与え、全世界的にネットワーク化して、ベターワールドになっているといいですね。

インタビューを終えて

今回のインタビューで何よりも印象的だったのは、久能さんの謙虚で柔和な姿勢でした。高度な専門性を持ちながら、誰にでもわかるように自身の体験を話し、的確なアドバイスをする久能さんを見ていて、自分も他人や社会全体の立場に立って、物事を俯瞰して見られるような大人になりたいと思いました。

では最後に、インタビューした2人の感想をご紹介します。

研究とビジネスの接点になる経営者を目指したい(葦苅晟矢)

研究開発型のスタートアップとして起業した自分にとって、久能さんのイノベーションのお話は大変勉強になりました。私も、久能さんのような研究とビジネスの接点になれる経営者を目指したいと強く思います。また、これまで創薬ビジネスの世界で多くの困難や壁を乗り越えてきた久能さんのリアルな体験談は、大変刺激的でした。なかでも、困難や壁を前にして、時には「待つ」という判断もあるというお話は、今の自分に大変刺さりました。インタビューの最後で、世界から見た日本のこれからについてもうかがいましたが、久能さんからいただいたアドバイスをもとに、私は昆虫食の業界で、世界に通用する日本発のイノベーションを起こしたいと思います。

自分とチームにできることを日々、着実にこなしたい(平井幸奈)

久能さんの柔らかな空気感と言葉の端々に「品格のある強さ」を感じる時間でした。なかでも、「トップに立つ者はチームメンバーに対して、どんな想定外のことが起きても“No problem” “Of course”と言えるよう心がけるべき」という言葉が最も印象に残っています。私自身、事業を前に進めるたびに想定外のことが連続して起こり、余裕がなくなっているなと感じる瞬間がよくあります。どんな状況でも“No problem” と言い切る強さと、メンバーの前向きな意見には“Of course”とためらいなく言えるしなやかさを持ちたいと感じました。そしてもう一つ、久能さんの教えてくださった「3don’t」(don’t look back, don’t compare, don’t worry about what you can’t change)はずっと胸に刻んでいきたい言葉です。隣の芝生が青く見えることもよくありますが、過去を省みず、周りと比べず、自分とチームにできることを日々着実にこなし、前に進んでいきたいと思います。

【プロフィル】
久能祐子(くのう・さちこ)
S&R Technology Holdings, LLC共同創業者・業務執行役員、RUSK Intellectual Reserve AG共同創業者・理事、S&R 財団共同創設者・社長兼CEO、京都大学経営管理大学院特命教授。1954年、山口県生まれ。京都大学大学院工学研究科で工学博士号を取得。1989年に株式会社アールテック・ウエノを上野隆司氏と共同創業する。94年には、世界初のプロストン系緑内障治療薬「レスキュラ®点眼液」の商品化に成功。その後、アメリカに拠点を移し、バイオテック系事業の起業家・経営者として活躍する。現在は、社会変革を目指す個人や集団を支援する「ハルシオン・インキュベーター」などのプロジェクトも手がける。

葦苅晟矢(あしかり・せいや)
株式会社ECOLOGGIE 創業者兼CEO。1993年、大分県生まれ。早稲田大学大学院先進理工学研究科で昆虫食の研究をしながら、2017年に起業。カンボジアを拠点に、食用コオロギを活用した食品やペット用飼料の開発・販売などを手がける。

平井幸奈(ひらい・ゆきな)
株式会社フォルスタイル代表取締役。1992年、広島県生まれ。早稲田大学在学中の2013年にブリュレフレンチトースト発祥の店「forucafe」を開く。カフェ経営のほかグラノーラ専門店、ケータリング事業なども手がける。

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